第9話 第2の
知っているかい?
僕が君に興味を持ったその理由を。
簡単なことさ。君は似ているんだ――僕自身にね。
*
図書館内の点検も、管理人の娘ミサオの仕事のひとつです。もちろん警備員は雇っていますが、それだけに任せないのが彼女の方針でした。その理由はといえば……友人たちも、あえて聞こうとはしないトップシークレットですが。
それはそれとして、今日も彼女が図書館内を一巡りしていると、魔術学のコーナーの入り口付近に見知った背中が見えました。
(……珍しいわね)
思うが早いかすたすたとそのポニーテールの背中に近づいてゆき、
「ミフユさん」
「きゃっ!」
ぽんと肩を叩かれて、同級生のミフユは小さく悲鳴をあげました。ばっと振り向き、ミサオの顔を見て、
「おおおお、驚かさないでっ……!」
「館内では静かにね」
ミサオはそっけなく言ってやりました。あなたのせいでしょ――と言いたげなミフユの目はもちろん無視。
「こんなところで何をしているの?」
「そりゃ本をさがしに――ああ――ええと――」
言いかけ、ミフユはとつぜんミサオに顔を近づけ小声になりました。
「……ねえ、レイヤくんってまだここにいる?」
「? いいえ、ついさっき帰ったと思うけれど」
それを聞き、ポニーテールの少女はほっとしたようにため息をつきました。
「良かった……今彼の顔なんか見たら、ぶん殴っちゃいそうで」
「あら」
ミサオは片眉を跳ね上げました。「あなたが愛の暴力をふるうのは、天にも地にもトモカズひとりきりだと思っていたのに」
「――そーゆー、ビミョーに腹が立つ上にビミョーにこっ恥ずかしい言い方やめてくれる……」
なにやらひきつった笑みが返ってきますが、これまた無視。
とりあえず、ミフユがレイヤを避ける理由はミサオも知っているのです。
「あなたのお父さん、お体のほうは?」
「……順調、だと思うけど。本を読む気力が出てきたみたいだから」
レイヤがいないと聞きようやく安心したのか、ミフユは魔術学コーナーに踏み込み本棚を眺め始めます。ミサオは彼女に並んで一緒に本をさがしました。
察するに、ミフユは父のための本をさがしにきたようです。
――二ヶ月前、あの南第三遺跡の調査に入り、大怪我をして帰ってきた父の。
「あれ以来ねえ、お父さんがレイヤくんを怖がってるのよね――」
お目当ての本を本棚から引っ張り出し、その表紙を見下ろしてミフユはため息をつきました。
「――こんな風に、とつぜん魔術の勉強なんか始めちゃうくらいには」
「……レイヤくんを?」
いぶかしく思い、ミサオは目を細めます。
――“白の魔術士”レイヤが依頼人や同行者に優しくないのは、有名なことです。いまさら、のはずですが――
「そもそもさあミサオさん。あなたがいけないのよ護衛によりによって彼を選ぶから――」
「他に適当な人材がいなかったのよ。トモカズたちは他の仕事についていたから」
淡々と返し、「それよりも。怖がる対象がどうしてレイヤくんなの?」
遺跡調査の失敗――それにより遺跡そのものやモンスターを怖がるようになる人間ならばザラにいます。
なのになぜ――
ミフユが、ふとミサオを見つめました。暗い半眼になって。
「……彼自身は、何も言っていないわけね?」
「――……“精霊のうつし鏡”に負けた、ということ以外には」
――久しぶりに、あっさり負けちゃったな。
無頓着そうにそう言いながら自分にデータを見せてきた白の魔術士の姿が、ミサオの脳裏に浮かびました。
彼はまだ何かを隠していると――そう思ったのは、つい先刻。
「……お父さんがね」
ミフユが低く、小さく言葉を続けました。
「最近になって……記憶が戻ってきたんだって。二ヶ月前――あの鏡の前で……何が起こったかを」
精霊のうつし鏡――
そのあまりに不思議な能力ゆえに、“精霊が作ったのだ”という伝説が生まれてしまったそれは、
――それの前に立つ存在をそっくりそのまま映し出し……
そして、実体化させることができる鏡のことでした。
早い話が複製機能がついた鏡、というわけですが――
「……ああ、そうか」
ここにきてようやく、ケンが合点がいったというようにうなずきました。
「だからモンスターが尽きないどころか増えていたわけだな。一匹残ってさえいれば、この鏡がいくらでも複製してくれる――」
「……近づいたら、もう一人俺が現れるってことだよな」
何を想像したのか、トモカズが不気味そうにうめきました。
「うっわ、なんか気色悪ってゆーか絶対ヤだそんなの!」
『……もう一人自分がいることが、そんなに嫌かい?』
「たりめーだ!」
聞こえた声に力いっぱい答えてから――
はた、と動きをとめます。傍らにいた友人たちに視線を送り、「今何か言ったか?」と問いましたが、二人は答えてくれませんでした。
くすくすと、笑い声がしました。なじみのあるその気配に、トモカズは顔をひきつらせました。
『相変わらず、単純なことだね……君は』
あざける言葉とともに――鏡と、三人の少年とのちょうど中間あたりに現れた、白い少年――
「レイヤ……?」
「そういう名前らしいね」
と、白いローブの少年は微笑んだまま言いました。「あの双子のプリンセスが教えてくれたよ。まあ他に名前もないし、僕のこともそう呼んでくれて構わないけど」
「―――!」
トモカズが声を荒らげました。「二人はっ……! ここにいるんだな! 無事なのか!?」
勢いづく彼に、“レイヤ”は呆れたような視線を向けます。
「そう聞かれて正直に答えたところで、君らはそれを信じるのかい?」
「………っ」
「……お前が、この事件を起こしたのか……?」
訝しそうに、ケンが呟きます。「お前は……レイヤ、じゃないな。誰だ?」
「ふうん。さすがに君らは分かるんだ? あのプリンセスたちは分からなかったけど」
「……あのバカが」
ミカドが吐き捨てました。「鏡に複製されたのか……失敗にもほどがある」
「自分自身が相手じゃ、勝つのは難しいだろうな」
察して、ケンがやれやれとため息をつきました。
二ヶ月前の調査の際、レイヤは一人で――それも、他の人間を護りながら――ここまでやってきたのです。それは並大抵の消耗ではなかったでしょう。
対して鏡によって複製されたもう一人は、オリジナルとまったく同じ能力を持っていながら、体力などはすべて万全な状態で生まれてくる――と、文献にはあります。それが本当のことならば、それでは勝負になりません。
「まあ、オリジナルも強かったけどね――疲れていたのが仇だったね。でも、複製に勝つのは難しいことじゃあないんだよ」
うっすら微笑みながらそう言った“レイヤ”は、くるりと突然三人に背を向け、すたすたと鏡に向かっていきました。真正面から。
“精霊のうつし鏡”に、少年の姿がやがて実物大となって映りました。鏡の能力が発揮される距離――そこまで彼が踏み込んだその瞬間、
鏡が強い光を放ちました。目をかばわなくては確実に失明しそうな――強烈な刺激に、たまらず皆が目を閉じました。
次に目を開けた時。まさしく鏡から、第三の“レイヤ”が生まれようとしていました。磨きぬかれた銀色の表面に映し出されていたその姿が、するりとそこから抜け下ります――二次元の存在から、三次元の存在へと。
離れたところから見ていた三人は、とっさに構えをとりました。
「………」
生まれたばかりの“レイヤ”は、無言のまま視線をあげました。
姿かたちは、やはりレイヤそのまま――けれど、表情がありません。それはまるで人形のようです。
表情のないまま、その唇が何かを紡ぎ始めました。
問答無用の魔術の気配――
しかし、
「難しくないんだよ。ほら」
一番間近にいた第二の“レイヤ”は、素早い動きで生まれたばかりの“レイヤ”の腕をつかんで引き寄せ、どこからか取り出した短剣でその胸を突き刺しました。
あるいはその短剣をひねったのかもしれません。人形のような“レイヤ”はあっという間に絶命し、霧となって消えました。
残りの三人は、呆然とその様を見つめていました。
「――簡単なものだろう?」
何事もなかったかのように、鏡から離れながら“レイヤ”は言います。
「複製が生まれることをあらかじめ分かってさえいれば、ね」
「……そう言えばレイヤって、接近戦はあまり得意じゃなかったよなあ……」
ぼんやりと、トモカズがもらしました。
魔術士が接近戦を得手としないことは、常識でもあります。詠唱が間に合わないからです。
「でもまあ、オリジナルはそれを知らなかったから僕に勝てなかったわけだけど。――ところで」
“レイヤ”は不敵に微笑みました。
「姫君たちにたどりつくために、何をするべきかはもう分かってるんだろうね。挑戦してみるといい――僕は邪魔はしない」
「……何故だ」
「ここまで乗り込んできた君らに、敬意を表して」
ミカドの冷たい声に、ひょうひょうと答えます。
「――あるいは、できるはずがないとタカをくくって、と言ってもまあ構わないけど」
茶化してそんなことを言いますが、どうやら本当に頓着していないようです。
白い少年のそんな態度を訝りながらも、やるべきことは一つしかないことをミカドは分かっていました。
鏡に近づけば、複製が生まれてしまいます。いくら簡単に倒せる相手とは言っても、無限に生まれる複製をいちいち消していたのではらちがあきません。
剣を投げてみたところで、砕けるようなやわな鏡でもないはずです。となれば――遠距離から、あの鏡を砕けるほどの威力を持った攻撃など……限られています。
「一つ、忠告してあげようか」
のんびりと“レイヤ”は言いました。「この鏡は極めて有能だからね。――炎だとか、そういう物理的なものを映し出すと、そのまま複製してしまうんだ。気をつけたほうがいい」
つまりは……鏡に映らない魔術を。かつ通用するものを。
使うべき魔術も、どうやら限られているようです。
「ミカド」
友人たちの呼びかけ。ミカドは短く応えました。
「……時間がかかる」
うなずいて、二人はミカドから離れました。彼の精神統一を邪魔しないために。
鏡から離れないよう、けれど決して近づきすぎぬよう……距離を測りながら、ケンとトモカズは壁づたいに動きます。
「待った」
ふいに、“レイヤ”が二人の目の前に現れました。
彼の移動術は、魔方陣を必要としません。一口に“移動術”と言ってもやり方は人それぞれであり、その業はレイヤの得手とするものでもありました。
一瞬、ケンは「こいつが本物だとしたら――」と考えました。レイヤ本人が、瞬間移動により、ここにいるのだとしたら。けれどすぐ否定しました。いくらそれが彼の得手とは言え、フローディアからこの遺跡まではかなりの距離があります。頻繁にそんな距離を行き来すれば、かなりの消耗になるでしょう。
「どけよっ!」
トモカズがイライラしたように叫びます。余裕の態度の“レイヤ”は軽く腕を組んで、二人を眺めました。
「……彼の魔術が成立するまで、暇だろう? 少し楽しませてくれてもいいんじゃないかな」
「何をしろって?」
“余裕の態度”はケンにとってもお得意でもありました。口元に微笑をたたえてそう返してやると、嬉しそうに“レイヤ”は続けました。
「僕はここのところ、複製しか見ていなくてね。“本物”ってやつが楽しいんだよ。だから――」
言うなり。
『光、弾けし衝撃をもって』
カッ!!
――爆発的に膨れ上がった光が、視界を真っ白に染めました。
じゅわっ、と何かが溶けるような音がして、気づいた時には、
「……おい……」
トモカズが呆然とうめきます。
狭かった道の両脇の壁が広くえぐりとられて――
結果、その場は広くなっていました。鏡の部分のみ、狭く奥まった状態のまま――つまり、鏡には真正面からしか近づけないままで。
その衝撃に、ミカドが詠唱を中断していました。いまいましそうに“レイヤ”をいちべつしてから、再度やり直します。
ミカドのことは完全に無視して、“レイヤ”は満足そうに言いました。
「さあ、これで場所は確保できた」
ケンとトモカズは、身構えました。これから戦闘が始まるに違いないと、そう思ったのです。
けれど、それはわずかにはずれていました。白い少年の口から放たれた言葉は――
「それでね、偽者のレイヤくんに調査隊の人がひとり人質にとられたらしくて――レイヤくん本人は、偽者を倒すための呪文の詠唱に入ってたんだって」
ミフユの父が語ったあの日の真実――
「でも、詠唱に時間がかかったらしくて――そしたらその間に、偽者が調査隊のメンバーに言ったんだってさ。“それじゃあ――”」
「それじゃあ、本物同士で戦ってくれるかな。もちろん分かっているね。プリンセスのことは、僕が一番知っているよ――」 |