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名前のない街
作:nico



0051* 瓜二つの男


 まずテユの心を奪ったのは、天井、壁、柱、至る所に施された、龍と樹木の華麗な蒔絵まきえ。その上から、気の遠くなる程細やかな彫刻がびっしりとなされている。それは手彫り以外考えられない。何年費やせばこれほどの物が完成するのか、常人には測り知れたものではない。
 龍の造型、その鱗一つ一つにおびただしい宝石が埋め込まれ、光をさまざまな角度で反射し、きらびやかに格調高く見せている。反射した光は巧妙に計算されているのか、座敷に模様となって落ちている。そのさま、まるで万華鏡。
 それらの背後に広がる夜空は、漆で幾重にも塗り重ねられたのであろう、深く濃い墨の中の墨色。全面にダイヤモンドがあしらわれ、それは満天に広がる瞬く星を思わせる。

「なんだこの無駄遣い、すげぇ」
 テユは呟いて、女の方を見る。

「ちょっ……!」
 見たと同時に女の姿に驚愕し、ある一点から目が離せなくなってしまう。部屋の内装よりも、ある意味問題。
「アンタ、それはまずいだろ」
 女の体を包む上衣は壮麗な刺繍で大層美しいといえるが、あまりにも薄すぎる絹。彼女のきめ細かな白肌は、完全に形をあらわにしている。
「小僧、私を見るなと言っただろう。しつこいぞ!」
「しつこいって……。つか、見るなって無理だろ。なんでブラを着けてないんだ」
「気安く人の胸を凝視するな! だいたい『ブラ』とは何の事だ」
「え、知らねぇのかよ」

 テユは困り顔で、助けを求めるべくアーサーのほうを見た。アーサーはといえば、芸術と言える部屋の装飾、備え付けられた調度品に夢中になっている。テユの視線に気づくはずもなく、時折ルーペを取り出して、あろうことか長々と観察さえしている始末。それはとてもじゃないが、声をかけられる雰囲気ではない。むしろ話しかけるなという殺気まじりのオーラさえ感じられる。イギリス人は紳士だと聞いたけれど、絶対嘘だね。と、テユは思った。

「ったく、しょうがねぇなぁ……」
 本当はアーサーにジャケットを借りるつもりだったが、テユは諦めたように着込んだライダースを脱ぐと、強引に女にそれを押しつけた。
「何だ、汚らわしい」
「着ろ! 目線に困る」
「何で私がこんなものを着なければならないのだ」
「うるせー、いいから着ろ! そういうの、『公共わいせつ罪』って言うんだぞ」

 女は「ふん」と鼻を鳴らすと、肩にかけた御須衣みすいと手に持つ羽衣を床に投げ捨て、ライダースにするりと腕を通していく。
「ほれ、着てやったぞ。これで文句はあるまいな?」
 テユを睨み付け、堂々と腰に手を当てながら言う。
「お前なぁ……きちんと前を閉めろよ。まだ見えてるじゃねーか」
 女を包むライダースは開け放たれ、未だ胸は隠されていない。
「どうやって閉めるのだ?」
「うぜぇ! 閉め方も知らねぇのかよ。ったく世話がやける」
 ブツブツ言いながら、テユは迷惑顔で、ライダースのファスナーにつくスライダーを上へと上げた。

「小僧は変った目の色をしている。……渡来人か」
 ふいに女はテユの顔に近づき、物憂気な表情を見せる。テユは女の深い闇色の瞳を目にし、引込まれそうになる。
「て、てめぇ、くっつくな! っていうか、ジロジロ見んな!」
「それはそれは」
 女は丁寧に両手を胸の前で合わせると、深々とお辞儀をした。
 テユは居心地の悪さを感じて目を逸らせるが、その視線の先、ふいに見知った顔を目にすることとなる。
 横たわる一人の男。それは――

「真人くん!?」
 
 そう叫ぶと、急いで男の傍に駆け寄った。駆け寄る途中、何かを踏んだが、そんなことは気にしない。
 真人は相変わらずボサボサ頭にヘアターバンをしていて、目を固く閉ざしている。いつも愛用している眼鏡は、ない。
「大丈夫か!?」と声をかけ、彼を揺り動かしてみる。が、反応はなく、ぐったりとしている。
 テユの頭は混乱していた。ここに真人が居るのなら、先程の、埴輪の男は一体何であったのか、と。
「そういえば……あいつはどこに?」
 辺りを見回したが、それらしき男の姿はない。

「そいつは小僧の知り合いか」
 女は鈴の音をシャラリと響かせながら、テユに近づいていく。その歩みはひたすら妖艶。
 それから覗き込むようにして、眠る真人を目にすると、口に手を当て目を見開いた。

「なぁ、さっきの奴、どこにいった? あれは真人くん……じゃないよな」
 テユは女に確認するように、慎重な口調で聞く。
「たわけ、あの者は真人という名ではない。しかし、似ている。……遠い末裔まつえいか」

 女は押し黙り、腕を組んで思案する。その目は真人に注がれている。
「驚いたな。まさに瓜二つ」
「だよな」
 テユは女に同意する。

 女はおもむろにテユに背を向けると、怪しく目を光らせた。瞳は血のごとく深紅に染め上げられていく。
「……これは、使えるかもしれない」
 ひとり、ごちる。それはテユにも誰にも聞こえない微かな声。そして続ける。

「遠き日の君、運は貴方に味方しているのやもしれません」













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