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名前のない街
作:nico



0016* 後ろに乗せて


 信号は、やがて黄から赤へと変化する。
 テユは軽く舌打ちをした。
「クソッ、ついてない!」
 よりによって、待ち時間の長い信号機。
 ハーレーはスピードをゆるめ、そしてピタリと停車した。
(あー、完全にバイト遅刻だなぁ……)
 諦めたように体の底から息を吐くと、気だるそうに地に足をつけ、ひたすら青になるのを待つ。


「あっ! テユ君。いいところにいたぁ」

 甘ったるい声がして、振り向くとそこには美大の同級生の姿。
 女はニコニコと、そのグロスを塗りたくった口元を、弓の形に歪ませている。
 品のない露出高めの花柄ワンピースに、グレーのレギンス。
 テユは面倒な事になったと思い、がっくりと肩を落とした。
 そしてため息をついた後、「何だよ塚本」と無愛想に言う。

「どこに行くの?」
 目をしばたかせながら、塚本は問う。
 それに対し、テユはそっけなく
「バイト」
と答える。
「へぇ……」

 行き先がバイトと分かり、塚本は「フフ」と含み笑いをする。
 何をまた企んでいるんだと、テユは眉間にしわを寄せた。

「ね、お願い。後ろに乗せて? 駅に行きたいのー」
 そう言いながら、塚本は上目遣いでくねくねと肩を揺らす。
 あわせてFカップの大きな胸も、左右になめまかしく揺れた。

「駄目。俺、急いでるし」
 テユは塚本の顔も見ず、ゴーグルを取り出しおもむろにつけた。
 ――態度でも『拒否』をあらわす為である。

「いーじゃーん、ケチケチしないのっ。…………えいっ、乗っちゃえ!」
「わ、てめぇ……」
  
 塚本は足を上げ、無理矢理後ろに「よいしょ」と跨がる。
 その時テユの肩をつかみ、思いっきり体重をかけて座った。

「ぐっ……重。何するんだ、バカ。ふざけんな! 降りろ!!」
「えへへへ。バイト先と駅は近いんだから、いいじゃーん」

 テユは後ろの女を振り落としたい衝動にかられたが、周りに停車する車の目もあって、しぶしぶヘルメットを渡す。
 塚本は「サンキュ」と言いながら頭にかぶった。

「何かこのヘルメット、いい香りがするー。もしかして……先輩の匂い?」
「……ああ」
 塚本の言う“先輩”とは、テユの言う“あいつ”のこと。
 実はテユは頻繁に、“あいつ”をバイクの後ろに乗せている。
 彼女のほうから好んで乗る訳ではなく、テユ自らが迎えに行っているのだ。

 
 信号は青に変わり、同時にバイクは発車する。
 右には山が広がり、左には広大な海……。
『白山交差点』までまっすぐ1本道が続いていて、駅とファミレスは、交差点を右に曲がって4つ目の信号のところにある。 
 風に流され、テユのチェックのストールと、塚本の花柄ワンピースはふわふわと揺れた。
 塚本は幸せを感じ、「なんかいいよね、こういうの」と呟くが、テユの耳には届かない。

「塚本お前、そんなにくっつくな!」
 テユはイライラしながら大声で叫ぶ。
 塚本はテユの背中にぴったりとくっつき、その巨大な胸を押し当てている。
「いいじゃーん。サービスだよー」
 風に髪をなびかせながら言う。
(……うざい)
 テユは呆れて、地面につばを吐き捨てた。

「ねぇ、テユ君。先輩なんか追いかけるのやめて、私にしときなよー」
 塚本は、テユに抱きつく手を強めて言った。
 女のわりに、毛深い手……。
「お断り。っつーか、しつこい。お前は対象外!」
「いいもん、がんばるもん!」
 テユは腰に巻き付く塚本の毛深い手を改めて見て、げっそりとした。 
 塚本は、テユに会う度交際を迫ってくるのだ。

 二人は、「付き合って?」「絶対イヤだね」「じゃあとりあえずご飯行こ?」「ムリ」「映画は?」「見たくない」と言い合いながら1本道をひた走る。

 そして猿田毘古サルタヒコの待つ『緑が丘交差点』に近づいていくのだった。












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