0032* Invasion 〜侵入〜
「た、たしかに……拙者はこれほどまでに重い女は知らぬ……」
そう言うと、猿田毘古は地にミチルを下ろそうとした。
腕はもうちぎれるかと思うくらいに限界である。
『冷たいなぁ、サルタヒコ。俺は気を失っているのだぞ? しっかりと受け止めていてもらわなくちゃあ困る。何せ、か弱い女だからな。ウフフフフ』
ミチルの長い睫は伏せられたまま。形の良い唇だけが動き、声を発している。
その声は女のものとは到底思えない、ドスの効いた低い声であった。
「な、何奴!?」
サルタヒコは手を放し、ミチルを下へと振り落とす。
その刹那、落ちずにミチルは身体をよじり、猫さながら砂へと着地した。
『何落としてるんだよ、お前。そんな事じゃモテないぞ? 女には常に優しくしなくちゃな』
腕を組みながら仁王立ちになって言う。
サルタヒコは咄嗟にミチルに向って左手の人指し指を立て、右手でそれをにぎりしめた。
――印である。
突如強烈な光が発生し、同時にミチルは空高く悠々と飛ぶ。
そして何もなかったかのようにふわりと夜尊のそばに着地すると、スーツの埃をパンパンと払った。
長く艶やかな黒髪は風に流されたなびいて、ミチルはそれをなめまかしく耳にかけた。
『相変わらずサルタヒコはワンパターンで……ちょっとばかり単純だと思わないか? なぁ、兄上』
そう言いながら、にんまりと笑う。
夜尊は真朝を後ろに隠したままで、
「でもそれはカレの長所だヨ。ボクは複雑なヤツはあまり好きじゃなイ」
『なるほどね』
真朝はガタガタ震えながら、ミチルを凝視していた。
何が起こったのか、さっぱり分からない。ひたすら何なのこのダミ声はと思い続けている。
『ところで兄上、あなたがここへ来るとは珍しい。俺はね、この機会をひたすら狙っていたんだよ。それも気が遠くなる程長くね。……あなたに会いたくて』
「そうなノ? ボクはキミにはあまり会いたくなかったかナ」
『へぇ、もしかして――』
ミチルはちらりと真朝を見た。「ひっ!」と言いながら真朝は夜尊のマントにしがみつく。
『そのかわいらしい女を娶るのかな? ……という事は、あなたは『男』を選ぶのか?』
「うん、そのつもりだヨ」
ミチルは黙ってうつむいて、そして静かに面を上げる。
その目は深い谷底のような闇に包まれて、かつてないほどの憎悪を孕んでいる。
『それは何としても阻止しなければ。俺はあなたに『女』を選んでもらいたい』
ミチルは唇をペロリと舐めると、兎面に向って手を伸ばす。
そしてゆっくりと外していく。
……が、夜尊は微動だにしない。
露になったその顔は、飄々とミチルを見つめている。
ミチルは再びニヤリと笑い、兎面を足元にぽとりと落とした。
「ねぇキミ、もしかしてボクにキスしようとしてル?」
『ご名答。……その目、その鼻、その唇。あなたは相変わらず美しい』 |