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名前のない街
作:nico



0005* 不可解な現象


「……なんで圏外なんだ? ありえねー。こんなん初めてだ……」
 俊太郎は途方に暮れた顔つきで言う。
 こめかみからは、汗が筋となって流れていく。
 ここは地下では無い。地上だ。……電波が届かないわけはない。

「え? 圏外なの? 見せて!」
 智は信じられないといった表情で、従兄弟に向って手の平を差し出した。
 無言で俊太郎は、自分と智の携帯電話を重ねて渡す。
 普段使い慣れているはずなのに、智の手にはずっしりとした重みが伝わってくる。
(……携帯って、こんなに重かったっけ?)
 思わずそう思ってしまうほど。
 一つづつ確認するが、やはり画面は二つとも『圏外』と表示されていた。

「変だよ! ついさっきまで母さんと話してたのに。……なんでだろうね?」
 呟きながら、俊太郎と顔を見合わせた。
 二人の切れ長の大きな目は、この異様な事態にいつもよりさらに大きくなっている。
「俺の『ドコモ』が圏外でも、『au』は電波違うし大丈夫かなと思ったけど……ダメだったな」
「ねぇ、『ソフトバンク』は繋がるのかな?」
「いや、無理だろう。もうそういう問題じゃ無いと思う」
 そう言って、俊太郎はラジオをつけようとした。――しかし、聞こえる音は何もない。

「うそでしょう?」
「…………」
 不思議で不気味な状況に、二人はしばし沈黙した。

 俊太郎はもう一度だけキーを右に回し、エンジンがかからないことを確認すると、
「とりあえず、そこの自転車屋で電話を借りてくる。ちょっと待ってろ」
と言い残し、車から外へと踏み出した。
「俊君、気をつけて!」
 智の心臓は不安で壊れそうだ。できれば一緒に行きたいと思う心を、必死に押さえ込んでいた。



「あれ、ここって……」
 自転車屋に向う途中、俊太郎は再び激しい違和感に襲われていた。
 大鳥居が建つ位置にあった建物が、元は何であったかきれいさっぱり忘れてしまっているのだ。
 どうしても思い出せない。まるで記憶が切り取られてしまったかのよう。
 自転車屋があって、その隣にレンガ造りの民家がある。その次に古ぼけた大鳥居があるのだが、確かにそこには建物が存在していたはずなのだ。

「ん?」
 後方が騒がしいため、なんだろうと思い、俊太郎は視線を移す。
 プリウスから40メートルほど向こうに、黄色のビートルとタクシーが止まっている。そして、ワンボックスカー。
 皆、同じくトラブルが発生しているようだ。
「俺だけじゃないのか。……ったく、変だよなぁ」
 頭をボリボリとかきながら、自転車屋の引き戸をガラガラと開けた。

 店内には色とりどりの自転車がズラリと並んでいる。
 ママチャリなどの『街乗り』が大半なのだが、中にはキャノンデールやトレックといったマウンテンバイク、ビアンキやルイガノといった人気クロスバイクも数台見られる。
(なんだこの店、田舎なのに本格的。……やるなぁ)
 自転車好きの俊太郎にはたまらない品揃え。
 大いに感心し、今度の休暇に改めて見に来ようと心に決めた。

「こんにちは。あの、すみませんー」
 呼び掛けるが、店内は静まりかえっており、返事は無い。
「こんにちは!」
 何度か同じように大声で言うが、やはり返ってくる答えは無い。
(おかしい……)
 俊太郎は首をひねる。
 店内はもちろん、住居としているであろう奥の部屋にも、全く人の気配がしないのだ。
 勝手に部屋に入って確認することも出来ず、諦めて店を出ようとした時――

「あの、店の方? すみませんが、電話を借してもらえませんか?」
 そう、声をかけられる。
(……俺が自転車屋の店員……?)
 振り向くと、すぐ後ろにスタイルのいい男が背筋を伸ばし、立っていた。
 背はスラリと高く、褐色の肌が健康的な、細い目をした男――小顔で、8頭身は軽く超えている。
 いや、9、10頭身はあるかもしれない。とにかく、モデルをしていてもおかしくない体型であった。
 しかしそのスタイルに比べ、着用しているタクシー会社の制服はなんと野暮ったいことか……。
 胸ポケットには名札がついており、『佐伯』と記されている。

「えっと佐伯さん。私、この店の者じゃないですよ。もしかして、あなたも車が壊れちゃいました?」
 俊太郎は胸に手を当てながら、丁寧に聞いた。
「はい。……あなたもですか?」
 少し驚いた表情で、佐伯は眉間に皺をよせる。
「ええ。その上なぜか、携帯も繋がらないんです」
「あっ、僕もですよ! 変ですよねぇ」
 それから、二人は声を揃えて言う。

「「あの鳥居――」」












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