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光、願いし者
作:笠城夢斗



第8話 偽りと……


「レイヤくん……」
 双子姫がその名を呼んだ時、当の相手はしばらく反応しませんでした。
 白いローブ。銀縁の眼鏡。どう見ても、同級生のインテリ少年です。声も、口調も。
 彼だ――
 カエデ姫は思い出していました。
 自分たちをさらったあの人物は、彼だ。
「レイヤくん……! 何でこんなことを……!」
 カエデ姫はめったに出さない強い口調で叫びました。その声に、多大に悲しげな色がまじっていました。――彼女にとって彼は、少なからず意識をする相手です。学生時代に……たくさんのことがありました。
 ――遠く、モミジ姫の傍らに立っている少年は、ようやく口を開きました。
「――ああ、なるほどね。レイヤって言うのか――彼は」
「………?」
 双子姫はそろって訝りました。そんな二人の前で、レイヤによく似たその人物はにっこり微笑みました。
「申し訳ないんだけれど、僕はその“レイヤ”って人間じゃあない。いや――やっぱり彼なのかな? まあどっちでもいい」
「な、何を訳の分からないことを――」
「あなたがたには説明したところで分からないでしょうね」
 あざけるような調子のその言葉――皮肉なことですが、そういうところもかの少年にそっくりです――に、モミジ姫がむっとして声をあげました。
「馬鹿にしないで……!」
「馬鹿にしますよ。あなたがたは自分の立場を分かっていない。城の者がどれほど苦心して、神経を繊細にしてあなたがたを守っているのかそのことを自覚できていない。結果がこれだ」
 両腕を広げ、今いる場所を示します。
 モミジ姫は唇をかみました。悔しいことですが、もっともです。今のこの窮地は自業自得に他なりません。
「とりあえず」
 “レイヤ”は言葉を続けました。「なぜ、あなたがたをここに連れてきたかは説明しておいてもいい。――これを、見せたかった」
 視線を促すのは……金の山。
「これの価値はさすがにお分かりのようですね、プリンセス?」
 くすくすと笑いながら、泥だらけのモミジ姫を見下ろします。
「じゃあ、やっぱりそれは本物なの……?」
「偽物じゃあ、面白くない」
 あっけらかんと、少年は言いました。
「それにもっといい話があるんです――裕福ではない小さな国なら、のどから手の出るほどほしいものがこの遺跡にはある」
「………?」
「それをうまく扱えば」
 少年の眼鏡の奥の瞳が、おかしげに細められました。
「いくらでも、金を生産できるんです――永遠にね」


 地下二階の奥に進むにつれ、空気のにごりがますますひどくなっていきました。トモカズやケンも、さすがに不快感を隠せません。特に怪我人のトモカズにはつらい状況です。
「怪我は」
「血はもう止まった」
 トモカズはいつの間にか、腕のつけねを縛っていたほうの布をはずしていました。血が止まったのはたしかなようでしたが、それでも左腕は力なくだらりと下がっています。
 とは言え、トモカズが気力で決して負けないことを、ケンは信じていました。だから、必要以上の心配はしません。今の彼のきがかりは……
「ミカド、お前は?」
 空気のにごりにもっとも敏感な友人に言葉を向けますが、返事はありませんでした。
 ミカドはひどく険しい目つきで、前方をにらみつけていました。
 彼がこれほどあからさまに警戒心を発しているのは珍しいことです。ミカドの様子に気がついて、残りの二人も体を緊張させました。
 洞窟内のモンスターはあらかた消滅させてきました。不思議なことに奥にゆくほど、その気配は少なくなり、今ではまったく敵の息吹を感じません。あるいは奥にいたモンスターも、三人の闖入者を目指して入り口付近に集まっていたのかもしれませんが。
 モンスターの気配がなくなった代わりに――増したのは、邪気の圧迫感。ケンやトモカズにさえ、はっきりと感じ取れるほどに。
 ミカドが何かを呟きました。魔術の言の葉だったのでしょう、元からその場を照らしていた魔力の明かりが、その照らす範囲をさらに奥へと伸ばしてゆきます。
「――いる」
 黒髪の魔術士は囁きました。
 キラッ――
 一瞬、まばゆすぎる光が奥のほうから放たれ、三人はとっさに顔をかばいました。
 それもほんのわずかな間――
 腕を顔からはなした時、その光の正体は、ミカドの明かりによって三人の前にさらされていました。
「あれは……」
 行き止まりになっている、道。
 突き当たりの土壁に……はめこまれている、輝くもの。
「鏡……」
 呟いて、トモカズが一歩踏み出そうとしました。しかし、
「動くな!」
 ミカドの鋭い制止の声が、その足を止めました。
「ミカド?」
「近づくな。厄介なことになる……」
 動きを止めた三人の前で、人一人映し出せる大きな鏡は、ミカドの明かりを反射させ、時折まぶしい光を放ちます。そのリズムが、まるで鏡の鼓動のようでした。
 こんな場所にあるというのに、磨きぬかれた輝く表面。その縁には細かい装飾がされています。暗闇の中、わずかな明かりの中でぼんやりと浮かび上がる金色の縁――とても趣のある鏡です。
「ここ……以外に、道……なかったよな?」
 トモカズが不安そうに問います。
「なかった。目に見える道は」
「じゃあ……どうすんだ?」
「この奥に」
 ミカドは目を細めました。「この鏡の向こうに……気配がある。何かの気配が。道か、小部屋か……」
「この鏡を壊すか」
 そう言ったケンは、その甘いマスクをいつになく険しくしていました。トモカズも、ぎりぎりと奥歯をかみしめます。
 三人は分かっていました。この鏡を壊すしかない。けれどそれはとても難しいことだ、と。
 なぜならこの鏡こそが――
“白の魔術士”レイヤが敗北した敵。彼の報告書に、とりわけ強調されて記述されていた、その名は、
 ――“精霊のうつし鏡”。


 ふいに、“レイヤ”が虚空に視線をやりました。
 何かを見たというよりは……見えない何かを、感じ取ったという様子でした。
「へえ……もう着いたのか」
 彼は呟きました。
「な――何が……」
 モミジ姫は必死に体を起こそうともがきながら、少年に問いました。そんなプリンセスをいちべつして、
「どうやら助けがきたようですよ、愚かなプリンセスがた」
「たす――け?」
「美しい話だ。あなたがたがいかに愚かな姫でも、命をかけてこんなところまでやってきてくれる人間はまだいる」
「………」
「さて」
 “レイヤ”は軽くそのマントを払いました。ふぁさ、と純白のマントがなびきます。
「僕も行くことにしようかな。――と言っても、あなたがたをこんなところにいつまでも転がしておくのも酷でしょうから……」
 少年が何事かを呟きます。魔術士の扱う言の葉でしょうか。
 次の瞬間、パシッ! と音がして、双子姫を戒めていたロープがすべて見えない力に切り裂かれ、ほどかれていました。
 すぐさま、モミジ姫が上体を起こしました。
「どこへ行くの……っ!」
「あなたがたのお迎えの皆さんと、遊びに」
 答にならない答を返し、“レイヤ”は唇の端をあげました。
「あなたがたはここにいるといい。お迎えの皆さんが、助けにやって来るまで。もっとも」
 くすくすと、どこまでも耳障りな薄ら笑い――
「彼らが、ここまでやって来られるかどうかはわかりませんが。いかに非常識パーティといえどもね」
「―――!」
 “非常識な――”
 その単語が示す人物たちなど、この国では限られています――
 悟って青ざめる双子プリンセスの前で、少年はもう一度くすりと微笑み……
「……それでは」
「待って……!」
 呼び止める声もむなしく、少年の姿は言の葉とともにその場からかき消えました。
「………っ」
 モミジ姫は唇をかみしめ、「カエデ!」
 と姉姫のほうを振り返りました。
 姉姫も、すでに体を起こしていました。けれど、うつむいたまま返事をしてくれません。
「……カエデ?」
 よたよたと立ち上がり姉姫に近寄ったモミジ姫は、不安気にその顔をのぞきこみました。
「カエデ……」
「……ううん」
 聞こえてはいたのでしょう、カエデ姫はただ、首を振りました。「大丈夫、少しぼんやりしただけ……」
 顔をあげた姉姫の表情がわずかに微笑んでいるのを見て、モミジ姫はほっとし、それから気を引きしめました。
「ミカドたちが来てる……」
 呟き、そして。
「私たちも、動かなきゃ。ここから出なきゃ――」
 見渡すその場所。地面に転がっていた時とはまるで違う世界に見えましたが、それでもやはり土に囲まれた……密室。
 けれど、モミジ姫は確固たる決心とともに、もう一度呟きました。
「ここから出なきゃ」
 それ以外、自分たちがやれることはない――と、そう思って。







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