0008* 大鳥居の向こう側
大鳥居の向こう側。
そこは……その世界は常に深い霧で覆われている。
何かを包み隠しているような、そんな秘密めいた世界……。
「私が集めました、葦原中国の者達を御覧下さいましたか?」
古めかしい服装をした男が言う。
それは現代において、考えられない姿であった。
何故なら男は、豊かな長い黒髪を頭の中央から左右に分け、それぞれ耳のわきで輪を作って金糸で束ねている。
それは美豆良と呼ばれ、まだ日本が「倭」と呼ばれていた頃の、弥生時代および古墳時代における、古代の成人男性の髪型。
服装もその時代の二部式のもので、筒袖の打ち合わせをした上衣に、膝のあたりで足結された絹褌を身に付けている。
いずれも「支配者階級」を思わせる、きらびやかなもの。
「うん、見たヨ。……ところでキミってさ、本当に呆れるくらい『美形』が好きなんだネ。あそこまで美形ばかりを集めるとは、正直ボク、思わなかったヨ」
黒いマントを着込んだ者が、飄々と言う。
その者は、肩から足下まですっぽりと漆黒に覆われ、その顔は、兎の面で覆われている。
贅のかぎりをつくした兎面――。
その目に煌めくのは、2つの大きな純度の高い紅玉。
それはルビーの中でも最高級と言われる、「ピジョン・ブラッド」であった。
そして眉間の『第三の眼』の部分には、大粒の金剛石がキラリと輝く。
一般に「ピンクダイヤモンド」と呼ばれる、希少なカラーダイヤモンドである。
面からしてその者は、ただ者では無い雰囲気をかもし出しているのだが、虎のように牙を剥くその口元の造形は、兎特有の愛らしさなどはなく、所有者の狂暴性を表しているかのようであった。
「当然ですよ。美しくない者には、全く価値などありません。醜い者は貴方様の治めるこの『美しい世界』にはふさわしくないのです」
切れ長の目を細めながら男は流暢に言う。そして、「偶然を装いながら誘い込むのは、いささか苦労いたしました」と付け足した。
「あいかわらずだネ。キミって男はいつだって、シビアに美しい花だけを選ぶんダ」
兎は笑う。肩を震わせるたび、首に付けたたくさんの勾玉が、カチカチと鳴る。
それは常にボウっと発光する、不思議な材質の首飾りであった。
「夜尊、……それはもしや、大山津見の娘の件を遠回しに申されておりますか?」
眉目秀麗の男は顔をゆがめ、かつて自分の妻となるためにやってきた石長比売を、「容姿が醜悪で美しくない」という理由で追い返した事を思い出した。
「邇邇芸。もしかしてキミは、今でもカノジョの『呪い』を恐れているのかイ? ……それならいっそのこと、カノジョも妻に迎えればいいじゃないカ。そうすれば、すべてがうまくおさまるのにネ」
夜尊は勾玉を揺らしながら、いまだに笑い続けている。
その言葉通り、ニニギは『カノジョの呪い』を恐れていた。
女の呪とは強力で、測りしれない深さと不気味さをもつ。
それからなんとなくイワナガヒメを妻に迎えた自分を想像するが、どう考えても無理であった。
イワナガヒメは美しくない。
「恐れながら我が妻は、今は木花之佐久夜毘売で充分です。私は呪いなど、恐れません。…………て、話が脱線してますね」
そういって、ポリポリとこめかみを掻いた。
「ああ、ごめんネ。ボクが脱線させちゃったんだネ。――ところであれで全員なのかナ?」
兎の面をつけた夜尊は手に握る水晶玉で、改めてニニギが集めた人間を写し出す。
大鳥居の前に集結しつつある、11人の男女。……その姿はいずれも美しい。
「いえ、あと1人。……これよりひき入れます」
そう言って、ニニギは口角をあげてニイと笑った。
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