0021* 猫睛石の瞳
低く渋いダミ声は、霧の世界に大きく轟き、こだましている。
相変わらず濃霧が覆い続けている、白い世界。
二柱の神は崖の淵に立ち、事の成りゆきを観察していたのだが、邇邇芸の命だけは、大層あきれ顔であった。
「あはっ、ニニギったら頼りにされちゃっテ〜。うらやましいネ。良かったネ!」
兎面を着けた夜尊は、ぴょんぴょんと跳びはねながら言う。
愉快なのか喜んでいるのか、途中くるりと宙返りしたりなんかもする。
「……しかし、何たる失態。ご覧下さい、面がぶざまに割れております」
と、ニニギはため息をつきながら、絹褌を整えて、胡座をかいてその場に座る。
そして一度深呼吸をすると、それぞれ手を結んだ状態で、胸の前で両手を合わせた。
目を閉じ、何かをブツブツと呟く。
それは地上で失われてしまった『言霊』。――呪力が宿った原始の言葉。
しだいに彼のこめかみに、ぷくりと太い血管が浮きあがる。
金糸と青糸で彩られた上衣はハタハタと揺らめいて、鬟の後ろに垂れる長い髪は、上へ向ってフワフワとそよいでいく。
同時に、隣ではしゃぐ夜尊の黒いマントも、風に乗って膨らんだ。
「う〜ン。それじゃ、ニニギ。がんばっテ」
そう言うと、軽く手を上げ、夜尊は跳ねながら去っていく。
「……夜尊、どちらへ行かれるのですか……?」
ニニギは合わせた手を徐々に前に突き出しながら言う。
その手は力を込めている為小刻に震えていて、あらわになっている腕の血管は、すべてがこめかみと同じく膨らんでいる。
「夜尊! どちらへ?」
もう一度、振り向かずに問う。
夜尊は、乗車していた牛車とは、別方向に向っている。
ニニギは聞き耳を立てるが、返ってくる言葉はなかった。
長い耳と黒いマントをひるがえし、悠々と大きくジャンプして、その姿は白い霧になじんでいく。
――そして、消えた。
「……しょうがないお方だな。これではお祖母様も手を焼いて当然だ。……先が思いやられる」
ニニギは再び大きく息を吸い、吐くと同時に結んだ手をぱっと開く。
手の平からは、うなりを上げて強烈な竜巻きが。
そして瞳は漆黒から金色へ。
その目はキャッツアイ――すなわち針状に並んだインクルージョンをもつ猫睛石のようになっていた。
やがて、葦原中国からは、様々な悲鳴が届きはじめる。
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