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光、願いし者
作:笠城夢斗



第2話 最強のパーティ


 フローディアの国には、唯一神をまつる教会があります。
 そこで洗礼をうけた聖職者たちは皆、神の力を借りて癒しの力を発揮することができます。それは確かな力でしたので、洗礼をうけずとも、神を信じる者は国には当たり前にいるのでした。
 そんな中、めったに“神を信じる”と口に出さない人間といえば、人間自身の治癒力を高めるために働く医者や薬師です。彼らにしてみれば、神を信じた瞬間に自分の仕事の意味がなくなるのですから、それは当たり前のことです。
 ――城下町の片隅にある一軒の民家。
 そこで今まさに、神の奇跡が起きようとしていました。
「……おお我が神よ。聖なる母よ……」
 子供部屋。青ざめた親たちがすがるような目で見守る中、大司教と呼ばれる老人が祈りを捧げていました。
「……天の光となりて我らを照らし、大地のぬくもりとなりて我らを守るその偉大なる力、このいとし子に恵みたまえ……」
 老司教の前に、ベッドに寝かされたままの子供。何かの病気にかかったのでしょうか、ひどくやせ細り顔色に生気がありません。
 目を開かないその幼子の、弱々しい体……
「……恵みたまえ……」
 老司教の声に導かれるように。ふわりと、やわらかな光がどこからともなくさしこんで、今にも消え入りそうな小さな命を包みました。
 まさしく天の光であり、大地のように暖かいその光の中で……
 やがて、幼子がゆっくりと、そのまぶたを開けました。
「―――!」
 かたわらで見守っていた両親の、声にならない喜びが部屋を満たしました。
 幼い体を抱いた淡い光がやがて空気にまぎれるように消えてしまうと、老司教は両親のほうを振り返り、ゆっくりとうなずきました。その温和な瞳が、やさしく微笑んでいます――
 親たちは、せきをきったように我が子を抱きしめ、泣き出しました。
「……感謝いたします。我が聖母よ……」
 親子を眺め、奇跡を起こした神に感謝の祈りを捧げる老司教。
 ――小さなその部屋の片隅で、そんな様子をじっと見つめている一人の少年がおりました。
 十代半ばを、幾ばくか過ぎたくらいでしょうか。短い黒髪に、黒縁の眼鏡。右の手首には洗礼を受けた証である金の腕輪をしています。着ているものも白が基調の僧侶用クレリックローブのようですが、“慈愛”をむねとする僧侶にしては、身にまとう雰囲気がやや冷ややかな少年です。なまじ顔立ちが綺麗なだけに、なおさら人を寄せ付けません。
「………」
 何を考えているのかまるで分からない無表情で、奇跡の現場を見つめていた少年。
 感動の場面がひとしきりすむと、老司教が少年のほうを見て言いました。
「さて、ミカド。もう済んだようだ……帰ろうか」
「――はい」
 簡潔に一言返事をすると、少年はすみやかに部屋の戸口まで動き、ドアを開けました。自分は部屋から出ずに、老司教を待ちます。
 足音をたてない不思議な動きで、司教が戸口に向かいます。
「あのっ……ありがとうございました!」
 泣きぬれた顔をあげて、両親が精一杯の言葉を投げかけます。
 司教は、微笑んで返しました。
「わたしの力ではありませんよ……神に、感謝を」
 親たちは、深く深く頭を下げました。

「どうだったかな? 今日は……」
 神の奇跡を起こし、教会へ帰る道すがら、ふいに老司教が隣を歩くミカドに訊きました。
「……いつもどおりだと思いますが」
 そっけないとも言える声音で、少年が答えます。司教はその答に、満足そうに目を細めました。
「これで、お前が祈りを見たのは何回目になったかな?」
「――八回目です」
「そろそろ、お前の目的は果たされつつあるか……?」
 足をとめて、司教は柔和な表情でミカドを見つめました。
 ミカドはしばらく口を開きませんでした。眼鏡の奥の、鋭い光をおびた瞳が、何を思ったのか思案の色を見せ――
 やがて、ゆっくりと彼は答えました。
「……分かりません」
「そうか」
 司教はうなずき、再び前を向きました。
 太陽がちょうど中天を飾る時間。往来は人の気配でいっぱいでしたが、二人が歩むのに困ることはありませんでした。
 人々は老司教の姿を見て、みずから道をあけるのです。目の前を通り過ぎていく神の使いを、拝むように何度も頭をさげながら。【|改ページ】
 ただし、その視線はもっぱら老司教にのみそそがれていました。
 隣を歩くミカドも、誰もがありがたがる白のローブを着ているというのに、むしろ無視されているような気配がありました。
 教会は、城下町でもっとも目立つ建物の一つです。太陽に映える背の高いそれが、だんだん二人の視界に大きく迫ってきます。
 教会の周囲は神聖な地とされるため、むしろ人通りがほとんどなくなります。二人の歩みはさらにはやくなりました。
 と。ふと、ミカドが足をとめました。
「どうした?」
 司教の言葉には答えず、ミカドは油断なくあたりに視線を走らせました。
 あたりに変化はありません。少なくとも、司教の目にはそう映っていました。けれど――
「……動かないでください」
 司教に向かって冷静にそう言葉を紡ぎ、それからミカドは目を閉じました。何か見えないものを、感じとろうとするかのように。
 そして。
「――来ます!」
 空気がざわめきました。気流が発生し、何もない空中の一点に集束していきます。
 次の瞬間には、
 ごばっ!!
 と何かをぶち破るような音とともに、空中から黒い影が飛び出してきました。
 人間の大きさの二倍ほどもある、巨大な黒カラス――
 人間や動物とはまた生態を異にする、魔物モンスターと呼ばれる生き物です。
 手を伸ばしても届かないぎりぎりの位置に留まり。巨大な翼を大きく広げたまま、黒鳥はくちばしを開きました。
 ごっ!!
 そのくちばしの奥から吐き出されたのは、こともあろうに炎の渦でした。
 狙いはミカド。少年は予測していたかのように、あっさりと炎をかわします。
 司教から離れるように動く彼を、巨大鳥は再度炎で狙います。
 ミカドは小さく何かを唱えていました。
 ――愚かなるものに操られし炎。己の身にかえれ――!
 何かが、ミカドの体内で力となりました。言の葉にのせ、発現します――
 瞬間、カラスの吐き出した炎が逆流しました。
 くきえええええええっ!!  
 微妙にカラスとは違う奇声を上げながら、巨大鳥は自分の炎にまかれます。人間一人は消し炭になりそうな炎です。並大抵のものでは耐えられるはずはありません――
 ――が。
 くきえええええええっ!!
 再び奇声を発しながら、黒鳥は体にまとわりつく炎を四散させました。
 羽毛はかなり焼け焦げ、一部肌が露出して不気味になりましたが、巨大鳥自体はまだまだ動けるようです。
「ちっ――」  
 舌打ちし、ミカドはすばやく司教のいる位置を確認してから、再び言の葉を紡ぎました。
 ――求めるは刃。切り裂け――!
 ばしゅっ!  
 見えない力があたりの空気を動かし、一本の真空の刃となってモンスターを襲います。
 どす黒い色の血が舞い散りました。どさりっ! と重い音がして、巨大鳥の黒い大きな翼が一枚地面に落ちました。しかし――
「なんと――」
 司教が驚愕の声を上げるのを、ミカドは聞きました。
 翼を一枚失っても、巨大なカラスはいまだ空中にただよっていました。
 もっとも、ミカドは驚きませんでしたが。なぜなら、この鳥のような生き物はさきほどから翼を一度もはためかせないまま、空中に浮かんでいたのですから。翼を片方なくしてもバランスを失わないあたり、あの翼は完全に飾りもののようです。
 巨大ガラスがくちばしを開きました。のどの奥に、炎の先端が見え――それを吐き出すと同時、残された一枚の翼が大きくはためきました。
 生み出された風。それにあおられて、予測不可能な動きとなった炎が舞い踊り少年に襲いかかります。
 ――荒れ狂うものを眠らせん。消し去れ――!
 叫びながら、ミカドは身を伏せました。
 なんとも形容しがたい音が耳を貫き、あたりを支配していた熱が一気に冷めていきます。ミカドが体勢を整えたころには、狂った炎は消えていました。
 黒鳥は、なおもくちばしを開こうとしていました。
 炎に包まれた余韻でじっとり汗ばむ頬を拭い、ミカドも言の葉を紡ぎかけました。黒鳥を地に落とすために。
 ――大地に潜みし、すべてを――
 けれど、ふと言葉を切りました。
 彼の目には、新たな人影が映っていました。巨大鳥の向こうから、猛然とこちらへ駆けてくる見知った姿が。
「――ってえええああああああ!」
 人影は、常人とは思えない跳躍力でジャンプし、力任せに手にした剣をふるいました。ずしゃっ! と鈍い音がして、巨大鳥の残されたもう一枚の翼を根元から叩き斬ります。
 衝撃にバランスを失ったのか、巨大鳥は悲鳴とともに地面に落ちました。
 最後の翼を落とした人物は、すかさずモンスターの本体にその大剣をつきたてました。容赦がありません。そうしなくては、こちらの身が危ないのですから。
 けれどまともに体を貫かれても、巨大な黒い鳥はまだ生きていました。地面にぬいとめられた身をよじり、そしてふいにものすごい勢いをもってその大きなくちばしを、大剣の持ち主に向かって突進させます――
「!!」
 剣を鳥から抜くことができず、剣の柄を握ったまま狙われた人物が体を硬直させたその時――
 がきんっ!
 ――巨大なくちばしを、まっすぐ飛んできた新たな剣が貫き、砕きました。
 モンスターの動きに乱れが出ました。すかさず、その本体を地面にぬいとめていた人物が、刺さったままの大剣を力任せにねじりました。
 断末魔の悲鳴――
 全身をけいれんさせたあと、とうとうモンスターは息絶えました。
 黒い体がちりとなって消えるまで、大剣は抜かれませんでした。
 その大剣が鞘におさめられた時、その場にはもう一人人間が増えていました。
「トモカズ。お前は本当に危なっかしいな」
 ため息をつきながら、最後にやってきた少年――ケンが、さきほどモンスターのくちばしを砕いた剣を――つまり彼の剣です――拾い上げます。
「うっせ。こんなにしぶといとは思わなかったんだよ」
 大剣を鞘におさめきって、トモカズが口をとがらせました。
「そういう勝手な予測が命取りになるんだ。お前、何度死にかけたか分かってるか?」
「生きてるからいーんだよ! ってかお前だってな、ぜってーに先につっこまねーじゃねーか! 俺にばっか先行かせて――」
「それはお前が好きでやってるんじゃなかったのか?」
「お前だって止めたことねーだろーが!」
「まあ、明確な理由なら出せそうだけどな。なあミカド?」
 ケンは黙って見ていたミカドに話をふりました。ミカドの冷ややかな目とケンのいたずらっぽい目が見交わされ――
「何が言いたいんだよお前ら!」
 わめくトモカズに、二人は即答しました。
『君子危うきに近寄らず』
 トモカズ、撃沈。
 そんな三人の少年の様子を、すっかり存在がなくなった大司教が苦笑しながら眺めていました。


 教会にたどりつくと、ミカドはまず大司教には先に教会に入ってもらい、自分は入り口にとどまりました。
 司教の気配が完全になくなるのを待って――
 おもむろに、低くつぶやきます。
「……それで、何の用だ」
 そっけない言葉。背後から返ってきたのは、「ごあいさつだな」と苦笑するような声。 彼は振り向きました。
 そこに、さきほどからついてきている二人の友人がいました。
 あんな場面にタイミングよくやってきたトモカズとケン。彼らはミカドをさがしていたようですが、その理由を明かそうとしませんでした。司教の目を気にしてのことなのは、ミカドも分かっていたのですが――
「さっきのあれは何だったんだろうな? ミカド」
 と、まず言ってきたのはケン。
 けれどミカドは返事をする前に、ケンの隣にいるもう一人に目をやりました。ミカドの鋭い視線を受けて、トモカズがなんとも微妙な笑みを浮かべます。
 それを不審に思って――いつものトモカズなら「久しぶりに会いに来てやったのになんだよその態度は!」と怒声が飛ぶはずですから――ミカドは、視線でケンに問いかけました。こういう時はトモカズよりケンが確実だということは、彼の中ではたしかな認識のようです。
 ケンは答えを出す前に、もう一度ミカドに訊きました。
「何だったんだろうな?」
「……誰かが送り込んできた」
「送り込んできた? つまり野性じゃないんだな――」
「あんな現れ方をする野性モンスターはいない。おまけにあれの狙いはあからさまだった」
「……それはつまり――」
「挑発だ。間違いなく俺に対する」
 そう言って、ミカドはすっと目を細めました。
「――いやな予感がする」
 ケンは口をつぐみました。人の中にも、野性のモンスターをなんらかの形で操るような者がいます。その場合のモンスターは、もはや“野性”とは呼びません。
「そんなことより」
 お前たちの用はなんだ――ミカドは冷めた目つきで二人の友人を見すえます。
 ケンはため息をつき、まず「落ち着いて聞けよ」と言いました。
 ただでさえ愛想の悪いミカドの整った顔立ちが、不愉快そうにゆがめられました。彼は不機嫌を隠そうとする人ではありません。
 けれど……不機嫌であろうとも、頭から拒絶することはありません。
 ケンはミカドの目を見つめて、ゆっくりと言いました。
「……モミジたちがさらわれたらしい。双子プリンセスが揃って」
「……なに?」
 ミカドの声音に、険がまじります。ケンはこちらも少し表情をゆがめて、「二度も言わせる気か?」と言いました。
「……誰だ、犯人は」
「分かってたら世話はない」
 言って、犯人の手紙をミカドに渡します。第三遺跡に来いというそれを眺めるミカドの目は、とても冷たいものでした。ケンは説明を加えました。
「救出のための人材を城がハルミに求めて……ハルミはオレたちを推薦したんだ。だから――」
「来るよな」
 トモカズが力強くミカドに言いました。「来るよな? 第三遺跡は、俺たちだけじゃ厄介なんだ。絶対にお前がいるんだよ。そのことがなくても……来るよな」
「………」
 ミカドは無言で、手紙をケンにつき返しました。それは傍から見れば、拒絶にも見えました。
 けれど、三人はもう数年越しの親友なのです。トモカズたちは確信していました、ミカドが拒むはずがないことを。
 なぜなら……さらわれたプリンセスのうち妹姫モミジは、まぎれもない、ミカドの恋人なのですから。
「今すぐにでも行動を起こすからな」
 ケンは言いました。「まっさきに遺跡に向かうようなことはしないが。犯人の要請には時間の指定がない……これも意味がよく分からないが、急ぐべきなのは確かだろう?」
「………」
「来いよ! 俺たちここで待ってるからな」
 真剣な友人たちの視線を受けて――
 ミカドはふいに、彼らに背を向けました。何も言わず教会の扉を開け、何もなかったかのようにその中に姿を消してしまいます。
 残った二人は、呼び止めませんでした。
 ただ無言で、待ちました。
 そして――
 やがて、再び教会の扉が開き。
「……まずは、どこへ行くんだ」
 姿を現した少年は、僧侶クレリック用ではなく、魔術士用職服ウィザードローブを着こんだいでたちで、開口一番、そっけなく。
 ケンとトモカズは、目を見交わして微笑しました。
 フローディア国でも指折りの冒険者パーティが、メンバーを揃えた瞬間でした。







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