名前のない街(34/61)PDFで表示縦書き表示RDF


名前のない街
作:nico



0034* コレの続きを


『その声色で名を呼ばれると、ゾクゾクするよ。愛しい兄上』
 ミチルは恍惚とした表情で、笑う。その両手は夜尊を迎え入れる為であろうか、大きく開かれている。
 夜尊は片手で真朝を抱え直すと、マントの中に手を入れて、彩絵檜扇さいえひおうぎを取り出した。
 やがて手を振り、扇は開く。
『ま、待て兄上。この身はかりそめ。それで攻撃すれば、この女は死ぬぞ』
 ミチルは頭上で手を交差させ、身を守ろうと試みる。

「ば、馬鹿な。須佐之男スサノオだと!? 御主……建速須佐之男タケハヤスサノオみことで在らせられるのか!」
 猿田毘古サルタヒコの声は、驚きで上ずってしまう。
 スサノオ――それは、根堅州國ねのかたすくにを統べる神の名前。邇邇芸ニニギみことにとって、最悪の敵である。……そして彼に仕える者、すなわちサルタヒコの敵。

 ミチルは横目でちらりとサルタヒコを見、太々しく『だとしてもお前には関係ない』と冷ややかに告げる。そして、邪魔者は引っ込んでろとばかりに、手を振り、去れと合図をした。
「ぬ……。拙者はこれまで手を抜き過ぎた。スサノオ殿、覚悟!!」
 サルタヒコは砂を蹴ると、ミチル目がけて突進する。そして錫杖を彼女に突き刺すように前へと出した。
 ミチルはやれやれとばかりに錫杖を受け流す。
『馬鹿かお前は、空気読め。邪魔なんだよ』
 そう言いながら、力の限りサルタヒコの腹部に蹴りを入れた。
 サルタヒコは呻きながら後方へ跳びずさる。
『あーあ、お前が余計な事するからスカートが破れたじゃねーか。どうしてくれる』
 ミチルのタイトスカートは、蹴りの瞬間、見事に破れてしまった。まるで深く切れこんだスリットのよう。
 破れ目からは、すらりとした生足がのぞく。


「スサノオ。で、どうするノ? 帰るの、それともボクと戦ウ?」
 夜尊はニコニコと微笑みながら、彩絵檜扇で顔を煽いでいる。
 その声は、すでにいつもの舌足らずな声であった。
 ミチルは慌てて膝を折ると、困ったように夜尊を見上げ、首を横に振る。
『兄上、俺は戦うつもりなどない。「影ぬい」が解けた今、本来の姿でない俺が、あなたに適うはずもない。ましてや今日は満月で、あなたの力は満ちている。……分かるだろ? 今日は大人しく退散する』
 鼻をすんとすすり、夜尊は扇を閉じた。そして、マントの中へと仕舞い込む。
「つまんなイ。キミと戦って、マアサにカッコイイ所見せようと思ったのニ」
 そして続ける。
「もうボクの前に現れないでネ。バイバイ、スサノオ」

 ミチルは呆れ顔で失笑する。そして再び艶やかな黒髪をなめまかしく耳にかけた。 
『たとえあなたが望まなくても、近い内に必ず会う。必ず『女』を選んでもらう。今日のところはこのようにして会うのが目的だった。それに――』
 その手はおのれの唇に触れ、魅惑的に夜尊に向けて投げキッスする。
『近い内にコレの続きを』












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう