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名前のない街
作:nico



0049* 呪い


 暗いはずの東の対屋たいのやから、ひとすじの光が漏れている。
 寝殿と対屋をつなぐ渡殿わたりどので、胡座をかいて座っていた天宇受賣アメノウズメはそれに気づき、「ええい」と怒りを露にしながら、鼻息荒くその場に立った。
 その際彼女の足首に巻かれた鈴は、さまざまな音を立て、周囲に彼女の存在を知らしめる。
「これはどうした事……。寝ぼすけ達だと思っていたら、断りもせず勝手に明かりなどつけて。起きたなら起きたと早く知らせろ! わずらわしい奴らめ」
 ブツブツと言いながら、七色に光る羽衣をひるがえし、ふわりと浮かびながら対屋を目指す。

 アメノウズメはこの上なく不機嫌であり、必要以上に苛立っていた。こめかみには血管が脈々と浮き上がっている。
 その理由は三つ。
 一つ、遠い昔から親交のある夜尊の結婚が、阻止されようとしている事実。
 二つ、結婚を阻止せねば、夫の命に危険が及ぶやもしれない事実。
 三つ、五の部の首長のひとりである自分が、召集されないばかりか蚊屋の外にされ、内情を関知しえない事実。

 彼女は懐から五寸ばかりの大きさの鍵をするりと取り出すと、それをぐっと握りしめた。先刻、邇邇芸ニニギみことより預かった、宝石が埋め込まれた贅のかぎりをつくした鍵。
 すぐさまかんぬきの錠前に差し込むと、横木をずいと力一杯引き抜いた。

「起きたか盆暗ぼんくらども!!」

 大声を張り上げながら、彼女は勢い良く扉を開ける。
 
「……ん?」

 目に映る現状に、アメノウズメはただ立ち尽くす。
 部屋は相変わらず暗く、明るさは、光のかけらは微塵もない。

「こ、これは。確かに光は漏れていたはず。しかし、何故。……もしや私としたことが……気のせいの早とちり、と?」

 自らに失望の念を抱きながら、彼女は部屋を隅々まで見渡した。

「なんだ、早とちりではないではないか……。フ、フフフ。目覚めている者、二人。そして……」
 さらに目を大きく見開きながら言う。
「招かれざる者、一人。……いや、一柱。……そうでしょう? 遠き日の君。私の目はごまかせませんよ」

 アメノウズメは懐かしそうに、その一柱の神を見る。一柱の神は、衣擦れの音を闇に響かせながら彼女に近づいていく。

「我が術、やはりそなたには通じぬか。……否、是は我の仕組みし事」
 外からの仄暗い灯に照らされ、一柱の神は顔を露にする。アメノウズメは彼の顔を昔から熟知している。
「手の込んだ事をなさいますね。相変わらず小細工が上手なお方。目をこうして凝らさなければ、気づきませんでしたよ」
「再び逢いまみえるは我が喜び。そなたは変らず美しい」
「貴方様ともあろうお方が、何故このような処へ。一体何の用でしょう。正直に申してくださいますなら、天孫ニニギには報告致しません」
 アメノウズメは胸の前で手を合わせ、神に向けてお辞儀をする。
 言葉や態度は丁寧だが、その表情は刺々しい。
 何も答えず、神はアメノウズメの目と鼻の先にずいと寄ると、彼女の頬を両手で包む。
「な、何を……」
 アメノウズメは焦り、目を泳がせる。
「是は口止め。そなたと我のみの秘密。我の名、我が姿、他言は無用」
 言うと神は、アメノウズメに口付けた。
 アメノウズメは必死に抗おうとしたが、無駄な事。彼女の影には、いつの間にか鋲が打たれている。
 
 神は微笑みながら、ゆっくりと顔を起こし、彼女の頬を優しく撫でた。
 アメノウズメは終始彼を睨みつけている。
「その表情も麗しい。……しばし耳を拝借」
 ぴくりとも身動き出来ないアメノウズメは、黙って耳を貸すしかない。
 それをいいことに、神は大胆に彼女の腰に手を回しながら、ひそひそと耳打ちをする。
 彼女は思いきり顔を歪めて話を聞いていたが、その内容に驚愕し、「まさか、何たる事!」と大きく叫んだ。
 思わぬ話に、アメノウズメの目や口は大きく開かれたまま。

「是は事実。よって我は阻止しようと試みる。……此処に我が現れたるは、隠密にそなたに協力を求める為。返答は如何に」
 言いながら神は、彼女の長い髪を弄ぶ。

「か、考える時間を。……突然の事で、混乱しています」
「承知。明晩、我はそなたに逢おう」

 ……チリリリ、リン……
 神は腕に巻いた鈴の輪を、なめまかしく揺らして鳴らす。
 同時にアメノウズメの影に打たれた鋲は、儚く消えた。

 ようやく自由を取り戻した彼女は、勢いあまって後ろにぺたりと尻餅をつく。
 彼女のしなやかな足に幾重にも巻かれた鈴は、振動でシャラシャラと音を奏でた。
 神はその鈴を凝視する。やがてかがんで彼女の白い足にそっと触れた。

「是は感激。そなたは未だに我が鈴を」
「遠き日の君、変な誤解をしないで下さい。あれ以来、あの日以来、貴方の鈴は私の足から取れません。どうしても外せないのです。これは何の呪いでしょう」

 神は満足そうに目を細めると、アメノウズメの身を抱え込むようにして、彼女を立たせた。

「そ、そんな事をしなくても、自分で立てます!」 
 困惑しながら彼女は神を見、「それより質問に答えて下さい。外し方を私に――」
 神は口元に人指し指を立て、彼女の発言を遮った。
「……今は秘密。時至れば我は語ろう」
 そして続ける。
「其処の二人は我が友人。我は彼らと交流する」

「彼ら?」
 アメノウズメは神の視線を追い、プラチナブロンドの西洋人と、少し前髪が目にかかる若い青年を確認する。
 それから神へと再び視線を戻した時――すでに彼の姿はなかった。

「……相変わらず神出鬼没。昔から変らないのね」
 失笑を交えて呟いた。












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