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名前のない街
作:nico



0046* クロムハーツ


「ねぇ、ユン君。それより君も、そろそろ気がついたんじゃないかい?」
「は?」
 テユはアーサーに背中を見せたままで、わずらわしそうに眉をひそめた。
 彼の頭の中は、現在うぜぇという言葉で占めつくされている。

「この部屋の暗さは異様だと思わないかい? 黒を幾重にも塗り重ねた黒……漆黒すぎる闇。うん、そうだね。この表現がふさわしいね」

(……何言ってんだこいつ。電気がついてないんだから暗いのは当然だろ)
 そう思いながら、テユは黙って仰向けになり、辺りを見回してみた。
 相変わらず黒い空間は広がり、アーサーの輪郭すら、部屋の天井や壁ですら、何も把握することはできない。
 しかし、さほどそれを疑問に思う事はなかった。彼にとって暗いという事よりも、バイトに出かけたはずの自分が座敷に横たわり、その上こうして見知らぬ外国人と話している事のほうが疑問であり、不思議で不可解。
 あまりにも訳の分からない非現実的すぎる現状に、テユは痺れているのも忘れ、無意識に両の手を固く結んだ。
 まずいと思ったのも束の間、幸い痺れはほぼとれており、テユは小さく「あ」と呟く。

「僕はもともと夜目がきくほうなんだ。だから少しの暗闇くらい、すぐに目が慣れて見えてしまう。これはもう僕の特技といっても過言ではないね。……ところがどうだい、ここは本当に僕の常識を覆す所さ。なぜならこの僕でさえ、全く闇に目が慣れず、何も見えないままなんだ。暗いままさ。これはどういう事か、起きてから僕はずっとあれこれ考えてる。でね、出た結論はね、この部屋の闇の質は、僕らの知っている闇の質とはあきらかに異質、すなわち別物だという事さ。そのくらい光源と言える物が何もないんだ。光がわずかにも存在しないなんて、不思議で興味深い所だと思わないかい?」

 別に。と思いながらテユはゆっくりと上体を起こし、すぐさま手探りで、畳らしきものの上で手を滑らせてみた。
 アーサー以外にも、人が絶対近くにいるはずだとずっと思っていたからだ。

「……ユン君? 僕の話を聞いてる?」
 アーサーの心配そうな声が闇に響く。

「え? ああ、聞いてるよ。それよりアンタ知ってるか? ここに俺ら以外の人がいるよな。息する音、聞こえるし」

 シュカッという音とともに、アーサーは再びライターに火をつけた。
 今度はZIPPOではなく、100円ライターのような音。再び彼の耽美な顔が幻想的に浮かび上がる。
 火は人の心を落ち着ける効果があるという。
 知ってか知らずか、テユも少なからず、多少なりとも不安な心を落ち着かせる事ができた。
 
 アーサーは火をともしたままで、静かに目を伏せて言う。
「うん、人はいるよ。僕らの他に8人いるね。内、女性が2人。あとは全員男性ばかりさ。皆まだ眠っているよ」
 テユは手を滑らせるのを止め、「へぇ、調べ済みか。……さすがだな」と感心した。
 それを聞いて、アーサーはニィと笑みを浮かべ、同時にライターの火を消した。
「このLighterライターはね、実は隣の人のPocketポケットから拝借したんだ。僕のはすぐにGasガスが切れちゃってね、参ったよ。……本当に日本人は喫煙者が多くて助かるね」
 言われてテユは、まさかなと思いながらスキニーデニムのポケットに手を入れてみた。――が、ライターはない。
「お、おい、てめぇ、俺のライターも盗りやがったな!」
「……ああ、君のLighterライターはどんなLighterライター?」
「クロムハーツのジッポ」
CHROMEクロム HEARTSハーツね。……これだね」
 再びアーサーは、ZIPPOライターで火をつけた。その微笑みは、さながら空を舞う天使のよう。
 それがテユの怒りをさらに煽る。
 
「返せ!!」












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