0002* ラブラブタクシー
グッチのスーツに身を包み、そわそわしながらタクシーの後部座席に乗る男が1人。
その隣には、つぶらな瞳の人形のような女が座っている。
ぽってりとしたその唇は、女をさらに魅力的なものにかえていた。
タクシーの運転手は、バックミラーで二人を見つつ、お似合いだなとぼんやりと思った。
「ミドリ、落ち着いてよー」
「わ、わかってるって」
二人はこっそりと結婚を約束した間柄である。
本日、意を決して彼女の実家に向っているのだ。
もちろんその目的は、結婚の許しを乞う為である。
「ねー、とよちゃんの親は厳しいの?」
「べっつにー」
その答えにミドリは拍子抜けしてしまう。心臓が飛び出してしまうくらい緊張しているのだ。
そして、「あ……そう」と小さくつぶやいた。
移り行く窓の景色を眺めながら、とよは隣に座るミドリの手をさりげなく握る。
ミドリはやさしくやさしく握り返した。
「ねーねー、うちの親、天然ちゃんだから覚悟しといてね」
「大丈夫だよ、君も十分天然だから。慣れてるよ」
「…………ふうん」
遠くのほうに見える鮮やかに連なる緑の山々。そして反対側に見える煌めきを放つ宝石のような海……。
その水平線を見つめながら、ミドリは窓に頬杖をつき、これからくるであろう素晴らしき未来に思いを馳せた。
やがて感慨深く隣のとよに視線を移すと、かすかに頬を膨らませて黙り込んでいる。
なんだかとても不機嫌そう。
ミドリはなんで? と首をかしげた。
「ねぇ、さっきから何で黙ってるの?」
「べっつにー。どうせ天然だもんね」
むくれながら、とよはぷいとそっぽを向く。
かわいいなぁと思いつつ、ミドリはとよの肩をそっと抱いた。
一瞬驚いた顔をした後、とよはミドリに向って口角を上げ、目を輝かせながらやさしく微笑む。
……しだいに車内には、何ともいえない甘ずっぱい空気が広がっていく。
(くっそぅ、見せつけるじゃねーかコノヤロー。振られたばっかの俺っちに対するあてつけかぁ!)
タクシー運転手、佐伯鉄二はバックミラーに映るラブラブカップルを見続けた。
ぶっちゃけると、後ろに座る女は佐伯の理想の顔の女(なにせ大好きなブライス人形にどことなく似ている)で、その隣に座る男は、自分がこうでありたいと望む理想の男性像(外見)であった。
(くっそう、神様って不公平だ!!)
妬み、僻み。
見知らぬ男女に対してフツフツとそんな感情が沸き起こる。
そして先日佐伯を振った女、理絵の姿を思い浮かべた。
(思えば、理絵ってブスじゃねぇか。なんで俺っちはここまで落ち込んでんだ? アホラシ、バカラシ。落ち込んでた貴重な時間を返せってんだ)
そして決意する。
バックミラーに映る後ろの女よりもかわいい、カワイコちゃんをゲットしてやると。
そして同時に思い立つ。
イイ男になるために、メンズnon-noでもなんでも買ってやると。
佐伯はこう見えてもプロのスノーボーダーであり、自称冒険家である。
しかし、それのみで食べていくには難しく、こうしてせっせとタクシーの運転手をしながら稼いでいるのだった。
来月には初・南極に旅立つ予定。
有名になって、豪邸に住まいたい。――密かにそんな野望も持っている。
「ねぇ、見て見て。ミドリと同じ車」
とよは無邪気に、横を平走する黄色の車に向って指を差す。
ミドリは視線を海岸線から車道に移した。
タクシーを運転中の佐伯も、チラリと隣の車線を見る。
車はニュービートル。オープンカータイプだが、屋根は開けていない。
「本当だ。俺と同じ、ニュービートルのカブリオレだね」
「ミドリのクリーム色の車もいいけど、黄色もかわいいねー」
佐伯のハンドルを持つ手に、思わず力が入っていく。
おまけに、微かにこめかみの血管も膨らんでいる。
(な、なんだと兄ちゃん。その格好良さで、あれと同じ“外車”乗っちゃってるの? なんか、なんだか俺っち、非常にムカついちゃったりなんかしちゃうぜ!!)
そうして黄色のニュービートルとともに車道を走るラブラブタクシーは、運命の交差点、『緑が丘交差点』にさしかかるのであった。 |