0031* 稀有に重い女
「ぬ。……なかなか、だな」
足は砂漠の砂に、歩く度に深く埋まっていく。
華奢に見えるキャリアウーマン風の女は異様に重く、『見た目とは全くあてにならぬもの』と、猿田毘古は教訓を得る。
(さらに叩いて起こすべきか……。否、顔がこれ以上腫上がって醜女になってしまっては、邇邇芸殿に面目がたたぬ……)
重いミチルを担ぐ事になろうとも、彼にはどうしても急ぎたい理由が二つあった。
ひとつ目はただ「暑くて死にそうだ」という事。彼は元太陽神でありながら、熱にはこっそりと弱いのである。
そしてふたつ目。これが一番、彼が杞憂していることである。
それは、邇邇芸が先刻告げた言葉。
――「根堅州國の者が黄泉平坂に向ったという報告がありました。くれぐれも心して下さい」
根堅州國とは、葦原中国と地底深くに存在する黄泉国の間に位置する世界であり、その属性は黄泉国に近いものである。
黄泉国――すなわち死者の世界であり、『悪しき者』『不浄の者』の集う所として、神々はその存在を忌み嫌っていた。
両国は、太陽の光さえ届かない。まさに、完全なる漆黒の闇が支配する世界なのである。
サルタヒコとて、黄泉国、そして根堅州國を恐れている。できれば一生関わりたくない。
彼は、必死に重いミチルを携えて、ようやく夜尊と真朝の元に辿り着く。
彼らはいまだに手をつなぎ、仲睦まじく目に映る。
「ささ、夜尊。奥方さまもお急ぎなされ。根堅州國の者が黄泉平坂に向かっているそうで、いずれはここに現れるやもしれませぬ。さすれば、一大事。早く去りますぞ」
ここは、ちょうど高天原と葦原中国、そして黄泉平坂の中ほどに位置する広大な砂漠である。
世界を移動するならば、必ずこの砂漠を通過する必要があるのだ。
「ちょっと! 奥方さまって……まだ、そんなわけじゃ……」
真朝はブツブツいいながら、不服そうに頬を膨らませる。
「あっ……!」
夜尊は、突然ぐいと彼女の肩を抱き寄せた。
「ちょっと、何するの……」
離れようともがくが無駄である。
彼の細い体のどこにそのような力が潜んでいるのか、全くの謎であった。
「ねぇ、サルタヒコ。残念だけど、彼らはすでにいるヨ? ボクらはのんびりしすぎちゃったみたいだネ」
そして真朝のほうへ向き、
「ねぇマアサ。ボクから絶対離れないデ。手を離しちゃダメだからネ? じゃなきゃキミを守れなイ」
と素早く告げる。
「い、一体、何だっていうのよ……」
ただ事ではないと思い、真朝は辺りを見回した。
しかし、これといって何もない。――雲1つない大空と、ただ延々と砂漠が広がるだけ。
「夜尊。一体どういう事なので?」
サルタヒコはただただ疑問に思うばかり。
根堅州國の者の気配など、全くしないからである。
「キミには分からないかもしれないネ。でも、ボクはごまかせないヨ? だって、血を分けた兄弟だもノ」
「…………ご兄弟……?」
(わけがわからぬ)
サルタヒコは、首を捻る。
「ねぇ、サルタヒコ。その女の人、重いでショ?」
「何と……?」
ごくりとサルタヒコはつばを飲む。
足はすでにふくらはぎの位置まで地中に埋まり、体中の血管は重さによって膨らんでいる。
もはや、ミチルは尋常ではない重さであった。
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