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美容師ウサヒコと濁髪の魔法使い 作者:網田めい

Episode:2「ヘアーサロンウサピィ、開店までの軌跡」

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乱、カナブンは虚空に消えた。1 ①

第6毛「乱、カナブンは虚空に消えた。1」

冒頭あり。
「――ルチル・ゾンネンゲルプ。……ちょうどいい。ルビィ・スカーレットと、濁髪(クラウディ)のついでよ。次は貴方を痛めつけてあげる」

 桃色の魔法使い、ユーディ・オペラモーヴは悪趣味なドラゴンロッドを肩に置き、鼻で笑った。その目は正義とは程遠いものだった。

「…………」

 ――ルチルは、傷だらけで倒れたルビィとシディアに目を向ける。
 施術が終わり、飛び出したルチルの後を追ったウサヒコは、だだっ広い廊下で対峙するふたりを見た。それはメインストリートの時と同じ張りつめた空気。

 ――自分ではユーディを止めることができない。ウサヒコは倒れたふたりを見て、ルチルに全てを託した。

「…………」
「何? お友達がやられて悔しいの? おあいにくさま。ルビィ・スカーレットは罪人よ。危険な魔法を生み出したにもかかわらず、魔法ギルドに報告しなかった。私が直接、登録書類を渡したのに嫌がり、暴れた。これは立派な公務執行妨害。私に刃向った汚い濁髪(クラウディ)もね」

 汚い濁髪(クラウディ)という言葉に反応して、ルチルの金色の髪からパールイエローのスパークが細かく散った。
「――その桃色の髪は人を惑わす魔法の血族。ルビィさんの精神を操って、貴方が暴れさせただけでしょう。ルビィさんは普通に提出を忘れていただけです。おバカ、ですから」
「…………」
 ユーディは無言でドラゴンロッドを勢いよくルチルに向けた。
「その程度、誰でもわかるでしょう。しかし、これは魔法ギルドに報告させていただきますね。違うと言い張るなら、法廷で。わたくしが腹立たしいなら、ここで決着をつけましょう」

 ルチルは、シディアに誓った幼い日のことを思い出した。
 目の前の敵はなんと愚かで、醜いのだろうかと昔の自分を重ねて嫌になる。
 それはメインストリートの時と同じように、過去の思い出をひどく悔やみ、忘れたい衝動に目の前は灰色になる。犯した罪を肌で感じて、流れる血族の魔力がチリチリと哀しく痛めつけた。

 ――灰色の景色に、倒れたシディアとルビィの姿。
 幼いシディアを(いじ)めているルビィと自分の姿が走馬灯のように脳裏に映り、醜い自分と泣いているシディアの姿を何度も何度も心に刻んだ。

 愚かな自分とシディアの記憶の片隅にいる差別主義者だった頃の自分を、ふたつとも消し去りたい。目の前の彼女を絶対に許すわけにいかない。負けるわけにいかない。ふたりのためにも、自分のためにも、シディアを差別していた自分の罪を欠片ひとつも残さず、滅ぼすためにも。

 ルチルは凛としてその瞳を真っ直ぐ、友を傷つけた敵から絶対に目を背けなかった。目を背けると過去の自分に戻ってしまうと感じるからだ。

 ルチルはウサヒコに声だけを向かわせる。
「……スカーレット家のルビィさんでも勝てなかったこのお相手。わたくしがもし勝ったら、頑張ったなって、兄のように褒めてほしいです」

 ウサヒコの目に映った彼女の姿は清らかだった。差別主義の貴族と立ち向かっている姿は対称的だ。ルチルは違う、差別などしない。聖母のような優しい顔でえくぼを作っていた。
 凛とした美しい姿が今の感情を素直に口に出した。寂しく感じたその声。すぐには返事が出来なかった。
 だが、ひとまわり近く違う少女が頑張ったなと、褒めてほしいと言った。ウサヒコは無意識に、正直に、彼女に向かって叫んでいた。

 「――当たり前だっ! 俺はおまえらのことが心配なんだよっ! いくらでも頑張ったなって言ってやる! だから無茶は、無茶だけはしないでくれ!」

 ユーディは気味悪く唇を歪ませ、魔法の詠唱に入る。

 ルチルの掌からパールイエローの静電気が光った。飛び出した一本の白い電の気。折線(せっせん)は弾けながら身体に絡みつき、皮一枚に溶け込みオーラへと変わる。ウサヒコの言葉で彼女の心に安堵が生まれ、勝手にこぼれた微笑(ほほえみ)と共に瞳を閉じた。
 魔法使いが魔力を磨きあげるために使用する詠唱サークルは想いの強さに比例し、数を形成していく。足元は宙に浮いた。白電を纏い両手を広げ、彼女は静かに歓喜する。
 頭上に浮かんだいくつもの詠唱サークル。宙を浮かび、金髪は湧き出る魔力できめ細かく輝く。その姿は天使そのものだった。

「――ありがとうございます。脳裏に新しい高位詠唱が浮かぶ。わたくしはまだまだ強くなれる」

 ルチルの新しい髪型(スタイル)はウサヒコの力だけで完成した訳ではない。シディアとルビィの力を合わせて完成したのだ。彼女は仲間たちに深く感謝し、脳裏に浮かぶ高位魔法の詠唱を心に()みこませる。詠唱は心に誓った堅固な意志、決意。現在(いま)の想いの言霊(ことだま)。言葉は彼女の個性として、顔を出した。

「恥を知り得た、罪深き我が心よ。罪人を滅ぼす者は罪人がふさわしい」

 彼女の身から湧き出る白い電の気から、ガラスがひび割れたような繊細な音が聞こえた。その音は花車(きゃしゃ)な体つきの彼女に似合わせる。

「友の想いを霹靂(へきれき)の鎖に(つむ)いだこの信念、忘却の真実を宿命と刻もう――」

 残された句は、具現構築の句。これを心に刻み、浸透させると魔法は発動する。

 ――ルチルは目を瞑ったまま微笑んだ。
 これはユーディに迎え撃つ魔法。具現化にふさわしいものを思いついたからだ。

 閉じた視界。それは詠唱のまばゆい光で黒は薄まり、薄い墨一色。
 泣き叫ぶ幼いシディアを苛める自身の醜い姿の走馬灯を、彼女は灰の世界にふたたび写真のように焼きつけた。

挿絵(By みてみん)



 * * * * * *



 ――ユーディ・オペラモーヴが襲撃してきた2日前。

 ウサヒコは仕事を探していた。
 それはシディアとルビィを養うためだ。

 ……しかし。

「……なんで、なんでこの世界は美容師がいないんだあああああああ!」
「……そんなこと、ボクに言われても困るよ」

 橋の下のボロ小屋。
 シディアとルビィ宅で居候を決めたウサヒコは仕事が見つからず、のたうち回っていた。

「あー……畳がぼろぼろになるから、力いっぱいゴロゴロするのはやめてよ」

「ふざけんな! なんでこの世界に畳があって美容室がないんだよ! 実はここはアジアじゃないのか! アジアだったら美容師くらいいるだろうがああああ!」

「そんなこと言われても、畳が存在してるんだからしょうがないじゃん。そういえば、おばあちゃんが昔、畳が流行ったって言ってたなぁ。今は全然だけど。……それよりウサピィ、お腹空いたよー。またご飯作ってよ。あのオムライスの卵をぐちゃぐちゃにしたご飯……なんだっけ、ちゃあさん?」

「チャーハンだッ! なんでこの世界には中華鍋があって、チャーハンがないんだよ! ふざけんな! 俺は美容師以外の仕事はしたくないんだあああああ! うわあああああああ!」

 ボロ小屋の入り口を力いっぱい開く音が聞こえたが、ウサヒコは無視して転がり続ける。
「ウサピィさんウサピィさん! この雑草、美味しそうですよ!」
「シディア! 頼むから雑草を食べようとするな、涙が出るんだよ! うわああああああ」

 涙を流しながら、のたうちまわり始めたウサヒコ。

「ねえねえ、ボクお腹空いたよお……」
「私もー……」
 ボロ小屋に鳴り響く少女たちの腹減り音は、ウサヒコの心を締めつける。
「だああああ! わかったわかった! チャーハンだ、チャーハンを作ってやる!」
 ウサヒコは転がりながら中華鍋と、冷や飯が入っている飯ごうと卵を取り出し、準備をする。
「ルビィ! 火!」
「待ってました! 火属性付与(フレイムインストール)ッ!」
 ルビィは中華鍋に火属性を付与する。その温度は昨夜、温度にうるさいウサヒコが調教した。
 ガスコンロ無しで中華鍋から、薄い白煙混じりの熱気が。
「――よし、初めて一発で出来たな。いい温度だ」
「えへへ」

 ルビィは褒められてはにかむ。彼女はウサヒコに髪を切ってもらってから魔力のコントロールが格段に上手くなった。それはお風呂のお湯から太陽の温度まで調節できるほど器用に、正確に。

 ウサヒコは昨夜、中華鍋を使っているのにもかかわらず、たき火で料理をしているふたりにそれでは火力が足りないだろう……と、つっかかり、魔法を使ったらどうだと考案した。
 そこまで魔法使いのプライドがないルビィは、『なるほど。便利でいいね、気がつかなかった』と、すぐに鍋を熱くした。

 シディアに聞けば、こういった私生活に使うものは魔力注入式の護符(ごふ)から火、水、風、大地の四大元素エネルギーを使ってお風呂などを沸かしたりする。魔法は魔物(モンスター)や犯罪者を成敗するものと認識が強い。彼女は魔法をそのまま直接、調理器具に組み合わせて使うことにびっくりしていた。

 生活を豊かにする魔力注入式の護符は魔法使いが作成し、魔力が切れると対応できる属性の魔法使いが魔力注入、もしくはショップで売っている魔力カートリッジを買い替えるという。シディアとルビィは貧乏なので護符付き家財は買えず、外でたき火をしてご飯を作っている貧乏生活。ウサヒコは泣いた。
 世界は魔法使いの地位が高く、繁栄の中心。魔法使いに就く者はだいたい、魔力の高い『彩髪(カラード)』と決まっている模様。……先日強盗事件があったように、治安を守るのはだいたいは魔法使いか女王直属護衛竜騎士団(ドラゴン・スクトゥム)の仕事。「戦士はいるのか?」と聞くと、ルビィはいるにはいるが、ぱっとしないと答えた。

「シディア! 具材は切ってあるな?!」
「雑草も入れておきました!」
「今すぐ捨てろっ!」

 ウサヒコは油を引いた中華鍋にタマゴを3つ落としてお玉でかき混ぜる。そしてすばやく冷や飯をいれ、鍋を振るう。

「具がないですよ、ウサピィさん……」
 シディアは悲しそうだ。
「雑草チャーハンなんて俺は認めない。皿を用意してくれ、シディア」

 開けた窓から1匹のカナブンが入ってきた。それはわいわいと楽しそうな声が聞こえてきて、自分も仲間に入れて欲しいと思ったのかどうかは知らないが、入ってきた。

 カナブンは一定の温度を必死に維持しているルビィの鼻先に止まった。

「は……は……は……くっちゅっ!」

 くしゃみで、安定していた温度の均衡は崩れた。一瞬でチャーハンが炭になり、中華鍋はドロリと溶けた。ウサヒコは急に熱くなった中華鍋にびっくりし、床に落とした。木造の床に広がる溶けかけた中華鍋。シディアは勇敢な顔つきで、三人を熱気から守るためシールドを張った。張られた半透明なシールドは球体を縦に切った形で、ウサヒコの目にはコンタクトレンズが目の前に現れたとしか認識できなかった。

 家屋は床から燃えはじめ、広がりはじめた。ウサヒコは上着を脱ぎ、炎を消そうとするが、火元の溶けた中華鍋が熱すぎて近づけない。シディアはふたたび勇敢な顔つきで水魔法を使った。(てのひら)から水滴が一粒飛び出した。炎に負けた。ルビィは必死にカナブンを捕まえようと頑張っている。シディアはふたたび勇敢な顔つきで土魔法を使った。掌から砂が一粒飛び出した。炎に負けた。ルビィはようやくカナブンを捕まえ、室内の熱気に気がついた。

 ウサヒコは目の前でふわふわと浮かぶコンタクトレンズを振り払い、シザーケースとドライヤーを片手にふたりを守るように飛び出した。


 その日、ウサヒコたちは家を失った。
 ――力が抜けたルビィの手から、カナブンは逃げるように青空へ飛んでいった。

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