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  東方起承転 作者:紅山車
「小説家になろう」の──その空気を吸うだけで、僕は早く書けると思っていたのかなあ…
36話
シュル。
シュル。
一人だけの空間に、朱墨をつけた筆と紙の擦りあう乾いた音だけが響いていた。眠さを噛み殺し、ようやく百幾枚目かの藁半紙に数字を書いたところで、私は両手を上に揚げて、背筋を延ばした。
「んん……」
ふぅ、と溜息をついた後、捲っていた袖を元に戻す。シワだらけになったそれを見て、また眠気が振り返してきた。
「……少し、眠るか……」
決断すれば、そこからは速い。テキパキと棚から布団と枕を取り出し、床に敷いた。私は、ごそごそと暖かい布団に潜り、夢世界への小旅行へと旅立つのであった。

「おはよーございまーす!」
「………………」
夢世界への小
「清く正しい、射命丸文でーす!」
夢世界
「号外をお持ち致しましたー!」
ゆめ
「では、失礼しましたー!」

「……睡眠妨害だ」
嵐のように現れ、嵐のように去っていった彼女を疎ましく思いながら、私はのそのそと、布団から這い出た。今だ残響が残るバインドボイスのお陰で、もうすっかり眠くなくなってしまったのだ。本当に礼を失ったやつだ。
「……号外?」
目を擦りながら、玄関に置いて行かれた新聞を見てみると、確かに『文々。新聞』の下に小さく、申し訳程度に『特別号外号』の文字が書き添えられていた。
見出しは、『紅魔館、占領!』。
……まあ、あの烏天狗が書く新聞には、誇大誇張が大いに含まれているから、これも精々飛ばし記事かそんなものだろう。若しくは、号外という言葉の持つインパクトで、特に珍しくない記事の目を引きたかっただけだとか。
「……『紅魔館に、白い悪魔が襲い掛かっている。レミリア・スカーレットやパチュリー・ノーレッジと言った猛者達を、次々とノックアウトした『白い悪魔』。我が文々。新聞は、果敢にもあの吸血鬼の館に潜入調査を試み、見事その正体を暴くことに成功した』」
覚めかかってきた両の眼で見た記事を、通し作業のように無機質に読んで行く。文面は何とも興味を引く内容なのだが、いかんせんテンションがついて行かない。何故私は、こんなまだ太陽も高く昇っていない時間から、新聞などを読んでいるのだろうか、といったものである。それから数百文字もの間、新聞記者の自画自賛文が続くのだが、流石にそこは読まずに、目を先へと向けた。

「『その正体とは』……」



豚饅頭。



「まあ……、そんなことだろうとは思っていたが、こんな下らないことに睡眠時間を削られたことは些か腹立たしいな」
その後も何やらかんやらがつらつらと書き述べられていたが、残念ながら私はそこまで暇ではない。がさがさと音を立てながら、新聞を折り畳む。今度の習字の時間にでも、下に敷いて使用しよう。
「……ん?」
と、折り込まれる側──テレビ欄が載っているところ、と言えば、伝わりやすいだろうか──に、一枚の写真が掲載されているのが目に入った。どうやら一連の事件(とも言えるのか怪しい)を取材した時に撮られたものらしい。何やら盗撮臭がするのは、この際気にしないでおこう。
「と、いうか……普通こういうのは一面に掲載するべきじゃないのだろうか?」
何か考えがあったのか、それとも余程慌てて刷ったのか。真偽は知らないが、どうせ目も冴えてきたし、話のタネに見ておくか。
そんな軽い気持ちで、一度畳み掛けた新聞を再び見る。
写真には、目を光らせているメイドが一番奥におり、その少し手前に置いてあるテーブルの前で、紅魔館の面々が(半泣きで)食事を食い散らかしているのが写っていた。
「………………ん」
と、ある一点に目が行く。顔色が悪い少女と、何とも豚饅頭を持つ姿が似合っている女性。前者は確か、パチュリーと言ったか。図書館に年中篭っている、非活発な魔法使いだったと記憶している。後者は覚えていない、というか知っているのかも怪しい。
問題は、その二人の間に座る者。写真に写っている面子の中で、ただ一人の男性。

私──上白沢慧音は、ごく最近にその顔を見ていた。

「……これは、孝一……か?」
眼どころか、一気に頭が覚めた。何だ、彼は幻想郷に戻っていたのか?彼が八雲紫に元の世界に戻されたのは、今からたった二日前じゃ無かったか?何時からこちらに来たのだろう?それならなぜ、人里に来ずに、紅魔館のような危険な場所にいるのだ?コミュニケーションは取れているのか?誰も孝一にパスを出さないじゃないか。そもそもこのチームはなんだ、それぞれが勝手なプレイばかりだ。まるでまとまってない。一体指導者は何をやっているんだ!?
「け、慧音!?眼が虚ろだけど!大丈夫!?」
「まるで成長して……はっ!」
錯乱して目の前が見えていなかったのか、いつの間にか私の眼前には、一人の妖怪──リグル・ナイトバグが立っていた。
「ああ……リグルか?一体どうしたというんだ、こんな朝早くから」
「ああ、うん。その──今、慧音が持っている、新聞の件で」
「……孝一の写真のことか?」
「ああ、やっぱり!コーイチ……だよね!どう見ても!」
「まあ、まず間違いないだろうな。それで、その件での話、と言うのは?」
私の問いに、リグルは少し頭を抱えながら、
「……何で紅魔館にいるのか、慧音だったら知っているんじゃないか、と思ったんだけれど」
「……残念だが」
私は首を横に振った。私自身も、混乱しているところだ。
「だよね……はあ。よりにもよって、なんで紅魔館なんてところに行ってるんだよ、コーイチは」
「心配か?」
「そりゃそうだよ。紅魔館に近づくバカなんて、人はおろか妖怪にも居ない。吸血鬼みたいな恐ろしい上位妖怪に、お近づきになりたい訳が無いしね」
「……けれど、随分楽しそうじゃないか?」
「誰が」
「孝一が」
写真の孝一を指差すと、リグルはそれをじいっと凝視してから、
「……苦しそうにしか見えないんだけど」
豚饅頭を口いっぱいに詰め込み、呼吸困難に陥っている彼を哀れむような口調で呟いた。
「紅魔館で食事、なんて仰天なプランを実行しているのは、確かに凄いことだと思うけれどもさ……これはどう見ても、苦行にしか見えない」
「……まあ、それだけ吸血鬼に気に入られた、と言う訳だろう」
「………………寒気がしてきた」
食べられたりしていないかなぁ、等と呟きはじめたリグルに、私は言及した。
「解らないが、多分大丈夫だろう……気に病む必要は無いと思う」
「何でそんなことが言えるの?」



「あいつは、ここに来て一時間も経たない内に、妖怪に食べられかけた人間じゃないか」

不安で染まったリグルの顔は、その言葉を聞いて、みるみる内に元に戻っていったのであった。
そして私はというと、またその時のことが振り返して、噴き出してしまうのであった。



『アハハハハハ、コーイチー』
『捕まえてごらんなさ〜い』
『アハハ、待て〜♪』
『アハハハハ』
『アハハハハ』
ちゅどーん。どがーん。ぐわぁらごわがきーん。
『アハァァァァァァァ!』
『楽しいね、楽しいねえコーイチィィィィィィ!?』
バシュウ!
『くっ!目にゴミが……!』
『隙あRYYYYYYY!』
『!』
ゴシュ!
『アハハハハ、アハハハハ、アハハハハ……タノシイネ?』



「楽しくねえよ馬鹿!」
恐ろしい夢から目を覚ました俺は、顔面蒼白で掛け布団を弾き飛ばし、ベッドから跳ね起きた。
「ん?ベッド?」
改めて、自分の置かれている状況を確認する。
ここは──そうだ、俺が泊まった時に使った部屋だ。今朝はこのベッドで起床した。
……今朝、で合ってるよな。
「あ、起きた」
と、傍らから一つの声。
「ん………………」
声のした方を見る。特徴的な赤、目立つ金髪。目がチカチカするほどカラフルな羽。

フランドールが、俺の顔を、凝視しているのであった。

「………………」
ずざざざざざ。
反射的に、ベッドから飛び降り、フランドールからなるべく距離をとる。部屋の壁のひんやりとした感触が、背中一面に広がった。
「あは、もう何にもしないからそんなに逃げなくても大丈夫だよ」
そんな俺の姿が滑稽だったのか、けらけらと笑うフランドール。一見無垢な笑顔も、あんなことがあった後では悪魔の嘲笑に見えてくるのだから、何とも人間の眼は便利なものである。
「……本当か」
「うん。絶対。多分」
「その時点で既に矛盾を孕んでいるよなあ!」
可能性が1%でも残っていたら、それは絶対じゃないんだよ!
「……コーイチが何言ってるのかわかんない」
ぷぅ、と頬を膨らませるフランドール。その愛くるしい外見に騙されると痛い目に遭うのは、経験済みだ。
「いつまで猫を被っているつもりだ、フランドール」
「え〜?子供だからわかんない」とぼけるフランドール、恐ろしさで身がすくむ俺。端から見たら、どっちが年上だか解らない。
一応、確認のため聴いておく。
「……好きな飲み物は何だ」
「プリンシェイク」
「好きな食べ物は」
「星の王子さま」
「好きな本は」
「ノンタン」
「揺るぎねえ!」
間違いなくレミリアの妹だ。



「何で、あんなことをした」
真面目モード突入。
やるときはやんないとね。
「お姉様に頼まれたから」
「……何をだ」
「『おつむのおめでたい孝一に、幻想郷の恐ろしさを教えてあげなさい』って」


『ほら、飲み込まれた』


『あははははははは』


幻想郷にいるのは──
優しい妖怪ばかりじゃない。
それを、俺は、解っていなかった──のか?
それとも。
解ろうとしなかった?



「孝一」
コンコン、と戸が打ち鳴らされた──咲夜の声だ。
「お嬢様がお呼びよ。起きているのなら、──妹様も連れて、大広間に来て」
敬語が無くなった咲夜の声に、若干の新鮮さを覚えつつ(ただ、やっぱりこっちの方が堅苦しくなくて良い)、俺は応えた。
「解った。すぐ行く」
こちら側には、聴いておきたいことが山ほどある。
レミリアの意図。
それを問いただすため。
時計を見る。
朝8時17分。
窓からは、朝光が漏れている。
ここに来てから──三日目。
一日の滞在だった筈が。
間違いない。
俺は確信して、一つ頷いた。
屈んでいた身を起こす。
「……行くか、フランドール」
すぐ傍にいたフランドールに、ついて来るのを促す。すると、不満そうに呟いた。
「フランって呼んで」
「……考えておく」
「絶対ね」
そういうと、先に戸を開けて、走って行ってしまった。
「……何を考えてるのか解らん」
やはり姉妹だ、と、溜息をついてから、ゆっくりとフランの後を追い掛ける。

レミリアに噛まれた首筋周りが、少し痛んだ。


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