0009* イエロー・ニュービートル
「ねぇ……とりあえずそろそろ駅に向ってくんない? 電車に遅れると困るわ」
黄色のビートル内、坂下真朝は運転席の真人に対して、固い表情で話しかける。
東京に向う新幹線の発車時刻はまだまだ先だが、これ以上はもう、不気味な鳥居を見ていたくないのである。
一方、その返答になぜか困ったように、真人は口を真一文字に結んで見せた。
「……あのさ、お前に言ってなかったんだけど…………実は、さっきから車が全然動かないんだ」
真人の思わぬ告白に、真朝はただ叫ぶしかない。
「はぁっ!? 何ソレ、冗談でしょう? ふざけないでよ!!」
その声は、必要以上に大きなものであった。
真人は少しむくれながら、「ふざけてねぇよ。アクセル踏んでも、カギ回しても、全然反応しねーんだ。俺だってイラついてんだよ。……っつーか、これってなんでだと思う? 逆にこっちが聞きたいよ」と、すねて言う。
「どいてっ!!」
「……え?」
いきなりの「どけ」という言葉に少々驚き、渋々「わかったよ」と言いながら、真人はドアをあけて外へ出た。
ろくに何も言い返さずに素直に従ったのは、彼女がすごい形相だったからである。
正直、あまり自分以外の者に運転させるのは、まだ嫌な状態であった。
なぜなら黄色のビートルは、今月到着したばかりの、ピカピカの新車であったからだ。
真朝は車内で、助手席から隣の運転席へと遠慮なく中腰になりながら移っていく。
真人は真朝の履く靴が、愛車のシートを汚さないか気が気ではなく、ずっとその足下を凝視していた。
「おい、くれぐれも大切に扱えよ? お前は前科があるんだからな!」
“前科”とは、以前、真人の愛車であった『プジョー』を借りた際、見事に塀にぶつけてバンパーをへこませるという大事件を起こしたことを指す。
愛車を2度も傷つけられるのは、なんとしても避けたい所である。
「うるさいわね! 分かってるわよ」
そう不機嫌に答えながら、真朝はカチャカチャとエンジンをかけようと必死にカギを回した。
……しかし、何度やろうが無駄な事。
車は、カギによる伝達を一切無視するかのように、ひたすら沈黙を守っていた。
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