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  東方起承転 作者:紅山車
夏休まない夏休み。



いつになれば永遠亭編が終わるのか
67話
「そう。そうなの、孝一は私を放っぽってそんなことをしていたのね」
 風見幽香は――傘をくるくると回しながら言う。
「へーえ、そう。ふーん、そう」
「……ちょっと」
 重くなる空気に耐え切れず、私は声を挙げる。ぴたりと傘の動きが止まり、フラワーマスターの視線がこちらに向けられて――余計な所に首を突っ込んだか、と少し後悔しながら、私は問う。

「何でいきなり撃ってきたの」

「貴方が言ったんでしょう、兎さん。『この弾幕さえ無ければ』」
 まるで自分が良いことをした、と言わんばかりに胸を張る。ふふん、それ即ち、言わば私は貴方の恩人、さあ崇めろ崇めろ――そんな心の声も聞こえてきそうなくらいに見事などや顔に、非難する気も削がれた私――因幡てゐは溜息をつく。

 突如、眼前に現れた風見幽香は。
 弾幕といたちごっこを続ける私に、何の躊躇いもなくレーザーを放った。もっとも本人曰く、後ろの弾幕を狙ったとのことではあるが……その軌道上に私がいたのだからそれはもう私を狙ったと言っても過言ではないだろう。

 結果として、私はすんでのところで横に回避して事無きを得たけれど。
 生き残った私を待っていたのは、兵器傘による脅しと尋問であり。
 生きた心地がしないという点では――まだ弾幕に追い回されていたほうが、精神衛生上良かったかもしれない。

「死んだかと思った……」
 レーザーと脅しで二度死にかけた、なんて洒落にもならない。ただでさえずっと飛び回って、疲れきっている所にこの仕打ち。正直、孝一よりも私のほうが修行になっているんじゃないかと勘ぐってしまう。
 そんな疲労困憊の私に、幽香はあっけらかんと言う。
「ええ。私も殺ったかと思ったわ」
「やっぱり! やっぱりそうだった!」
「『殺してやる』なんて言葉は使っちゃ駄目ね。甘ったるすぎて反吐が出そうだもの。『塵も残らないほどの高火力で焼き兎にしてやる』なら使ってもいいわ」
「なにその限定的な殺害予告!?」
 正に殺し文句である。全然嬉しくない。
「まあ、本当の所を言うと殺そうなんて微塵も考えていなかったわ」
「どうなんだか……」
 非人道宣言を聞かされた後にそんなことを言われても、信じられるはずがない。そんな私の疑いの視線に幽香は、
「半殺しにしてから孝一の居場所を聞き出そうと思っていたもの。殺しちゃったら、それも分からないじゃない」
「……………………」
 まさかの悪化。何だか寒気がするのは、秋が近づいてきたせいでは恐らく無いだろう。
「けれど無為に傷つける必要がなくなったのは、逆に力を温存、という意味では良かったわね」
「……温存って、何のために」
「そんなの、決まっているじゃない」

 風見幽香の顔は、人のものでも妖怪のものでもなく――正しく修羅の顔、であった。

「私の命令を疎かにした、孝一への折檻のための力、よ」

 さて、と。
 永遠亭への道案内を頼めるかしら、兎さん――そう言う幽香に、私が取ることのできる選択肢は、一つしか無かった。

 こくりと首を縦に振りつつ、やはり余計なことに首を突っ込むべきでないと――この時ばかりはそう思った。



「さて」
 さわさわと揺れる竹の葉の音をバックに、私は今置かれている状況を確認し、声を出す。
「案の定というかなんというか」
 アリスさんもそれを解っているようで、呆れたように言う。
「……迷いましたね」
 椛がしっかりとその事実を口に出したところで。
「「「…………どうしてこうなった?」」」
 見事なまでのシンクロ。だがその問いに答えは帰って来ず、ただ静かに揺れる葉の音のみが、その場に響いた。

今一度――今一度、状況を確認しよう。
永遠亭が怪しいと感じた私達――射命丸とその一行は、竹林に入って早々後悔した。そもそもここは通称『迷いの竹林』。ここにあまり立ち寄らない者が、誰かの助けなしに抜けることは難しい。空を飛んで上から行けばいい、とも考えたが、そもそも永遠亭自体が竹林の奥深くにあるため、空から見ても緑ばかりで永遠亭の場所など到底把握できはしない。ならば、私、アリスさん、椛の誰かが道順を知っているのか――といえば。

『人体実験ならぬ天狗体実験の被害者になりたくないので、なるべく永遠亭には近寄らないようにしていました』
『同じく、魔法使い体実験の被害者になりたくないから。立ち寄ろうともしなかったわ』
『そもそも永遠亭がどこにあるのかすら知りませんでした、わふっ!』

 ごらんの有様だよ。
「……徒歩だっていうことは最初から解ってるんですから、誰か道順を知っておくべきなんじゃないですか? ほら、アリスさんなんか、魔法で何とかできそうじゃないですか。何とかして下さい、今すぐに可及的速やかに早急に!」
「な! 貴方、魔法使いを何だと思ってるのよ! さっきから上海も蓬莱も総動員して永遠亭探してるでしょう!? 貴方こそ、その無駄に広いコネで兎の知り合い呼ぶくらいしなさいよ! 幻想郷最速なんでしょう!?」
「アッシー君を呼ぶことが幻想郷最速なんて考えは捨てて下さい! 私だって飛べたら飛びますよ!? でもこんな狭いところで高速で飛び回ったら、切り傷刺し傷が無数についちゃいます! 竹の硬さとしなやかさを舐めちゃ駄目です!」
「それぐらい我慢なさい! 身体を張ってでもスクープを手に入れるのが真のジャーナリストじゃないの!?」
「スクープよりも自分の身のほうが大切ですから、その要求には応じられません。そうだ、アリスさん人形作り得意ですよね? ここで大量に人形作って探させたらいいじゃないですか。幸い材料は無数に生えてますし」
「竹で人形なんて作れるわけ無いでしょう!」
「いやいや、アリスさんよく藁で人形作ってるじゃないですか。此処は一つ、あれと同じ要領で」
「作ってないからね!? 私にそんな恨む相手なんて居ないから! 誤解を招くような発言はやめなさいよ! それに、そんな大量の出来損ない人形に私の魔力が行き渡るか不安だし……大体、竹はどうやって切るわけ?」
「そこはほれ、椛にずばーんと……椛?」
 なんて口論を繰り広げている内、ふと、椛の視線があらぬ場所に向けられていることに気づく。
「どうかしたの、白狼天狗さん?……」
 アリスさんも疑問に思ったのか、椛の視線の先を手繰る。
「……皆さん」
 椛が口を開く――が、その言葉の先を言い終わらぬうちに、私達の身体は行動を開始していた。

 ばっちりと、見えたからだ。

 こちらに向かって飛んでくる、『巨大な光線』が。

「逃げましょうぅぅぅぅぅぅ!」
「言われなくてもそうしますよぉぉぉ!」
「なんっで、こうなるのよ……!?」
 各々、別方向に散る。
 どれくらいの大きさかは把握できないが、ここから一目見ただけでも相当な大きさだと解る――どれくらいまで避ければ安全だとか、そういう目安は一切無い。ただ一目散に、あの脅威から離れる。私は勿論、他の二人も本能的にそう感じただろう。
 切り傷刺し傷なんてお構いなしに飛ばす。身の安全よりも、命の安全、である。ただひたすら、緑をかき分け進み――、

 私のすぐ背後を、轟音をあげて、光の束が通り過ぎた。

「うひゃあああああああああああ」
 情けない声を出しながら、頭を抑え、地面に滑りこむ。少しの間身体に暗い影が落ちたが、それもやがて消え、辺りには砂埃と薙ぎ倒された竹の残骸が舞っていた、。
「はぁっ……は、ぁ、?」
 振り向く。光は収束し、やがて細い一筋となって、消えた。何がなんだかわからない私は、とりあえず立ち上がり、服についた土を払う。竹の枝に引っかかったのか、少し服の袖あたりが破れていた。自慢の翼には、無数の竹の葉がびっしりと引っ付いていた。
「……なんだっていうんですか、全く……」
 ぼやきつつ、周囲を見渡す。アリスさんや椛の姿は当然無い。今私がどこに居るのかも分からない――いや、それは初めからだったか。
 さてどうしようか、と考える。
 一旦竹林の入り口に帰ろうと思えば帰れる。空を飛んで竹林の途切れ目を見つければ良い。アリスさんや椛もその方法は取ることが出来る。が、今さらその行動を取ったところで、結局は堂々巡りである。また竹林に入って、迷うだけだ。合流できたとしてもそれは変わらない。例の爆発音がもう一度聞こえてくれば、ある程度の方向は探れるが――期待はしないほうが良いだろう。
 なによりも、今はそれより有力な手がかりがある。
「あの光がやってきた方向は、あっちでしたね」
 言いながら、広大な面積の竹を削りとった極太レーザーの、地面に残した軌道を目でなぞる。
 この軌道の先には、間違いなく『何か』が存在する。
 それこそ、『自分の身を削ってでも得る価値のある何か』だ。
「……ここまでしているんです。何かを入手して帰らなければ、幻想郷最速の名折れですよ」
 この軌道は恐らく、あの二人にも届いているはずだ。
 ならばこれを目安に進んでいけば、やがては合流し、共に近づくことが出来る――前多孝一という人物のきっかけに。
「さあて、何を聞いてやりますかね」
 溢れる好奇心を抑えつつ、機動に足を乗せてたどっていく。その視界は、先ほどとは違ってとても澄んでいた。

「……しかしこのレーザー、何やら見覚えがあるんですが……」
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。
 出てくるのは好奇心旺盛な魔法使いか、それとも残虐非道なフラワーマスターか。
 ……願わくば前者であって欲しい。私は好奇心が少し萎えていくのを感じつつ、歩みを進めるのであった。



 高く昇った太陽に掌を開き、伸ばす。
 眩しい光が遮られ、太陽は指の間から微かに覗く程度の大きさになった。
「……………………」
 自分でも、なんてつまらないことをしているんだと思い到り、手を降ろしてゆっくりと身体を起こす。
 ――今頃あいつは。
「……今更、何がしたいんだか、な。私は」
 自嘲気味に呟き、掌を見遣る。自分の手だが、もう元の私の手では無くなってしまった――手だけではない。足も、目も、耳も、鼻も、内臓も、皮膚も、血も、髪の毛も。全てはあの時、文字通り私は『かなぐり捨てて』しまったのだ。
 そうして新たに得たものといえば。
 虚しいばかりの能力と、不老不死という枷。
 そして、殺すべき相手。
 数えきれないほどの、無為な時間。
「いつからだったっけな……」
 殺すことが、目的ではなく日常になってしまったのは。
 あの憎き輝夜を殺すことが――若しくは、輝夜に殺されることが。
 私の身体を侵食し、私の心を奪い取り、やがて私の日常を染めていった。
『偽りの憎しみ』という感情に。
「……何がしたいかなんて」
 そんなものは、『かなぐり捨てた』。
 目的なんて、とうに。
 私じゃない私は、私として、私のものじゃない日常を、千数百年送っている。
「なあ、輝夜」
 ここに居る筈のない、殺すべき相手に向け、私は静かに呟いた。



「私はもう、お前のことを怒っちゃいないんだ」



 お前の方はどうだ――その言葉は間違いなく、私自身の言葉であった。
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