0022* 開門!!
「閉じた……」
ミドリの言葉に、とよは思わず「え?」と顔を上げて問う。
彼には絶望感が漂っていて、まるで追い詰められた獲物のよう。
普段とは違う恋人の様子に、ただ悲しくて、とよの目からは涙がひと粒こぼれ落ちた。
ミドリは黙って手を上げて、空中を思いっきり叩く仕草をする。
――ドン!
何かにぶつかり、音が鳴る。
とよは信じられないといった表情で、「なんで?」と弱々しく言った。
……そこには何もないはずなのに、見えない壁が存在する。
ここより一歩も『向こう側』へは踏み出すことはできないのだ。
ミドリはとよと離れないように、彼女を強く抱きしめた。
やがて二人の頭上にある銀杏から、木の葉が一枚舞い落ちて、風に流され大鳥居のほうへと飛んでいく……。
まず一番初めに悲鳴を上げたのは、栗色の巻き毛のアイドル、室生リオ。
彼女はハーレーを操る猿田毘古を目撃した時点で、そばで手当てをしてくれていた医学生の神川 智に巻き付き、「キャー」と叫んでいたのだが、
「キャーーーー!! 助けてーーっ!!」
と、より一層大きな声で、これより叫ぶこととなる。
それは大鳥居に向って吹きすさぶ、不可解な突風が原因であった。
リオの髪は鳥居に向って流れ、また、花柄のワンピースも、手に持つショルダーバッグも同様に、宙に浮いて激しく揺れはじめている。
「た、助けて、吸い込まれちゃうっ!」
次第にリオの足も宙に浮き、クリスチャン・ルブタンのパンプスは、脱げて大鳥居へと吸い込まれていく。
「キャーーーー!!」
リオは叫び続ける。
リオのマネージャーのマッツーは、あわてて彼女の体を押さえようと、走っていくが、
「わあーーーー!!」
という悲鳴とともに、大鳥居に向って回転し、そして自分自身が飲み込まれていった。
「俊君、俊君ーっ!」
智は電信柱に手を伸ばし、やっとの事で掴みながら、彼の従兄弟の名前を呼んだ。
しかし、どこにも俊太郎の姿はない。
次第に智の体も浮いて、リオの重みと自分の重み、そして暴風に耐えきれず、手は虚しく電信柱を離れてしまう。
彼らの悲鳴もまた、大きく辺りにこだました。
立ち話をしていた坂下真人とアーサー・ギース・ギャロットも、同様に大鳥居に吸い込まれようとしていた。
「上体を低くするんだ! 僕の真似をして!」
アーサーに言われた通り、真人は地面へ這いつくばる。
「な、何だっつんだよ、この風………………わあ!」
真人がふわりと浮いた時、アーサーは彼の手をとっさに掴み、助けようとしたのだが、奮闘虚しく前方から飛んできた『駐車禁止』の大看板にぶつかって、やがて二人一緒に大鳥居へと消えてしまう。
「うぬぬぬぬ」
この時、邇邇芸による風に一番耐えぬいていたのは、タクシー運転手である佐伯鉄二であった。
彼は現在、開け放たれたタクシーのドアに掴まり、ぶらぶらと大鳥居に向って足をバタつかせている。
悪夢のような出来事に、彼は必死の形相であった。――いや、この場に居合わせている12人すべての顔がそうだったであろう。
途中、ミドリととよが前方から飛んできて、彼らを助けようと手を伸ばしたのだが、寸での所で届かなかった。
「お客さーーーん!!」
叫びも虚しく、二人は抱き合いながら小さくなっていく。
助けられなかった悔しさに、目からは涙がじわりとあふれた。
上体すべてを使って息をしながら、佐伯は必死にこらえている。
体力の限界はもうすぐそこにあった。
「ほう……御主やるな」
「ぐっ」
サルタヒコは腕を組みながらハーレーの上に立ち、佐伯のほうをじっと見ている。
どういう訳か、サルタヒコの長い白髪も身につける麻の法衣も、風になびいてはおらず、ストンと地面に向って落ちている。
テユも同様、強風を感じさせる姿ではない。
バイクの上は、風の影響がないようであった。
「少年はそろそろ行け」
ボソリとつぶやくと、サルタヒコはテユの背中をトンと押す。
その瞬間、テユの金縛りが消え、体の自由がきくようになる。
「てめぇ……!」
怒りを剥き出しにしてサルタヒコに近づこうとするが、テユの体も皆と同様に風に流され、叫び声とともに大鳥居に向って消えていった。
「さてさて、とうとう一人になってしまったの。大人しく行くが良い」
サルタヒコは笑っているかのように、肩を上下に動かした。
そして錫杖をシャラリと鳴らし、それを佐伯の方へ一直線に指し示す。
「う……るせ。白髪ジジィ」
「ジジィだと? 拙者はたしかに何千年も生きておる。神の寿命は人に比べて長きもの」
佐伯の指は、汗にまみれてずるりと滑る。
「く、くそっ」
そして手はドアを離れ、佐伯の体は宙に浮いた。
「うわあああああ」
こうして佐伯もまた、大鳥居に吸い込まれてしまったのである。
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