0010* 金髪碧眼の紳士
「何でなのよーっ!!」
半ば叫びながら、真朝はハンドルに向かって両手を強く打ち付ける。
「ちょっ、壊れるだろ!? やめてくれよ!」
はらわたが煮えくり返るのをおさえつつ、真人はハンドルを横から労るようになでつけた。
車は痛みなど感じるはずもなのだが、彼にとっては心の底から『愛しい車』……。
そして口を尖らせながら、「もっと優しく接してくれよな」と、鋭く横目で睨みつける。
「でも、じゃあ何で動かないのよ!」
「知るかよ! 俺だって知りてぇよ!!」
しばらく二人は大声で責め合うのだが、その後、真朝は消え入りそうな声で、「鳥居といい、車といい、もうわけが分かんないよ。これってフランスに行くなってことなの? ……気が狂いそう……」と呟きながら、うつむき、頭を抱えた。
「ったく、メソメソすんなよ。辛気くせぇな」
腕を組みながら、めんどくさそうに真朝を見る。
(つーか、メソメソしてぇのはこっちだよ。……俺の車、どうなっちゃったんだ?)
「はぁ」
真人は深くため息をついた後、少しだけ腰を浮かし、ジーンズの後ろポケットから携帯電話を取り出した。
それから慣れた手つきでボタンを操作し、カーショップに電話をかける。
――しかし、電話は繋がらない。
それもそのはず、液晶画面は『圏外』と表示されていた。
「マジかよ! ……ウゼェ。この辺、公衆電話なんてあんのかよ」
その言葉に反応した真朝は、ようやく顔を上げ、「何?」と短く聞いた。
真人は画面を指差しつつ、「圏外で、修理が呼べねぇ」と説明する。
真朝は自分の携帯を確認するが、同じくやはり圏外であった。
「ほんとだ……」
周囲を見渡すが、店は自転車屋しかなく、あとはすべて民家である。
かつて本屋もあったのだが、先月潰れてしまい、シャッターが下りていた。
――そう、この不思議な『緑が丘交差点』は、『白山交差点』近辺を鏡に写したかのように全く同じで、真人も真朝も、現在『白山町』にいると思って疑わない。
「自転車屋で電話借りるしかないね。……ほら真人、早く『笹本サイクル』に行ってきなさいよ。ついでにタクシーにも電話して」
「…………」
一言文句を言ってやりたい心境になったが、後がめんどくさい事になると思い、真人は無言でドアを開けて外に出る。
(……なんつーか、あの、人使いの荒さ、なんとかならねぇの?)
そしてふと顔を上げて前方を見ると、近くに白いワンボックスカーが止まっていた。
キャブオーバー形状の車体を持つ、トヨタ・ハイエースである。
その表面には複雑なシャンデリアのシルエットがいくつも描かれており、とてもお洒落で目を奪われるものであった。
車体をじっと見ながら歩いていると、いきなりそのドアは勢いよく開く。
(おおっ!?)
中からは、金髪碧眼の西洋人が、サラリと髪をかき分けながら下りてきた。
ファッション誌から飛び出したような、タイトなスーツを着こなす、ジュード・ロウさながらの美男子である。
彼はまっすぐ真人に向って近づいてくる。
その目はずっと真人を見つめたまま。
(なんだよ。……ま、まさか、話しかけられるんじゃ……。ぎゃー、やめてくれ。俺、英語できねーし!)
必死に、頼むから話しかけないでくれと心の中で祈り続けた。
「ねぇ、君の車、Engineかかる? 僕のはダメなんだよね」
流暢な日本語で、『ジュード・ロウ』はジェスチャーを加えながら話しはじめる。
その目は鮮やかな青色で、宝石のようにキラキラと輝いている。
(に、日本語話せるのかよ)
真人は拍子抜けし、「あ……俺も、いや、僕もエンジンかかんないです」と、ぎこちなく答えた。
「ほんと参っちゃうよね。僕は今日10時のFlightで、Britainに戻らなくちゃいけないんだけど、この突然のAccidentに、とても困っているよ」
そう言って再び髪を優雅にかき分け、形のいい耳にかけた。
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