0020* 準備・オッケー
信号は、赤から青へと変化した。
しかし相変わらず車はおらず、交差点は真夜中のようにガランとしており、ひたすら静寂を保っている。
佐伯はそれを確認すると同時に、ふとタクシーから出る二人の乗客の姿を見た。
(わ、お客じゃん。やべー俺っち、待たせすぎちゃった?)
「僕、ちょっと行ってきます!」
そう俊太郎に声をかけると、急いで『お客』のもとへと走りだす。
「あっれー、鉄二さん?」
途中声をかけられて、ふと立ち止まるとそこには高校時代の後輩の姿。
ギリシャ彫刻のような外国人と肩を並べて立っている。
「にしても、ダサい服っすね。ハハハ、似合わねぇー」
佐伯に向って指をさし、目を細めて笑っている。
「うるせー真人。これは会社の制服だっつの。急いでるから……後でな!」
と手を振って、再びタクシー目指して駆けていく。
「お客さん――」
「運転手さん! いい所に。逃げましょう!」
佐伯が声をかけると同時に、ミドリも佐伯に声をかける。
「……へ?(逃げる?)」
思わぬ乗客の言葉に、佐伯は目をぱちくりとさせた。
そして、彼らの変化に気づく。
ふわふわと甘い印象だったのに、スタイリッシュな男は青ざめているし、人形のように愛らしい女は、顔をひきつらせている。
これはただ事じゃないなと思い、「お客さん、どうしたんですか?」と佐伯は訝し気に聞いた。
「ここは、危険なんです。とりあえず向こうに戻りましょう!」
ミドリは交差点のほうを指差した。
青信号の交差点。
……ドルルルルッ……ドルッ……
エンジン音が辺りに響く。
ミドリは目を見開き、「まずい!」とひと言のみ告げる。
(な、何が?)と思いつつ、佐伯は緊張で顔をこわばらせ、エンジン音のする方向、すなわち交差点を凝視した。
――そして、ゆっくりと黒塗りのハーレーダビッドソンは右折してくる。
「!!」
佐伯は息をのむ。
それはまさに、悪夢であった。
なぜなら目撃したそれは、有り得ない光景であったから。
天狗が銀の棒を用い、若い男を押さえつけている。
しかもハーレーは誰も操作していないのに、ひとりで勝手に動いていく。
やがてバイクは通りすぎ、ただ呆然と、その後ろ姿を見送った。
「運転手さん、早く! 閉じてしまう!!」
ミドリはとよの手を引いて、交差点へと走り出す。
「えっ?」
訳も分からぬまま、佐伯は交互にハーレーとミドリとを見た。
ミドリの言動にピクリと反応した天狗面の男は、ゆっくりと振り返り、
「するどい。……人にも見える者がいるとはな。実に興味深い事」
と満足そうに言い、それから「だが見逃すわけにはいかぬ」と付け足した。
そして両手を天空に向って広げ、自らを激しい光で包んでいく。
「邇邇芸殿、全ては整った!! 導かれたし!」
天狗面の男――猿田毘古は、ハーレーに乗りながら大声で叫んだ。
|