第6話 異端児
「――ミカド? どこ行くんだよ」
図書館から、城下町を出るための関所に向かう途中で。ミカドが進路を変えたことを、トモカズが不審に思って声をかけました。
ミカドは振り返らずに、「薬草をとりに」と言いました。
はっとして、トモカズは口をとじます。代わりにケンが、「早く帰ってきてくれよ」と言いました。
ミカドは軽く手をあげて二人にこたえると、一人で行ってしまいました。
友人の後姿を見送って、
「薬草か……」
トモカズがぼんやりとつぶやきました。「やっぱあいつ、洗礼うけてもクレリックになりきるつもりねぇんだなあ……」
「最初からそのつもりなんだから、当たり前だろう」
近くの建物の陰へと、二人は移動しました。
「そもそも、洗礼をうけるつもりはなかったろうし――うけられるはずがないと思ってたんだろうな、ミカドも」
「そりゃそーだって。あいつは――」
言いかけて言葉をきり、トモカズはため息をつきました。
「……あいつも、ほんっと非常識だよな。あげくのはてに魔術士にもなりやがった――」
「魔術士の素養がありすぎたからな」
建物の壁にもたれて、二人は感慨にふけります。
この国における“非常識”を一身に抱えている友人が、本心では何を考えているのか、実は二人には分かりません。ミカドは自分の本音を、親友である二人にさえ、めったに明かそうとはしないのです。
ただ一人――彼の本心を知っている人物がいるとすれば、それは。
「モミジ……」
トモカズは、ミカドの恋人たるプリンセスの名をつぶやきました。「カエデも。無事……かな……」
「ありがちな言い方をするなら、『殺すつもりなら最初からさらわない』ってところだな」
「それは分かってるけどさ……。生きてりゃ全部無事ってわけじゃないし」
ふう、と大きくため息。「――もし、モミジに何かあったりしたら……誰がミカドを救うんだよ?」
「………」
「くそ、絶対助けるからな――おいケン!」
急に勢いづき、友人に真剣な目を向けます。「南第三遺跡について、他になんか――ハルミとかから、聞いてないのか?」
「……あそこを、ひそかに狙ってるやつらがいるらしい」
ケンは、吐く息とともに言葉をつむぎました。
「狙ってる?」
「ああ。あそこは山のふもとだと聞いたろう? 同じ山で見つかった他の遺跡から――見つかったんだ、金が」
「マジかよ!?」
トモカズは声をあげました。「そんな話、なんで有名になってねえんだ!? 金の宝なんて、重要な国の財になるだろ――」
「その遺跡自体からとれたのはほんのわずかだったんだよ」
ケンはいさめるようにゆっくりと続けます。「そして時を同じくして……同じ山から、もう一つ“遺跡”が見つかった。それも、金が見つかった遺跡よりも規模が大きいらしい。――調査隊が考えたことは、想像がつくだろう?」
「鉱脈か?」
「さあな。でもたしかに“金製品”じゃなく純粋に“金”だったらしいから――」
ケンは、視線を道のほうへと流しました。
昼下がり。もっとも町が活気づく時間帯です。目の前をいそいそと、忙しそうな町人たちが通りすぎてゆきます。
「……そういう話は、裏で広まりやすい……。やがて調査隊以外にも、独自にそれを狙う連中が出てきたってことさ」
「そん中の一つが、さっきの“ちょい悪役”ってわけか……」
トモカズはそっと、腰にさげた剣の柄に触れました。
「なあ。俺たちがあそこに行くことって、もうバレてるかな?」
「目的はともかく――“行く”こと自体はバレてるかもな。レイヤに会いに行っていたのを、知ったやつがいれば」
「そーだよな。よほどの理由がなきゃ、俺たちあいつに会いに行かないもんな。しかも天敵のミカドをつれて」
自慢ではありませんが、三人はそろって町を歩いていたりすれば、どうしようもなく目をひく存在でした。そんな三人が、こちらもまた目をひく“白の魔術士”レイヤと接触したことを、隠し通すのはきわめて難しいことです。
そして四人が接触したことを知ったなら――少し考えれば、その理由も簡単におしはかれるでしょう。
「バレてんなら……面倒だよなあ……」
二人は、視線を交わしました。トモカズは続けました。
「さっきミサオんとこに行ってたやつら――あいつらよりもっと馬鹿なやつらだったら?」
「そうだな――」
唐突に二人を囲む人影。
ざっと八人――まったく慌てることもなく、ケンはもたれていた壁から背中をゆっくり離しました。
「――こうやって、オレたちをターゲットにしてくるかもな」
「やっと見つけたぜ、お二人さん……」
八人は、どれも見知った顔でした。冒険者と名乗っていながら、いつも酒場で仕事さがししかしていない類の連中です。
「あんたら、南第三遺跡に行くんだろ?」
「だったら、何だって?」
中心人物らしい男が、へつらうような顔をしました。
「俺たちもつれていってくれよ――あそこはいくらあんたらでも危険だろ?頭数を揃えていきゃあ、危険もぐっと減るってもんだ」
ケンは軽くため息をつきました。
プリンセス誘拐の事実を、他の人間に知られるわけにはいかない――
そのためには、あの遺跡へはあくまで三人で行かなくてはなりません。
かと言ってまともに断ったところで聞くような人間たちではないでしょう。となれば、少々イメージが悪くとも……
「気持ちは嬉しいんだけどな」
ケンは苦笑してみせました。「無理な相談だな。人海戦術でどうにかなる場所じゃなさそうなんだ、あそこは」
「か、数だけってわけじゃ」
「言わせたいのか? 一番辛辣なやつが、せっかく今ここにいないっていうのに」
「そだな。ミカドがいなくて良かったよ」
ケンのあとを、トモカズが続けます。「大体さあ、自分たちだけであの遺跡に行こうとはしなかったんだろ? そんな根性じゃ入れねえよ、あそこは」
「ば――」
男たちが、顔を紅潮させました。「ばかにしやがって……!」
「馬鹿にしてるのはどっちだ」
ケンが、すっと目を細めました。常に柔らかい表情を浮かべているその甘いマスクを、静かに、冷ややかにして。
「オレたちを踏み台にしておこぼれにあずかろうって言うんだろうが? 自分たちに自信がないからオレたちをアテにした。そんな根性なしのために、誰が踏み台になんか甘んじるか――」
男の一人が、かっと吠えました。
「――お前らだって、あのダークプリーストの手を借りなきゃ大したこともできないヒヨっこだろうが!」
そうだそうだと、男たちから次々と罵声が上がります。
「―――」
トモカズの、剣の柄に触れていた手に、力がこもりました。
そう、それが世間での二人の評判でした。
――非常識な人間な力を借りてのし上がっていく、非常識で卑怯なやつらだと。
男たちの罵声はどんどんエスカレートしていきます。
「ガキのくせにたった三人で――お前らにはその自信があるってのか!? あの遺跡を攻略できるほどの――!」
「は!」
ケンはあざけるように吐き捨てました。「自信があろうがなかろうが、あんたらの力を借りるほど堕ちちゃいないな――悔しいか? だったらオレたちに勝ってみるんだな。八人で来ればいい!」
言われるまでもなく――
全員が、すでにそれぞれの得物を抜き放っていました。一番最後に、剣を鞘から抜いたのは、他ならぬケン――ですが。
勝負は、あっという間につきました。
「……なんかなあ……」
役目を終えた剣を鞘に戻しながら、トモカズがぼやきました。
「どうして俺って、いいところで目立たないんだ……」
「何を言ってるんだ。オレたちはちゃんとお前を頼りにしてるさ――ほら、お前のほうが五人やったろ」
「それって、面倒なところは俺に押しつけてるだけじゃないのか……?」
「気のせいだ」
すまして言って、ケンも武器をおさめます。
二人の前で、痛そうにうめいている屈強の男たち八人。
中心人物らしかった男のところへ、トモカズは近づいていきました。当人はどうやら完全に気絶しているようです。その顔をのぞきこみ、
「……ミカドは友達なんだよ。それが分からねえお前らなんかに負けてたまるか」
こいつらどうする――? 尋ねた彼に、相棒の即答。
「ほっとけ。ミカドが戻ってきたら、すぐに出発するぞ」
またからまれるのも面倒だからな――
そっけないケンの言葉に、トモカズも異論はなかったのでした。
*
フローディア城下町の西南部に、小さな施設があります。
病院――
教会が絶大な権力をもつこの国において、もっとも存在価値を認められていない場所です。聖職者は“許容”の二文字のために、病院の存在を決して否定しませんでしたが、事実上この施設は、あってないも同然でした。
それでも。神の癒しに頼らず人間自身の治癒力を信じる者たちが、わずかに集まって……この場所を守っています。
病院の敷地内には、薬草畑があります。
ミカドはその畑に足を踏み入れて、しゃがみこみ選んだ薬草を皮袋につめていました。
本来薬草は、干して使うものがほとんどですが、今は干している時間がありません。生のままで使えるものを、慎重に摘みとっていきます。こころなしか指先が急いていました。
と――
「誰だ!」
――背後から、声。
ミカドは振り向きませんでした。その声が聞こえるずっと前から、彼は人の気配に気づいていました。その気配が、ずいぶん離れた場所にいる時に、もうすでに。
あらゆるものに敏感な彼の体質――それは、ごく少数の身内が知っている事実です。
「おい! そこで何やってる――」
遠慮なく近づいてくる、足音。そしてある距離で、突然とまりました。ミカドは予想をつけました。顔が見えなくとも、服装で気づいたのだろう――
「……お前は……」
信じられないと言いたげなつぶやきが、次の瞬間にはますます不愉快そうなうなり声になって。
「――何を、しにきた。この裏切り者め」
「……見れば分かるでしょう」
「薬草など、お前にはもう必要ないはずだ!」
「………」
ミカドはゆっくりと振り向きました。
そこにいた中年男性は、やはり見知った顔でした。病院の院長の弟です。憎悪に顔をゆがませ、ミカドをにらみつけて。ミカドは静かに言葉を返しました。
「……必要ないかどうかは、俺が決めることです」
「ぬかせ! ダークプリーストが……っ!」
「今は、あなたと話してる暇はない」
「――ああ、お前はいつでもそうやって俺たちを避けてきたな――」
男は、ひきつった笑みを浮かべました。こらえていた何かを吐き出すように――
「お前が教会に入った時! いったい何人が絶望したと思っている!? お前は、お前は――」
ミカドはただ、相手の瞳を見つめていました。
怒りと軽蔑と――悲しみと。そんなものが入り混じった、相手のその瞳を。
「――お前は、この病院の跡取りだったんだぞ!」
「いい加減にしてください、叔父さん」
そっけなく、ミカドは言いました。「父と俺は昔からそりが合わなかった。そのことはご存知でしょう――父は、何もすんなり俺に継がせようとしていたわけじゃありませんよ。だから、あの人自身は俺がどうしようと構わなかっただろうし――」
少し、間を置いて。
「――俺も、自分が決めたことに、つべこべ言われるすじあいはありません」
「は。――自分が決めたこと、ね。病院の息子に生まれ、薬師として教育を受けながら、天敵の教会に入り――洗礼までうけて!」
叔父は大げさに腕を広げました。「あまつさえ魔術士だと!? あれほど邪悪な職業はないんだぞ――よくもまあ、教会から追い出されないものだ!」
教会が魔術士を嫌うこと。それは常識です。なぜなら、魔術士の扱う“魔力”とは――人間の吐き出した邪気そのものなのですから。
「わけが分からないな、お前のやることは……! いったい何を考えているのだか! 非常識もたいがいにしろ!」
「何度も言わせないでいただきたい」
ミカドは鋭く言いました。
「――あなた方に、つべこべ言われるすじあいはない。病院はあなたが継げばいいことだ――だいたい、現院長は健在でしょう。どうしてそんな話をしているんです」
「お前――」
「たしかに、今の私がこの畑のものをとっていくのは問題かもしれませんが、それくらい後で落とし前をつけます。今は急いでいるんです。邪魔をしないでください」
早口に、けれどはっきりとそう言うと、ミカドは薬草選別の作業に戻りました。背後の気配がまだ何かを言いたそうなことに、彼は気づいていました――けれど、もうそんな時間はありません。
背後の気配は、いつの間にか消えていました。
ひょっとしたら、あの後にも叔父は何か言っていたのかもしれませんが、もうどうでもいいことでした。
薬草を袋に詰め終わり、ミカドは立ち上がりました。
――モミジたちを助けなければならない。二人を……
無理やり思考をそちらに向けようとしたミカドでしたが、不本意ながら自覚していました。――叔父との再会で、心に影がさしたのを。
叔父は、彼を常に二つ名で呼ぶのです。
“腹黒な聖職者”と。
「――今は、そんな場合じゃないんだ……」
自分に言い聞かせ、ミカドは足早に、病院の敷地内から出ました。
二人の友のいる場所へ――足を向けようとしたその時。
――視界に、信じられないものを見て、思わず足を止めました。
「大司教さま……?」
白と水色の荘厳なローブ。教会でのいでたちそのままの老司教が、道の往来にたたずんでいました。天を仰いで――昼下がりの太陽の光を浴びようとしているかのように、穏やかに目を閉じたまま。
「―――」
ミカドは言葉もなく、ただそれを見ていました。やがて、
「ミカド」
老司教が、彼の名を呼びました。
風のように自然な声。はっと息をのむミカドの前で、老司教がゆっくりと顔をこちらに向けます。
開かれた目が、少年を見つめていました――珍しい、空色の瞳です。
「ここに、いると感じたのでな」
年老いた大司教は、柔和な笑みを浮かべました。「待っておったのさ。――お前は、これからどこへ行くつもりだ?」
「………」
「言いたくないか。そうだな……お前はいつもそうだ。だが、そんなことは構わんよ。――ミカド」
と、ふいに目を細めて、「――さきほど、口論しておったな……?」
「―――」
「聞こえたぞ。お前の叔父上殿だろう。なぜ……」
その瞳が、優しい光をおびました。
「なぜ、説明しない……? 教会に入ったのは、ただ神の癒しの力をもっと知るためだけにだと。それを知らなくては、人間自身の治癒力で対抗することはできないと考えたからだと……」
「―――」
「この私にさえ、あっさり白状したことであるのにな」
「――あなたには、告げるべきだと感じただけです」
かつて……ミカドは教会に入る際に、この大司教に入信の理由を、はっきりとそう答えました。「すべては自分の、薬師としての使命のため」だと。
教会にしてみれば、これほどふざけた理由はありません。なのに……
この大司教は、病院の跡取りたる少年を受け入れました。そして、正式な洗礼さえも受けさせました。
「私は――」
しわの多い目じりに、深く笑みが刻まれます。「お前が気に入っておる……ミカド。お前のまっすぐさと……不安定さに」
「………?」
「だが、お前はその性質ゆえに自ら袋小路に迷いこむこともあろう。お前一人の問題ならばそれでもよいが、それは時にまわりを巻き込む……」
ささやくように、老司教は言葉をつむぎました。
よく聞きなさい――と。
「土壇場でまで、意地をはることはない。よいか、意地と誇りは別物だ。いざとなったら――」
優しい空色の瞳は、ミカドの心をたしかに揺さぶりました。
「お前も、すがっても構わないのだよ。神に、な……」
それがたとえ、異端の聖職者であろうとも。
ミカドの脳裏に、明るい少女の顔が浮かびました。
ミカド――
迷いもなく、何の裏もなく、ただそう呼ぶ、無邪気なプリンセス……
――モミジ……
なぜかひどく心が締めつけられて、ミカドは片手に顔をうずめました。
――タスケニ、イカナクテハ。
胸騒ぎのまま、再び顔を上げた時、司教の姿はすでにそこにはありませんでした。
昼下がりの太陽は、何事もなかったかのように……フローディアの町を、やさしく暖めていました。 |