0030* 拒否権ナシ
「いつまで手ェつないでんのよ!」
依然固く結ばれた手。
先刻までギャアギャアと騒いでいた為、真朝の声は少し枯れている。
彼女はこの上なく不愉快であり、相当イライラしていた。
そして腕を上下に思いきりぶんと振り、手を振り離そうと試みる。
しかし、それに合わせて夜尊の手もぶんと動くのみであり、あろうことか楽しげに彼は「ウフフ」と含み笑いをもらした。
彼の顔は再び兎面で覆われており、その表情をうかがい知ることはできない。
何を考えているのかは全くの謎であり、「まさに神のみぞ知る」といった状態である。
「だって、ボクら結婚すんだもーン。で、今のボクらはコイビト期間だネ〜。だから手をつないで当然なのサ」
のんきに歌でも歌っているかのように軽快に言う。
「ちょっと、ふざけないでよ。いつ私がアンタと結婚するって言った? ……ホント、勝手に決めないで欲しいわ。私はOKなんかしてないんだからね!」
そう早口で捲し立てながら、真朝は眉をひそめ口を尖らせた。
「あっれー、マアサは知らないんダ〜?」
と言いながら夜尊は顔をピタリと近づける。
真朝の顔と兎面はもう目と鼻の先。
兎の目、二つの紅玉『ピジョン・ブラッド』は不気味に照り輝いている。
それはなんともいえない迫力と威圧感を生み出して、真朝はただたじろぐしかなかった。
「な、何よ。何なのよ」
じりじりと後ずさりしようとする……が、砂でうまく下がれない。
「きゃっ!」
転倒しそうになったところ、とっさに夜尊はつないだ手を引き寄せて彼女を助けた。そして、言う。
「あのね、ここでは女性に結婚の拒否権はないんだヨ。拒否すればだいたい死罪になっちゃうシ。だからマアサはボクと結婚するしかないんだヨ。分かっタ?」
真朝の顔は一気に蒼白となる。
「し、死罪!? 断われば殺されちゃうってこと? 私が? ……本当に?」
「うん、そうだヨ。殺されちゃウ」
「……そんな……無茶苦茶だわ!!」
夜尊は大きく頷くと、
「そう、ここは無茶苦茶な世界なんダ。でも安心しテ? ボクといれば、マアサはきっと幸せになれるかラ」
と得意げに言い、軽くぴょんと飛び跳ねた。
硬直しながら目を見開いている真朝の顔に、栗色の髪がそよそよと触れる。
太陽を受けて白く光る砂漠には、もう風が吹き始めていた。
(夜尊も奥方さまも、仲睦まじくていらっしゃる。めでたき事だ。……しかし……)
猿田毘古は遠目で二人の姿を見つめている。
(ここは暑い。この灼熱地獄、もう絶えられぬ。それにしても、あのお二方は暑くはないのか……)
砂漠からは陽炎が発生し、視界をゆらつかせ、視覚的にもさらにその暑さを助長し掻き立てている。
相変わらず天狗面を顔にがっしりとつけているサルタヒコは、あまりの暑さに、面を取りたい衝動に駆られていた。
しかし、必死に耐えている。それはもう男の意地であった。その為いささか心に余裕はなくなっている。
仁王立ちの彼の足元には、アーサー・ギース・ギャロットの通訳、浅田ミチルが転がっているのだが、よほどショックを受けたのだろうか、彼女はあれから意識を失ったまま。――そう、夜尊によって幻の街が砂漠に戻った時からずっとである。
錫杖でちょいと突いてみるが、まったく反応はない。
それにあわせて、体も微かに揺れるだけ。
サルタヒコは錫杖を砂に突き刺すと、両手で彼女を起こし、思いっきり往復ビンタをした。
「おい、女。起きぬか!」
ミチルはぐったりとしており、起きる気配がない。
「おいっ!」
だんだん彼女の顔は、ビンタによって真っ赤に腫上がっていく。
「くーっ、こやつ、面倒な」
サルタヒコは渋々ミチルを背負う事にし、彼女を担ぎ上げた。 |