0028* よろしくね、マアサ
「あんたの家? そこに真人がいるの?」
「たぶんネ」
真朝の頭は軽く、いや、かなり混乱していた。
現実を未だ受け入れる事が出来ず、否定を繰り返し、ただぶんぶんと首を振る。
「ねぇ、キミの名前ハ? 教えテ」
兎は真朝の隣にぴたりと立ち、その手に触れるとぎゅっと握った。
砂漠には、手をつないでいる二人の影――。
彼女は握られた手を一瞥し、「真朝」と素直に短く答えた。
「よろしくね、マアサ。……じゃあ、行こウ!」
兎は突然、真朝と手をつないだまま、大きく弧を描いて飛び跳ねた。
「えっ、ちょっ、なにす…………きゃああああ!」
眼前には青空が広がり、眼下には流れるように波うつ砂丘。
真朝の厚めのバングスヘアは後ろに流れ、おでこは全開。ワンピースも見事に膨れて、レースのペチコートは丸見えとなる。
「おーろーしーてーー!」
着地の瞬間、真朝はへなへなと倒れそうになり、兎に腰を支えられた。
「あっれ〜、怖かっタ? ごめんネ」
その飄々とした声に無性に腹が立ち、彼女はイライラと声を張り上げる。
「あのね、なにが『あっれ〜、怖かっタ?』よ! 怖いに決まってるじゃない!! っていうか突然何しでかしちゃってんのよ。びっくりするじゃない!!」
その声は広々とした砂漠にこだまして、真朝は自分の声に驚くはめになった。
「ねぇ、マアサ」
兎はぐいぐい真朝の手を引っぱる。そして、
「キスしよウ?」
と告げ、兎面を外し、ポイと足元に投げ捨てた。
「……は?」
真朝は兎のわけのわからない思考について行けず、しゃがみこんで頭を抱える。
(もうね、ついていけないわ)
「ねぇ、上向いてヨ」
「あのね、キスはイ…………んーっ!!」
上を向いた瞬間、真朝は再び唇を奪われてしまう。
兎は意外にものすごい力で、離れようにも離れられず、じたばたと手足を動かした。
(息が、苦し……)
「……夜尊……。一体、何をしておられるのか?」
大鳥居から姿を現した猿田毘古がまず見たものは、キスをしている二人の姿であった。
夜尊は真朝の両腕をつかみ、ぴたりとくっついたまま。
「兎面をむやみに外してはなりませぬ。邇邇芸殿に叱られますぞ?」
夜尊は顔をゆっくりと上げ、「邪魔しないデ。ボクはニニギなんか怖くないもン」といい、再び真朝に顔を近づける。
「イヤー!! たーすーけーてー。…………んーっ!!」
真朝の抵抗もむなしく、キスはまだまだ続行する。
「夜尊、お止め下され。接吻が何を意味するのか御存じなので?」
そう告げながら、サルタヒコは無理矢理二人を引き離そうとした。
夜尊はひょいと顔を上げ、月のような琥珀色の瞳で真朝を見つめる。
その顔は、まだあどけなさを残した美しい天使のよう。
「うん、知ってるヨ。“婚約”だよネ? ボクはマアサと結婚するつもりだヨ」
サルタヒコは「それならば」と引き下がり、片膝をつき、礼をした。
――その後砂漠には、真朝の叫び声が轟く事となる。
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