0047* 我が名は秘密
「CHROME HEARTSは僕も好きだよ? ほら、見て。お揃いだね」
アーサーは、ZIPPOで自分の財布を照らし出す。それは、ビルウォールレザーのスカルウォレットチェーンがついた黒い鮫革の財布であった。
「んなこと知るかよ。とりあえず、返せ!」
テユは殴りたい衝動に駆られていた。アーサーの不敵な笑みには、悪さをしでかしてしまったという申し訳ない気持ちは微塵も感じられない。
「ここへ取りにおいでよ。そうすれば返してあげるよ」
「くそっ、何だよ偉そうに」
「偉そう? そうかな、きっと気のせいさ」
テユは大きく舌を打つと、ヘルメットとゴーグル、ストールを手探りでとり、明かりのほうへと這い出していく。
途中、腕であろうものや髪の毛だといえるものに触れたりもした。
その都度、なんで俺がこんな目に……と思いながら、アーサーの方を鋭く睨み付ける。
アーサーはそれを知る由もなく、テユが来やすいように、中腰でZIPPOライターをつけ続けてくれた。
しかし一見親切そうにみえるその行為は、テユにとって早くガス欠を招く事になってしまう迷惑行為といえ、増々テユの心をイラつかせ、俺のじゃなくて100円ライターで灯せよカス、と思わせる結果となっていた。
そんな中、アーサーは飄々とした表情で再びテユに語りかける。
「ねぇユン君。僕や君を含め、ここにいる全員のCircadian rhythmは狂っていると思わないかい? 僕は今、うっすらと眠気を感じるよ。君はどうだい? 僕の時計は現在午後4時近くを指しているけれど、このように皆眠っていられる事や僕自身のこの眠気に対してひどく疑問を感じる。これはどうしたことだろう。君はこれについてどう思う?」
その問いは、やはりテユにうざいと強く思わせるものだった。が、彼を引きつける単語があった。
本来なら、別に。と答えたい所だが、「サーカディアンリズムって何?」と逆に問う。それは彼にとって初めて聞く言葉だった。
「概日 rhythmのことさ」
「……は?」
答えはテユの期待したものとは全く違う物で、ますます何なのかわけが分からなくさせるもの。
(もうこの男の話は聞きたくない)
テユがそう思った瞬間、ふわりと風が舞い上がり、彼の髪をなびかせた。
時同じくして、アーサーの持つZIPPOライターの火も消える。
「概日リズムか。それはな、少年、外から受ける周期的変化を排除した状態で見られる、生物の一日周期の生理的活動および変動、すなわち体内時計を指す。覚えておくが良い」
そんなどうでもいい事いちいち覚えてられるかよと思いつつ、テユは声のする方向へ視線を移した。
男なのか女なのか。はたまた若いのか年老いているのか、見当もつかない澄んだ声。
「失礼。我が姿、人であるそなた達には闇の中、見る事は叶わず。よって我は此処を明るくしようと試みる。……いざ」
鈴の音とともに、声の主は何かを始めた。
テユもアーサーも、それが何なのか見当がつかない。
闇はすべてを包み隠している。
「ねぇ、君の名は? 教えてくれるかい?」
アーサーが問うと同時に、鈴の音は止む。
笑い声のみが、返答するかのごとく部屋に響く。
「勇気ある人、我が名を問うのか。して、そなたの名前は?」
「僕はArthur Guise Garrot。そして彼はユン君だよ。で、君は?」
「……我が名は秘密。教える事は叶わず」 |