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  東方起承転 作者:紅山車
7話
吹き飛んでから暫く経って。
湖から引き上げられた俺は、リグルにこの世界の事細かな説明、そして俺が何故こんな事になったか、という顛末を(半ば説教のような形で)聞かされていた。

「幻想郷か……懐かしい名前だな」
「な、なにー」
「知っているのかコーイチ!」
「あぁ、勿論だ!」



拳葬 げんそうきょう(1913〜1945)。
大正から昭和にかけて話題となった、連続殺人犯である。しかしながらその手口は、当時の警官隊も目を剥いたという。
彼は、ナイフや銃火器の類を用いる事なく、人を殺せたのだ。己の拳法のみで次々と人を殺めるその姿は、当時の民衆に多大な恐怖と僅かな尊敬を得た。
終戦間際、昭和天皇にポツダム宣言受諾を進言したのが彼であり、8月15日、天皇のラジオ放送を聞きながら静かに逝ったという。
その時の一言、「彼は己が拳も敵わぬ唯一の漢であった」は、あまりにも有名。
(出典:民明書房刊「拳葬凶のウワサ」)

「……だろ?」
「違う!何から何まで違う!」
「おー、そーだったのかー」
「おー、そーだったのだー」
「……もう好きにして」



幻想郷。
遥か東の国の辺境、人の手など遠く及ばない、自然と風土に満たされた場所。
結界に隔離され、独自の文化によって築かれた世界は、誰にも干渉されない、気ままな妖怪や妖精、はたまた幽霊や魔法使い、河童に天狗に神様まで。人間も僅かながら生活してはいるが、その数は他の人外に敵わない。
異次元でもなく、異世界でもない──確かにそこに「在る」。
しかし、普通には見ることも出来なければ、訪れることも出来ない──故に、そこには「無い」。
それが、幻想郷。



「なるほどね」
元の世界とは隔離された空間。
結界により、遮断された世界。
「つまり、ここは異次元ではないし、ましてや異世界でもないってこったな」
「そうだね。幻想郷はあくまで、外の世界の一部だから」
「むずかしいなー」
「むずかしいなー」
「……さっきまで食いつ食われつの関係だったのに、随分と馴染んだね。二人とも」
「そーかなー」
「そーだなー」
「………………」
「怒るなって」
「なってー」

閑話休題。
「ってことは、だ」
「うん?」
「今の、この状況は、夢じゃなくて、実際に起こってることなんだよな?」
「だから、さっきから何度もそう言ってるじゃない」
「………………そうか」
急にしゃがみ込む孝一を見て、リグルは戸惑う。
(……まずったかな。急にこんな所に来てしまって、戸惑ってるのは彼なのに……。少しきつい言い方しちゃったかな)
少し責任を感じてしまうリグル。
「?おなかでもいたいのかー?」
相変わらず脳天気なルーミア。
だが、当の本人は、というと。
しゃがみ込んだ状態から、バッと立ち上がり、諸手を挙げて、



「やっっっっったぁぁぁぁぁ!!!!!」
大はしゃぎだった。



「「………………」」
「えぇぇぇ!?こんな体験が出来るなんて、思っても見なかった!……ドッキリとかじゃあねぇよなぁ!?」
唖然とする二人。それを尻目に、一人でテンションが上がる孝一。
「ね、ねぇ……コーイチ」
少々おっかなびっくりで、孝一に話し掛けるリグル。
「うん?何だ?」
「不安じゃ無いの?」
「なわきゃねえだろ」

「こんなとこに来れるのなんか、宝くじに当たるよりも確率が低いぜ?不安になってる暇なんかねーよ」

再び唖然とするリグル。ルーミアに至っては、もう一度小さなくしゃみを漏らしている。
「なぁ、リグル。幻想郷の事、いろいろ教えてくれよ!俺、今日からワクワクして寝れなさそうだ!あぁそうだ、住むとこどうしよう……やる事が山積みだな畜生!」そう毒づきながらも、顔は笑っている孝一。
「……はは」
そんな彼を見て、リグルも吊られて笑ってしまう。そして、頭を軽く右手で支え、呟いた。
「またマルキューが一人増えちゃったな」
「のだー」
万年笑顔のルーミアも、彼の嬉しそうな顔を見て、より一層顔を綻ばせた。
前多孝一はこの日、小さな「和」を、ごく小数の、だが確かに「存在する」妖怪達に、分け与えたのだった。
深い森に、笑い声が響いた。幻想を纏うほど、透き通った声が。


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