0040* 七人の神様
米、ひと粒には七人の神が住まうという。
真朝は幼少の頃、祖父よりそのように聞き、ご飯はひと粒残さず食べろと育てられてきた。
当時、こんなちんけな米粒ごときに神様が七人もいてたまるかよと、祖父を小馬鹿にしていたものだが、目の前の巨大な稲を目の当たりにすると、あながちそれは嘘ではないのかもしれないと思えてくる。
その穂――その種子ひと粒の大きさは、常識では考えられないほどに大きくて、それはさながらラグビーボール。
炊くとどうなるのだろう。と、真朝はぼんやりと想像した。
「ねぇ、あの米、食べられるの?」
真朝は、相変わらず飄々とした表情の夜尊に問う。
「ん、食べてみたいノ? ……いいヨ。不味いと思うけどネ」
聞いていた猿田毘古は、あわててその会話に入り込む。
「夜尊、ならびに奥方さま。あれは天孫、邇邇芸の命の稲ですぞ? 食べるなど、脱穀するなど恐れ多き事! そのようなお考え、改めなされ」
「ひと粒くらいならバレないヨ」
夜尊の思わぬ即答に、サルタヒコはやれやれと首を振る。
そのような会話もつゆ知らず、稲は穂の重みでしなやかに曲り、カラカラと音を立てながら上下に揺れる。
やがてひと粒ぽとりと落ちて、地に砂煙りを上げ、縦にズンと着地した。
粒は異様な存在感を周囲に放っている。
次第にその籾の外皮は花弁が開くように剥がれ、金色の籾柄は風に乗って、ふわり浮かんで消えていく。
後に残るのは、純白に輝く巨大すぎる玄米、ひと粒。
サルタヒコは再び片膝をつき、頭を垂れる。
真朝は米粒に向かって礼をするサルタヒコが可笑しくて、必死に笑いをこらえていた。
米は言葉を発する。
『夜尊、一刻も早く夜之食国にお戻り下さい。そこは、危険です』
「分かってル。これから戻るつもりだヨ〜」
けだるそうにふらりふらりと横に揺れながら、夜尊は答えた。それから目を細め、いたずらっぽくにんまりと笑う。
「ねぇニニギ、ずっと見てたでショ? 須佐之男、面白い事してくれたネ。カレは強いヨ? あのヒトは焦ってるでショ。フフ、どうするつもりなのかナ?」
言われて米は、かすかにその輝きを濁らせる。
『スサノオの命に関しましては、お祖母様はすでに動かれております。もう貴方様が危険にさらされる事はありますまい。……ところでそのお顔……兎面はどうされました?』
「あっちにあるヨ」
と、夜尊は面が落ちている方向を指差した。
『着けて下さい。貴方様はどうも御自分の美しさに自覚がない様子。おいそれとは外さないよう、心して下さい』
「美しイ? それはキミに言われてもあんまりうれしくなんかなイ。どうせならボク、マアサに言われたいナ」
「ええっ!?」
突然会話に自分の名前が登場した事に驚き、真朝は目を見開いた。
夜尊は米から真朝に向き直り、
「ねぇマアサ、ボクって美しイ?」
と満面の笑みで問う。
真朝は唖然とし、言葉を失った。
『……とりあえずサルタヒコ、兎面を持ち、夜尊にお渡してくれませんか?』
米は気を取り直して発言を続ける。
「御意」
サルタヒコは砂をトンと蹴ると、ゆっくりと宙に舞った。
|