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  東方起承転 作者:紅山車
少しばかり更新が停滞します。
というかしています、現在進行形で。
学校が始まったので、これまで以上にスローペースになることは、まず間違いないかと。更新の波が激しい小説で申し訳ありません。
活動報告用に書いていた短編が、穴だらけの設定でお蔵入りして、テンションは大下落。いつか絶対掲載してやるぅ。ちなみにリリーブラック中心の妖精物でした。
60話
前多孝一の所在。
白玉楼の庭師である魂魄妖夢は、自身の分身である半霊を伴い、少し考え込むそぶりを見せてから、その問いに答えた。
「……いえ。そのような人、私は聞いたことがありません」
その言葉に、私──博麗霊夢は、落胆を交えたため息を一つ、はぁ、と付いてから、
「……そう。じゃあね」
くるりと身体を翻した。
彼が居ないのなら、これ以上ここに滞在する理由はない。今こうしている間にも、大結界は少しずつ侵されているのだ、時間と手間は、少しでも無駄には出来ない。
そもそも私は、博霊神社で待機しておかなければならないはずだった。修繕が遅れたらそれが幻想郷の危機なのだから、少しでも綻びが発生したと見れば、直ぐに駆け付けられる位置にいなければならない。
ならば何故、私自ら今回の異変の発端である前多孝一を探し回っているのか、といえば。
何てことはない。
紫と幽香という、確実に何かをやらかしそうな二人だけに、捜索を任せてはおけないからだ。だからこうして、三人で手分けをして、彼を探している。
それでも、効率は上がるが危険性は変わらない。もしも先に紫が見つけてしまったら、あるいは幽香が見つけてしまったら、彼女らは彼が幻想郷に残れるための何らかの手を、先に打ってしまうかもしれない。紫も幽香も、彼の事を嫌ってはいない様子だったから、まず最初に考えることは、それに似たことだろう。
けれど、だ。
それでは駄目なのだ。
彼を幻想郷に残してしまっては、この問題は解決しない。万が一、彼が能力を制御できて、大結界を侵すことがなくなっても、それがいつ再発してもおかしくない。

一番の方法は。

彼が幻想郷から去ること。

大結界に異常が見られたのは、彼が外の世界からこちらにやって来てからなので、彼を元の世界に戻したら、結界が綻ぶことは無くなるだろう。彼を連れてきた紫は文句を言うだろうが、そんなのは知ったことではない。文句を言いたいのはこっちだ。
そして、彼が元の世界に帰ることを拒んだ場合は──私としても、やりたくはないのだけれど──少しばかり痛い目を見てもらうしか無いだろう。
その為にも、一刻も早く彼と接触することが求められる──紫よりも幽香よりも早く。
少しばかりの焦りを感じた私は、急いで聞き込みを行った白玉楼を後にした──

かった、のだが。

「あら〜、霊夢じゃない。何か用事があったの〜?」

その妙に間延びした特徴的な話し方に、私はもうその人物が誰なのか解ってしまうと同時に、厄介なのに見つかってしまった、と軽く舌打ちをする……面倒なのでスルーしていこう。今は相手していられない。
「もぅ、来たって言ってくれたらお茶ぐらいは出したのに〜」

──西行寺幽々子。

白玉楼に住まう、亡霊少女。

飄々とこちらの言葉を逸らし、尚且つ少ないピースから真意を読み取る、何も考えていないように見えて、その実は結構な知略家──腹黒とも言う。
「あ、妖夢。お茶とお菓子、縁側に出しておいてくれる〜?」
加えて、大食家でもある。聞いたところによると、ここ白玉楼の収入の約九十%が食費に充てられているとか。
「……全部一人で食べてしまわないでくださいね?」
妖夢は幽々子をじとっ、とした目で牽制しつつ、屋敷の中へと入って行った。私はもう帰ろうか、というところだったので、その必要は無いと呼び止めようかと声を漏らしかけたが、
「……ま、いいか」
諦めたように呟く。意見収集は、様々な者から行うのが基本だ。加えて白玉楼には、生涯を終えて転生待機中の、大勢の幽霊が漂っている。彼らに話を聞くことができれば、件の前多孝一という人物を知っている人の、一人や二人は居るに違いない。
そんな訳で、少しばかりお邪魔するのも悪くない、と感じたのだ。決して、お茶とお菓子の魅力あるダブルパンチに惹かれた訳ではないので、勘違いなきよう。



「はぁぁ…………♪」
とろける。
これだからお茶は止められない。酒もいいが、それとはまた属性の違う旨さがある。何よりも、心が安らぎ、落ち着く。ここに来るまで結構な距離を飛んで来たため、体には疲労が溜まっている。ところがその疲れが、今は初めから無かったように身体は軽やかだ。
それでいて、付け合わせの水羊羹も非常によろしい具合である。湧き水で冷やされたそれは、楊枝を表面に当てると、力を入れずともすっ、と切れていく。口に運ぶとするするっと喉を寒天が通っていき、後にはほのかに香る程度に、芳醇な小豆の風味が残る。そこに、先程のお茶を含めば、もうそこは『喉越し、パラダイスッ!』で、私はもう何も考えられなくなるほど──ああ、とろけちゃう。

「……あのー、何か話があって、ここまで来たんじゃあ無かったんですか……?」
「は」
妖夢の一言で、一気に覚醒する。いけないいけない、本来の目的を忘れて思わず浪漫飛行してしまうところだった。はち切れるほどマイハートしそうなところだった。というかしてた。幾つもの夜を語り明かしていた。ああ畜生、なのにこいつは、その楽しい時間から私を引きずり降ろしやがった。
「起こしてくれてありがとうね、妖夢。五臓六腑を引きずり出されて脳みそを吸い付くされて死ぬことを祈っているわ」
「あれ。私もしかして殺されようとしてますでしょうか。もう既に半分死んでるのに」
「妖夢のバカ!二回死ねぇぇ!」
「いえ、だから……私、半人半霊ですから、これ以上死なされたら困るんですよ」
「四回転半ひねり死ね!」
「ひねりを加えられたっ!?一体どんな死に方ですか、それ!」
「そりゃあ、あんた、そこにふよふよ浮いている半霊を、こう、雑巾を絞るように四回転半」
「半霊逃げて超逃げて」
と、その言葉に半霊はぴゅーっと飛んで行ってしまった。残念。半霊の中身はどうなっているのかが知りたかったのに。
「あら〜マシュマロだわ〜」
「キャーーーーッ!」
だが、飛び去った直線上に、幽々子が立ち塞がって見事キャッチ。よし、飲み干せ。そして私の破られた夢の仇を取るんだ。
……結局半霊は、食べられることなく無事妖夢の元に帰ってきた。何と言うか、消化不良なオチ。



「前多孝一、さん?」
幽々子のその言葉は、嘘や偽りの無い、少し微笑を浮かべた程度の飾らない表情で放たれた。
「申し訳ないんだけれど、私は知らないわね〜。名前は最近、良く聞くんだけど〜」
「…………名前?」
その言葉に、私は少し頭を傾げる──そういえば、文が新聞に彼のことを書いたんだったか。幽々子はそれを見て、名前を知った、というところだろう。
ところが。
「新聞?なんのこと?」
「え?」
今度は幽々子の方が首を傾げる事態になってしまい、私は戸惑う。新聞で知った訳ではない(そういえばあの新聞には彼の写真しか載っていなかったような気がする)ということは、誰かが噂話を流して、それを聞いたのだろうか?
「いえ、噂話とかでもなくって」
……先が読めない。
私以外の、彼のことを探している誰かが尋ねた──とするならば、妖夢が彼の名前を知らなかった理由が付かない。白玉楼に入るには、何よりも先にまず妖夢と顔を合わせるからだ。
そして、幽々子が白玉楼から外に出歩くことはほぼ無いので、白玉楼外で幽々子が直接、彼の存在を知る可能性も皆無に近い。
「……それじゃあんたは、どうして彼の名前を知ったの?」
考えが至らず、私は幽々子に直接疑問をぶつける。返ってきたのは──意外なようで、もっとも有り得そうな答えだった。

「庭先にいた幽霊さんが、しきりに孝一という人のことを話していたのよ〜」

その言葉に、私は納得すれば良いのか困惑すれば良いのか、全くもって中途半端な表情を浮かべることしか出来なかった。



溜まる水。
漂う身体。
そこは、墨汁を垂れ流したような空間だった。
真っ暗で何も見えず、けれど耳には何らかの音が響いている。
水音。
蛇口を捻って、空っぽのバケツに水を入れている時のような、そんな音。徐々に水面が高まり、音が少しずつ近づいてくるような、妙に圧迫感のある音。
少しずつ、氷が溶けるように。
時間を噛み締めるように。
水が溜まっていく──徐々に、徐々に、俺の身体を、やもしれない感覚が覆っていく。
そうして過ごす内に、水は空間をなみなみと満たし、俺が辛うじて行っていた呼吸も出来なくなる。溺れ、もがき、目の前が霞み、意識を手放す──寸前で、少しくぐもった声が、耳に届いた。
『ようやく、会えた』



「………………」
気づいたら俺は、木々に囲まれたどこかで寝そべっていた。空が薄暗いところを見ると、もう日没も近い時間帯らしい。
妙な夢を見ていたせいか、身体は完全に起床モードに入っているのに、いかんせん頭が着いて来ない──とりあえず起きよう、そう考えた俺は、頭を振り、身体をもぞもぞと動かした。
「……ん……いっ……!」
身体を起こそうとすると、何故かやけに脇腹が痛む。服を捲くって見てみると、何とも痛々しい青痣が右脇腹に浮かんでいた。
立ち上がる。
こちらに来てからは、もう何度も見てきた森の風景である。
「………………はて」
なんで俺は、こんなところに一人で寝そべっていたのだろう。確かさっきまで、文字通りの絶体絶命な状況に陥っていたはずだったのだが。いつの間に、あの妖怪大戦争は終結を迎えたのだろうか。

「おう、起きたか」

と。

「ったく。自分から割り込んできたくせに、蹴り一発で撃墜たあ、格好がつかねぇなあ」

姿を現したのは。

「ほら、包帯、巻いとけよ。私みたいな不老不死じゃ、そんなもん使う予定無いから、この際全部使い切っちゃえよ」

あの時、輝夜と。

「そしたらミイラ男みたいになって、ちょっとは格好がつくんじゃね−の?はは」

殺し合っていた。

「それにしても、むかつくなー。輝夜の奴、弾幕一発喰らっただけで『やる気なくした、もう帰る』なんて言い出しやがって……お陰でこっちまで萎えたっつの」

少女、だった。

「ま、お前が一発でのされた時点で、私も結構やる気なくしてたし……別に良いんだけどさ」
「怪物だぁぁぁぁぁぁ!!」
「あ、やっぱ良くねーわ」
「痛ぃぃぃぃあああぃぃぃ!」
がつん、と何か固いもので頭を一撃され、俺はのたうちまわる。事実を述べただけなのに。
「お前なあ……げんこつ一発で、涙目になるくらい弱っちいのに、私と輝夜の喧嘩止めようなんて馬鹿なことしようとしてたのか?」
「げ、げんこつ?今のが?」
明らかに貴金属系のバールのようなもので殴られた感触だったぞ、今のは。不老不死になったらそんな特典まで付くのか?
「今なら初回限定盤で、さらにもう一発げんこつをプレゼントしてやるぞ」
「そんな深夜の通販番組みたいなノリはいいから」
「今ならお値段三万九千八百円、さらに消費税サービスでお届け。そこのドMな貴方もぜひこちらにお電話を!お待ちしてるぜ!」
「異様に高い、サービスは消費税だけか、そして下にテロップなど出ていない!」
怒涛のツッコミ三連発。
「あーもー、うっせーなー」
俺は思わず息を切らすが、どうやらその価値はあったらしく、不死少女は少し不満を垂れながらも、俺の方を向き直り、言った。
「解ってる、解ってるよ。お前が聞きたいだろうことは、全部」

お前は一体、何者か。

俺は何故、ここに居るのか。

──何故、あれほどまでに殺し合うのか。

「……予想外の質問が一つあったが、まあそれに順番に答えていってやるよ」
まずは、私。
「私は藤原妹紅。平安の時から悠久に生き続ける、不老不死者だ」
で、お前が何故ここに居るのか、だが。
「月の医者に頼まれたんだ。お前をみっちり鍛え上げてやれ、ってな。本来は受ける義理は無いんだが、こんな面白そうなことを断るほど枯れてもいない。というわけで、その特訓とやらに、私も一枚噛ませてもらうことにした」
それで、最後の質問だが。
「お前には何の関係も無い。次にそんなふざけた質問したら、即刻燃やすから覚悟しとけ」



「………………」
永遠亭の自室。
私──蓬莱山輝夜は、床に座り込みながら、自分の右掌を、じっと見つめていた。
──孝一、と言ったか。
彼の撃ち出した、ちっぽけな弾幕に当たった瞬間。私の身体が、私の物では無くなったような錯覚に陥った。それまで燃え盛っていた何かが急激に冷めてしまい、腐ってしまい、しまいには殺し合いをほっぽりだして屋敷に戻って来てしまった。
避けられたか、といえば、容易に避けられた弾幕だった。弾も小さく、とてもじゃないが普段の私なら軽くいなせたはずだ。
けれど、あの弾幕を目の前にして──何故だか私の身体は、頑として動こうとはしなかった。まるで私自身が、弾幕を受け入れることを良しとしたような──。
「…………っ!」
ああ、ああ。
思い出すだけで腹が立つ。
妹紅から見れば、私の行動は敵前逃亡も同然ではないか。それをさせた彼の弾幕に、彼自身に、私の苛々は募るばかり。
しかも永琳に聞けば、そいつは今妹紅と共に行動しているらしい。迂闊にそこに踏み込めば、妹紅に何と言ってからかわれるか。
「…………はぁ」
ぼふ、と布団に倒れ込む。もう彼のことはあれこれ考えず、また次に会った時に考えればいい。とりあえず今は疲れた。私以外の何かに、私を操られていた、そんな妙な感覚から来る倦怠感が、全身を支配していた。
せめて。
せめて、夢の中では──。
そんなことを考えながら、数え切れないほど過ごしてきた夜に、私は意識を預けた。

和は、いつも夢の中にある。


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