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名前のない街
作:nico



0015* 12人目の男


「やべえ、遅れる!」

 そう言いながら、食パンをかじる男が一人。
 食パンは、耳を残して中だけ食べる。
 彼の名は、ユン・テユ(尹 太柳)といった。
 テユは韓国人と日本人のハーフなのだが、父の仕事の関係で、小・中・高はアメリカにいた。
 現在は母と共に、母方の祖父母の元で暮らしている。
 ――日本の大学に通学する為である。

 今日はファミレスのバイトの日なのだが、漫画を見ていて遅くなってしまった。
 彼は今、『魁!! 男塾』にハマっている。寝る間を惜しんで読んでいるのだ。

「テユ、帰りに牛乳とトイレットペーパー買ってきてくれる?」
と母が頼むと、めんどくさそうに「覚えてたらね」と彼は言う。

 テユはひとりっ子のため、甘やかされて育った。
 彼の家は両親ともに裕福で、欲しいものは何でも買い与えられている。
 財布の中には、父親からもらったゴールドのクレジットカード。
 特にバイトをする必要はないのだが、好きな女の子に「働いてお金の大切さを知ったら?」と冷たく言われ、それから週5で働いている。

(……言われた通りにバイト始めたのに……あいつは一度も店に来てくれない。……クソ)

 携帯を取り出し、“あいつ”に電話をかけてみる。
 しかし“あいつ”は『圏外』であった。
(ああー、イラつく。なんで!)
 舌打ちしながらバイクのカギの輪を、人指し指にくぐらせクルクルと回す。

「いってきます!」
 
 母と祖父母に挨拶を済ませると、テユはハーレーダビッドソンに跨がり、ファミレスへと向う。
 彼の頭の中は遅刻しそうなことよりも、“あいつ”のことで一杯であった。


 “あいつ”はテユよりも一つ年上で、同じ美大に通う先輩。……もうすでに去年卒業してしまっている。
 大きな黒目がちの瞳に、それを縁どる長いまつげ。
 そして高すぎず低すぎない形の整った小振りの鼻……。
 栗色のマッシュカールが良く似合い、人形のように色も白い。
 笑うと頬にえくぼが出来る。
 彼女のすべてが、テユ好みであった。
 難を言えば、性格がかなりキツすぎる所くらいか。

「あー、会いたい!」

 バイクの音で、声がかき消えるのを良い事に、テユは“あいつ”の名前を何度も呼んだ。












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