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夜の訪問者

現実から目を背けて、幻想へと飛び込もう。


 翌日の天気はとてもよく晴れていて、運動をするのにはちょうどいい天気だった。体育の授業で、クラスメイト達は気持ちがよさそうにしながら体を動かしていた。わたしは、木陰のベンチで授業を見学していた。今日は朝から貧血気味でふらふらで、とてもじゃないけれど運動を出来るような体調ではなかったから。昨日は兄さんが作ってくれた、栄養たっぷりの料理を食べたのに……急には治らないものなのかしら? そんなことを考えながら、運動している生徒達を眺める。

 茶髪や金髪、染めたのであろう髪が太陽の光を反射してきらきらと光る。眩しいと思い眼を細めるけれど、わたしはその色を羨ましいと思った。校則では髪を染めることは禁止されているけれど、彼らはそんなこと気にもとめていないのだろう。また、先生の方も、そういった生徒達は見放しているようなものだから、どうでもいいのだろう。わたしが髪を染めたりしたら、ものすごい勢いで怒られそうな気がする。そして聞かれるのだろう、模範的な生徒であるわたしが、どうしてそんなことをしたのか……と。想像しただけでうんざりして、わたしは自分の長い髪に触れる。人によっては羨ましがりそうな、艶のある黒髪。嫌いではないけれど、色鮮やかな髪も羨ましいと思う。結局は、自分では何もしないのだけれど。

 天気もよく気温が高いのに、ジャージを着ているせいで、少し蒸し暑く感じた。首筋を隠すために着ているのだけど……本当に隠す必要があるのかと、疑問に思ってしまう。前よりは、薄くなっているのだし……ただの痕にすぎないのだし……迷ったあげく、わたしはジャージを脱いで膝において、抱えた。たいしたことないわ。そう割り切ると、残りの時間をひたすら空を眺めて潰した。


 その後の授業もぼんやりと過ごし、放課後の塾でも少しうたた寝をしてしまった。講師に起こされてしまった、と思ったけれど、寝てしまったものは仕方がない。素直にあやまり、いくつかの難しい問題を解かされるだけですんだ。寝起きの頭でも、頑張ったほうだと思う。塾についていけないわけではないのだけれど、頑張れば頑張るほど疲れてしまう。やりすぎなのかどうかわからないけれど、塾が終わる頃には夜の八時をすぎていた。駅から乗り継いだバスを降りて、家へと向かって歩く。時間のせいか、普段は人通りが多いのだけれど、自動車も自転車も、歩いている人すらもほとんど見かけなかった。誰ともすれ違わないことを寂しく感じながらも、一人歩いていくと、前から男の人が歩いてきた。長いコートのようなものを着ていた。街灯も少ないせいで、暗くてよくは見えなかったのだけれど。浮き上がるような白い肌と、整った顔立ちだけは見ることができた。その人が通り過ぎてしばらくしてから、わたしはずっと見ていたのだということに気が付いて、一人恥ずかしくなった。でも、みとれてしまうくらいには、綺麗だったのだと思う。暗闇に溶け込むかのような、長髪だった。あまり他人に感心のないわたしにしては、珍しい。なんていうのだろうか。すれ違う人全員が思わず振り返ってしまうような、そんな雰囲気だった。だらだらと考えながらもすたすたと歩いていたら、家の近くまで来ていたので、足を速めた。誰もいない家へと鍵を使ってはいる。玄関の明かりをつけて、わたしは一人つぶやく。今までに何度も繰り返した、おかえり、と。今は誰もいないから当然返事が返ってくることもなく。なんともいいようのない脱力感に襲われながら、階段をあがり自室へと向かう。鞄を机の上に置くと、制服もそのままにベッドへと飛び込んだ。慣れた自分の部屋とふかふかの布団が気持ちいい。うつぶせに顔をうずめたまま、うとうととまどろむ。つかれた体は重くて、すぐにでも眠ってしまいそうだった。気分的にはいますぐにでも寝てしまいたいけれど、今寝たら夜寝れなくなるに決まってるわ。そうしたら、また明日体調が悪くなってしまう。それだけは避けないと。

 だるい体でベッドから起き上がり、サイドテーブルに置かれた写真立てのひとつへと手を伸ばす。兄とツーショットで映っている写真。なかなか写真に映りたがらない兄を説得するのが大変だった記憶がある。思い出すと、なんとなく頬が緩む。その写真立てを置き、深呼吸してから隣に置かれていたもうひとつの写真立てを手に取る。この写真立てに入っているのも、どこかへ旅行へいったときのもの。さっきのと違っている点は、写真にシミが残っていて、少しぼやけてしまっていること。色々な方法を試してみたけれど、完全に汚れを取り除くことはできなかった……人の血液というものは、こんなにも消すことが難しいのだと知った。うっすらと淡く残るシミを見ていると、匂いまでもが感じられる気さえしてしまうけれど、それは私の思い込みで、錯覚にすぎない。もう十年以上たったけれど、瞼を閉じれば鮮明に思い出すことができるあの光景。覚えていたくなんてないし、忘れてしまえたらどれだけ楽になるだろうと思う。でもそれは両親のことを否定してしまうようなもの。あってはならないいこと。割り切れないわたしは、こうして繰り返し思い出す。そのたびに、意味がないとわかっていても、自問をしてしまう。わたしは今、幸せなのだろうか……と。誰からも答えなんて、返ってくるはずはないのに。写真立てを置いてまぶたを閉じると、赤い色が透けて見えた。



 その後兄から、仕事で遅くなるとの連絡がはいったわたしは一人で夕食を済まし、自室へと向かった。本を読むことが好きで、家では暇さえあれば本を読んでいる。特定の作家にこだわってはいないので、色々なジャンルの本があるけれど……数冊同じタイトルのものがある。不思議の国のアリスに、地下の国のアリス、

英語から翻訳されたものでも、その人によって言い回しが異なるので、ついつい集めてしまった。現実ではありえないようなことが書かれているけれど、それがまた楽しい。こういった非現実的なことを、わたしはとても羨ましく思う。わたしは本を読むときは、自分がまるでその人になったかのように錯覚してしまうけれど……そういう願望でもあるのかもしれない。そのときだけは、わたしが別の人になっているような感覚が心地よい。色んなことを忘れていられるから。そうしてわたしはまたアリスの世界へと没頭していった。

 本を読み終えて、わたしは大きく背伸びをした。時計を見ると、ちょうど夜の零時になるところだった。普段は十一時くらいに寝ているから、少し夜更かししてしまったことになる。本をしっかりと棚にしまってから、わたしは部屋のカーテンを閉めようとして、窓の外を見て小さく悲鳴をあげてしまった。昨夜と同じ人がベランダに立っていた。驚いて座り込んだわたしを、その人も驚いた顔をして見ていた。どうしてベランダにいるのかとか、何故驚いているのかとか思ったけれど、腰が抜けてしまってそれどころじゃなかった。

部屋の明かりのおかげで、今日は顔がはっきりと見えた。少し不健康そうな白い顔とそこだけ輝いているかのような赤い瞳。夜に紛れているのは艶のある黒髪。彫りが深いから、他の国の人かもしれない、とわたしは思った。彼は少し困ったような顔をしていたけれど、しばらくすると何も言わずに消えた。正確には、ベランダから飛び降りた。

「え……ちょっと、待って!」

 びっくりしすぎて腰を抜かしていたことも忘れて、わたしは慌ててベランダへと飛び出して、下を覗き込んだ。普通は二階から飛び降りたら怪我くらいするはず。そう思ってのぞいたのだけれど、下には誰もいなかった。暗くて見えていないだけなのかもしれなかったけれど。あの人、確かにここから飛び降りたのに……何処へいってしまったのだろう。どうして、またわたしの所へ来たのかしら。気になることはたくさんあったけれども、考え込んでもどうにもならないだろう。わたしは不思議に思いながらも、その日は眠りについた。



 

不審者登場です(笑)


重要なのか重要じゃないのかよくわからない人。

実際にいたら警察に通報ものです。


それでは、次回も会えますよう。

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