0036* 魅惑の膝枕
「大丈夫ですか!?」
真朝はゆさゆさとミチルを揺らす。が、依然意識はないままである。
彼女はひどく憔悴しており、顔色は悪く息遣いも荒い。その額に手を押し当てると、高熱だということが確認できた。
(どうしよう、結構熱がある。顔も土色だし、病人みたいじゃない……。本当に助けられるの?)
ミチルの頭を太腿に乗せながら、真朝は不安で押しつぶされそうになっていた。
その間、真朝の隣では、夜尊がのんきにちょこんと膝を抱えて座っている。
(それにしてもコイツ、何なのよ。何してるっていうのよ。ただ体育座りしてるだけじゃないの。……この口ばっかりの役立たず!)
何もしようとしない夜尊が憎々しく思われ、真朝は舌打ちとともに横目で鋭く睨み付けた。
その時、彼も真朝を見ていたらしく、二人の目はばっちりと合う。
(むっ……なんて目でこっちを見てるのよ)
夜尊の瞳は汚れを知らないかのように、あどけなく澄みきっていて、それは純粋という言葉をそのまま体現している。
思わず吸い込まれてしまいそうな、深い色した琥珀の瞳。――それは見事な十五夜の月のよう。
真朝はなぜか顔を背けることができなくて、ひたすら眉間にしわを寄せていた。
(な、何なのよ、何だっていうのよ)
そして彼は、ぽつりと呟く。
「膝枕いいな、うらやましイ。……ねぇ、ボクにも後からしてくれル?」
(………………は?)
真朝は飽きれ過ぎて怒る気にもなれず、言葉を失った。
やがて気持ちを整理して、聞こえるようにわざと大きく息を吐くと、
「アンタねぇ、非常識すぎじゃない? ふざけてるヒマがあるなら早く彼女を助けなさいよ」
と、軽蔑を込めた眼差しで言った。
「助けるつもりだけど、それよりボクにとって膝枕が一番大事なノ! ねぇ、してくれル?」
「あー、もうウザイ! 何なの、ウザすぎなんだけど」
「答えになってなイ。してくれないなら助けなイ」
そっぽを向いた夜尊は、いじけたように足元の砂を触り始める。
それを見て、真朝はしびれを切らし、さらに大きく舌打ちをした。
「何なのよっ。それくらいしてあげるから、早く助けてよ!」
「……本当? 約束だヨ? 絶対の絶対だからネ。分かっタ?」
「分かったって言ってるでしょ!」
夜尊は満足そうに微笑むと、ミチルの頭を持ち上げ、真朝の太腿から砂の上へと移動した。
「何するのよ」
真朝は意図が分からず抗議するが、夜尊は人指し指を口元に当て、静かにと無言で合図する。
「ねぇマアサ。キミのスーツケースにお水が入っているでしょウ? それを2本ここに持ってきテ」
真朝は咄嗟に信じられないといった面持ちで夜尊を見つめた。
水、500ミリリットルのペットボトルは、たしかにスーツケースの中にある。
「ちょっ、なんでアンタが私のスーツケースの中身を知ってるのよ!?」
「いいから早ク。じゃなきゃ助けられないヨ〜?」
夜尊は上体をふらりふらりと落ち着きなく揺らしながら言う。
「わかったわよ、持ってくればいいんでしょ?」
真朝は小走りしながら、黄色のニュービートルを目指した。
「はぁ、暑い……」
額から、とめどなく流れ落ちる汗。それを袖で拭い、大きな目を細めて空を仰ぐ。
太陽は生命力に満ち溢れ、砂漠全体をギラギラと照らしつけている。その堂々とした様は、まるで世界を統べる王様のよう。
そんな中、すでに車の表面は卵が焼けそうなほどの熱さであった。もう鉄板と化している。
車を開けた途端、異様に蒸し暑い空気が外へむわりと流れ出し、それは思わず後ずさりしてしまうほどであった。
同時に真朝は現在の状況をぼんやりと整理し、そして思う。
(私、ここから無事に元の世界に戻れるのかな。このままだったらどうしよう。…………いや、悩むのはとりあえず真人を探し出してからよね。真人と一緒に考えよう。アイツ、めんどくさがりだけど、ああ見えて頭いいし、クジ運も強いし……)
双子の兄、真人を思うと涙が溢れそうになったが、必死で打ち消し今すべき事のみを考える。
それから何もなかったかのように素早く後ろのトランクを開け、大きなRIMOWAのスーツケースを取り出すと、中から赤いラベルのヴィッテルを3本取り出した。
1本開け、ごくりと水を一口飲むと、再び走って夜尊とミチルの元へと急ぐ。
水は鼻につんとしみていた。
「持ってきたわよ」
「1本ちょうだイ」
真朝は素直に水を1本手渡した。
夜尊はすかさずキャップを外すと、一気にそれを自分の口へと流し込む。
「ちょっ、な、何でアンタが飲んじゃうのよっ!?」
夜尊は無言で500ミリリットルのすべてを飲み干してしまった。
真朝は戸惑いながら傍観する。
(な、何なの? まさかコイツ、のどが乾いていただけなんじゃ……)
次の瞬間、夜尊は一気にミチル目がけて水しぶきを吐き出した。それは霧吹のように細かくて、しだいに小さな虹が浮かび上がる。
「汚いっ!」
真朝は顔をしかめていた。ミチルは哀れに濡れそぼっている。
「もう1本ちょうだイ」
「えっ……」
夜尊は真朝の手から、かすめ取るようにペットボトルを奪うと、同じように飲み干していく。
また無駄に水を吐き出すのかと思うと、真朝は怒りで打ち震えそうになった。
しかし、予想は見事外れる。
夜尊はミチルの上体を荒々しく起こすと、今度は彼女の口に自らの口を付け、水を流し込んでいったのだ。
(え。ちょっ、キ、キス……!?)
真朝はぼんやりと重なる二人の姿を見つめていた。
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