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名前のない街
作:nico



0018* そしてハーレーダビッドソンは行く


 キラリ……光が見える。
 テユは眩しくて、一瞬前方から目を反らせた。
 大きな鏡でイタズラされているんじゃないかと思うくらい、光は強烈に反射している。
 少しうつむき加減で右へ曲がるウインカーを出し、徐々にスピードを落としていく。
 加速していては、うまく曲がれないからである。

 ――右折。
 いつもの曲がり慣れた交差点。……そう、『白山交差点』……。
 テユはそう信じて疑わない。

「え? ちょっとぉ、何で右に曲がるのよ!?」
 塚本が、目を見開きながら大声で言う。
 テユは「…んだよ、うぜぇな」と小声で言って、そして続ける。
「何でって、いつもここで曲がってるだろ?」

 塚本は焦る。
 右側に見えるもの。それはただ延々と続く白いガードレールのみ。
 不気味にも、テユはウインカーをチカチカと出し続けている。

「何言ってるの!? やめてっ!! ガードレールにぶつかっちゃうじゃない!!!」

「……は?」

 あまりにも塚本が大きく叫ぶので、テユは思わずバイクを路肩に寄せて止めた。
 そして怪訝そうに振り向き、
「なんだよお前。頭おかしいんじゃないの?」
と言うが、逆に、
「テユ君のほうが絶対頭おかしいよ!! 何考えてんのよ! ガードレール見えないの!?」
とすごい剣幕で言われてしまう。

 彼女が冗談を言っているようには見えず、テユはゆっくりと前に向き直り、見慣れた交差点を改めて確認してみた。
 見えるのは、青く点灯する信号。
 車は通らず、ガランとしている。
(……ガードレールだと? そんなの、ないじゃないか。頭おかしいのはてめぇのほうだろ)


「……ん?」

 そして、気付く。
 信号機の標識は、『白山』ではなく『緑が丘』である事に……。

「緑が丘??」

 テユはゴーグルをグイと押し上げ、もう一度よく確認してみる。
 ――しかし、やっぱり『緑が丘』であった。

「なんだ? ……町名が変わったのか?」

「……(町名? 何を言ってるの?)」
 後ろに座る塚本は、テユの言葉を不思議に思う。
 そして突然、
「きゃああああああああ!!」
と耳をつんざく悲鳴をあげた。

「っ!!?」

 あまりに大きな塚本の叫び声に、テユの鼓膜は圧迫される。
「なんだよ、お前、ふざけんな!」
 耳を押さえながら、声を荒げて後ろへ振り向く。

「!!」

 そこには――奇怪な者が……。
 赤い鬼のような面をかぶり、身につけるのは白装束。
 頭に多角形の頭巾ときんを乗せて、腰まで届く長い白髪。
 その者はいつのまに、どこから現れたというのか――。
 横から塚本をぐっと押し出し、バイクから突き落とそうとしている。
 それに対し塚本は、決して落ちまいと必死の形相。
 ……もはや、人間離れしている。
 テユは呆気に取られ、しばらく絶句してしまう。

「な……なまはげ!?」


 テユの眼前で『なまはげ』もとい猿田毘古サルタヒコは、「チッ、気づかれたか」と口惜しそうに呟いた。
「そりゃ、気づくでしょ」
 何言ってるのコイツ風に、テユは呆れて淡々と言う。

「アンタちょっと、何すんのよーーー!!」
 塚本はそれはそれは激怒している。
 顔をカッカと真っ赤にし、面がなくとも赤鬼のようである。 
 そして――。

 バシン!!
 ……力一杯サルタヒコの頬(面)をぶっ叩く。
 金箔をあしらった見事な紅面は、「ミシッ」という音とともに、豪快に亀裂が走っていく。

「くっ、この醜女しこめ! ふざけおって!!」

 激高した彼は、左手の人差し指を立て、右手でその指をにぎりしめる。
 それは智拳印ちけんいんと呼ばれる、大日如来の印相いんそうに似ていた。
 
「きゃあ!」

 突如発生した強烈な光とともに、塚本は対向車線まで吹き飛ばされ、ドシンと落ちた。
 テユはその一部始終を、ただ目を丸くし、呆然と見続ける。

(う、うそだろ。何だよ今の……)

 サルタヒコは片足でトンと地面を蹴り、軽々と宙に舞う。
 そしてテユの後ろへ――すなわちハーレーの後部にストンと跨がると、錫杖しゃくじょうを用いて彼を羽交い締めにした。

「な、何する……」

 ドルッ……ドルッ……ドルッ…… 
 突然ハーレーは、エンジン音と共に発車する。
「う、うそだろ!?」
 誰もハンドルには触れていない。
 誰も何も操作していない。
 青ざめながら、テユは金縛りにあったように動けなくなる。
 動くのは、グレイがかった『目』だけであった。
 必死に後ろへ振り向こうとする。
「な……!?」
 しかし、動かない。
 冷汗が徐々に額をつたい、やがて頬へと流れていく。


 そうしてテユとサルタヒコを乗せたハーレーダビッドソンは、ゆっくりと『緑が丘交差点』を右折していった。



「テユ君! テユ君ー!!」
 塚本は叫びながら追いかけるが、全く追いつくことはできない。
 彼女の目には、バイクがガードレールに吸い込まれていくように映っている。
 そしてその後、こつ然と消えたのである。


「テユ君ーー!!」

 後には塚本の声が、虚しく響き渡るだけであった。












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