すっごい長いよ!指が痛いよ! こんな時こそ、助けてえーりん (AA略
27話
「………………」
「………………」
俺は今。
凄い経験を、しているのだろう。
目線同士がぶつかり合って火花が散っている、という光景を、テレビ以外で見ているのだから。
ただ、これだけは言っておく。
めちゃくちゃ怖いです。
「……貴女は」
俺から見て近い方──つまり、永琳だ──が、ぽつりと呟くように語りはじめる。
「何か、大きな勘違いをしているのを、気づいているかしら?」
「──一体、何を言い出すのかと思ったら」
目線の鋭さを変えずに、だが口元は少し緩めながら、咲夜は吐き出すように言った。
「貴女、その男の言い分を信じる──なんて馬鹿な事をする、とでも言うのかしら?」
あぁ、呼び捨ては嬉しいけど『その男』呼ばわりはちょっぴり悲しい。
「ええ。何度でも言うわ。
私は、私の後ろにいる方の言い分を信じるわ」
「……そう」
咲夜は永琳の言葉を聞くと、顔の前で両手を交差し、指に挟んで下に向けていたナイフを構えた。
「なら、貴女ごと後ろも始末させてもらうわ」
「それを本気で言っているのなら、笑わせるわね」
笑えねえよ。
二人は何を言ってるんだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺の言葉に、二人はこちらを振り向いた。
目が引くほど怖かったが、勇気を振り絞って言う。
「咲夜が何で怒ってるのかは、いくら考えても解らないけどな──怒って俺に攻撃して来るって事は、俺が知らないうちに、何かやったんだろう」
「まだそのような事を──!」
「だから」
すまなかった。
「……え」
咲夜の唖然とした声が、頭上から聞こえてきた。
膝をつき、頭を下げた俺を見て、だろう。
「俺を殺すなら殺せ。こんな安い頭なら、いくらでも下げる。それで気が済むなら、何でもしてくれ──これが、俺なりの誠意だ」
だから、何の関係も無い永琳と戦うのは、止めてくれ。
──頼むから。
「……ふふっ」
意外にも、声を上げたのは。
咲夜ではなく、永琳だった。
顔を上げて見ると、彼女は右手を軽く口元に添えて笑っていた。
「何が……おかしいのかしら」
俺から永琳に、目線を移した咲夜が、呻くように言った。
永琳は笑うのを止めると、咲夜に向かって言った。
「貴女、従者失格よ」
「──何をッ!!」
その言葉に、咲夜が激昂する。
それは恐らく、咲夜のプライドに最もそぐわないであろう一言であった。
「『完璧で瀟洒なメイド』か……聞いて呆れるわ」
「……ッ!」
立て続けのその言葉に、思わずナイフを構えた。
「だって、そう思わない?」
だが、次の永琳の言葉が、その手を止めることとなった。
「貴女は、パチュリーを適切な処置で救った、言わば『恩人』の彼にナイフを投げ付けた上、頭まで下げさせたのよ」
──仮にも『客人』である彼に、そういう行為を行わせる『完璧で瀟洒なメイド』なんて。
──少なくとも私は、ご存知無いけれど、ね。
「適切な、処置?」
永琳への鋭い視線を緩めずに、咲夜が聞き返す。
「……喘息は」
永琳は咲夜の疑問に答えるように、語りはじめた。
「誰かが酷い発作を起こした時、先ずすることは、発症者の衣服を緩めた上、椅子に座らせる等の楽な体勢を取らせることなのよ」
その言葉を聞いた瞬間、咲夜の身体が強張った。
「パチュリーの場合、そうね……前ボタンを上三つ分外してから、椅子に座らせる、といったところかしらね?」
先程、俺がパチュリーに取った行動をすらすらと述べる永琳。
そして、言った。
・・
「必然、下着も──見えざるを得ない事になるわ」
「──あ」
この時俺は、漸く理解した。
何故パチュリーが、顔を真っ赤にして怒っていたか。
それを見た咲夜が、何故憤怒の如く怒りだしたか。
前者は、女性として当然の怒り。後者は、同じ女性としての怒り。
どちらも、俺のデリカシーの無さに向けられた怒り、だ。
「彼は、今気づいたようだけれど──それに、彼にも責められるべき部分はあるわ」
デリカシーの無さとかね、と続いたのを聞き、がくりと頭を落とす──だが、直ぐに顔を上げ、パチュリーの元に歩いて行った。
驚く彼女に頭を下げ、言う。
「ごめん!」
「……何で謝るのよ」
「えっ……」
「悪いのは全部、私じゃないの!私一人助けてもらって、私一人勘違いして、私一人勝手に怒って!貴方は一つも、悪いことなんかしてないじゃない!」
病み上がりだというのに、饒舌に任せて喋り続けるパチュリー。
また発作を起こさないか、と心配になるほどだった。
「え、いや、でも、お前の下着、見ちゃったし」
途端、彼女は元々赤かった顔をさらに赤らめ、
「それは不可抗力!悪いのは私!結論←!それよりも、何か言うことがあるんじゃ無いの!?」
「ん!?え、えぇと!?」
急にそんな事言われても、ぱっと出てくるほど俺は器用じゃ無い訳で。
出て来たのが、この言葉。
「き、綺麗だった、ぞ?」
言ってから、考える。
何処の三流ナンパ師だ、と。
パチュリーはパチュリーで、
「む、むきゅ!?」
とか(多分本人も)訳の解らない事を口走ってから、
「……あ、ぅ」
その場に倒れてしまった。
「お、おい!?」
まさかまた発作か、という考えが頭を過ぎり、慌ててパチュリーの傍に駆け寄る。
「大丈夫か、おい!」
「……むきゅ」
顔は赤かったが、さっきのような息苦しさは見受けられなかった事から、ただ気絶しただけだと解り、ホッと一息つく。
俺は、パチュリーの小さい身体を両手で担ぎ、咲夜に聞いた。
「咲夜」
「……何でしょう」
あ、敬語に戻ってる。残念。
「何処か、適当なベッドがある部屋は無いか?」
「……でしたら、そこの扉は、この図書館の司書の部屋ですので、ベッドもあるかと」
「ん、さんきゅ」
へえ、司書が居るのか。会ったら挨拶しないとな。出来れば大食いなら、尚嬉しいんだが。
そんな事を考えながら、咲夜に礼を言い、示された扉の方へと歩いて行く。
「……後で、咲夜にもう一回謝っとかないとな」
咲夜に聞こえないぐらいの小さい声で、つぶやきながら。
「あれでも、彼は『応急処置にかこつけて、パチュリーにセクハラした変態』に見えるかしら」
「………………」
「気になるなら、見に行けば?
扉の向こうでは、彼がまたパチュリーにセクハラしようとしてるかもしれないわよ?……まぁ、100%無いでしょうけどね」
「………………」
「何も言わないのね。『完璧で瀟洒なメイド』、さん?」
「………………」
「まあ良いわ。そろそろ私は戻るとしましょうか。姫がお腹を空かす頃だしね」
「………………」
「……ああ、それと」
──彼を『客人』にしておくには、些か勿体ないかも、ね。
「それじゃ、また来るわ。『彼を引き取りに』」
「……実験など、させません」
「ふふ……どうかしらね」
「………………」
「まただんまり……ね。それじゃあ、またね」
「………………」
彼女が去ってから。
私は、泣いていた。
パチュリー様の事は、小悪魔に任せきりで手が回っていなかった?
だから、喘息の対処法など、知りもしなかった──?
「……っ!」
唇を強く噛む。
理由にならない。
私は、紅魔館の、メイド長なのだから。
誰に対しても。
何事に対しても。
完璧で、
瀟洒で、
あらねばならない。
それを、私は──!
「くっ……うっ……」
溢れる涙は、止まらない。
ぽたりぽたり、と、赤色の絨毯に染み込んで行く。
今この場に居るのは、『完璧で瀟洒なメイド』ではなかった。
十六夜咲夜。
一人の少女が、泣き崩れていた。
『和』は、既に失われていた。
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