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美容師ウサヒコと濁髪の魔法使い 作者:網田めい

Episode:1「熱風を操る、大いなる太陽の美容師」

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バーニングヒップ、アンダーザブリッジ。①

第4毛「バーニングヒップ、アンダーザブリッジ。」
 ――夢の中の夢は存在する。それは夢の中で寝てしまい、その中で更に夢を見ること。その感覚はどちらが夢なのか、どちらが現実なのかわからなくなる時があるだろう。
 だが、今夢を見ているウサヒコの場合は『ただ』の夢。
 これは慣れ親しんだ美容室での夢で、魔法世界の深い森で見ている夢だ。
 ウサヒコはレッスンを終えてからセット椅子に座り、眠りについていた。そこでは朝になっていて、アシスタントが起こしにきた。

「――店長、起きて下さい」

 アシスタントはウサヒコに迫る。

「賞を取ったこと。ご家族に連絡したんですか? 家を飛び出した事、ようやく両親に謝る決心がついたって言っていたじゃないですか、飛び出した故郷に錦を飾れるって言っていたじゃないですか。なんで連絡しないんですか? …………みんなみんな心配、していますよ」

 ウサヒコは違和感に気がついた。アシスタントには家を飛び出したことも、謝る決心がついたことも、何ひとつ言ってはいない。アシスタントはおろか、誰にも言ってはいない。ああ、そうか。これは夢だ。そう気がついた時、小鳥たちの清々しい声が聞こえ、目が勝手に、じんわりと開いた。目の前は森だ。美容室でも、自宅でもない。すぐに思い出す。それは夢を思い出すおぼろげな感覚ではない。当たり前のように現実をふと、当然のように見直す感覚。

 昨夜は木に寄りかかって寝た。寝るまで少女ふたりの話をうんうんと聞いていた。立派な魔法使いを目指している黒髪のシディアと、立派な薬師を目指しているルビィに、国に認められてすごいと言われた。だから、ふたりに頑張れと言った。人間にできないことなどないのだ。それは自身で証明した。結果を出した。出すことが出来た。そしてようやく区切りが出来た。後は死ぬまで美容師を続けること。自分を、未来を信じて、意志を固く持って、がむしゃらに前へ前へと進み、自身の手で夢は叶うと証明してやった。人は確実に夢を持てば強くなれる。だからふたりの少女の夢に触れて心が暖かくなった。昔の自分を見ているようで、ただ嬉しかった。それは学生の時、自分と同じような将来の夢を持っている者はいなかった。だから話も合わなかった。いや、もしかすると夢を持っていないからと、若い自分は心の奥底で馬鹿にしていたのだろう。だからこそ彼女たちが夢を持っていることを嬉しいと感じたのかもしれない。ふたりを見て、本当に心が暖かく、嬉しくなる。それはまるで夢をつまみに、酒を飲んでいるようだった。甘美な少女たちの夢、スカイダイビング、溶液魔物(スライム)に襲われたこと、ルビィが情熱を心に、未来を進むと燃えていること……今までウサヒコは追う夢ではなく、元の世界で見ている眠りの夢だと思っていた。

 彼はもう一度目をつむり、寄りかかった木から背を離して、うつぶせになった。さあ夢の世界へ。つまりは元の世界へ行こうとした。それは家業を継がず、立派な美容師になるために家を飛び出し、心配させたことを両親に謝る決心がついて、世界に評されたことを伝えたかった。褒めて欲しかった。だが、伝えることが出来ない。今まで何のために自分と技術を磨いてきたのか。何故こんなことになったのだろうか。何故自分はこの世界に来てしまったのだろうか。いったい俺が何をした。わけがわからない。

 心に湧き出る怒りの感情を殺すように、唐突(とうとつ)に現れた悲しみが突き刺さった。何故、沢山の人々に美容技術が認められたことを両親に伝えることが出来ないのだろうか。ようやく故郷に(にしき)を飾ることができたのだ。何故両親に心から謝りたいのに謝れないのだろうか。切ない。優しい母の顔と厳しい父の顔が脳裏に浮かぶ。辛い。ふたりに謝る自分もそこに見えた。悲しい。久しぶりに会った両親の慈愛に満ちた顔は、家を飛び出した7年前と変わっていなかった。母親が髪を切って欲しいと言ってくれた。もちろんと答えた。カットクロスをまるで大ベテランの美容師のように格好(かっこう)よく、首に巻いてあげた。母の髪に優しく触れる。――そう、母の髪は7年前とまるで同じ。白髪は増えていなかった。当たり前だ。これは幻想で、妄想なのだ。――ふざけるな。馬鹿げてる。何故、何故、何故……。何故こんな目に。突然、熱いものがこみ上がる。熱い。本当に熱い。何故こんなにも熱いのだ。それは尻が燃えていたからだ。

「だああああああああ!」

「あっ、起きた。おはようウサピィ」

「ルビィちゃん、ダメだよ。お尻にファイアーボールしちゃ……」

「だって起きないんだもん。今、眠気覚ましなんて持ってないし、しょうがないじゃん」

 ウサヒコは尻の火傷で、ルビィのせいで、悲しい感情に浸れなかった。
 だが、ようやく気がついた。確信した。だが確信したくはなかった。

「……なあ、夢だよな?」

「――? 夢だったらお尻、熱くないんじゃないかな」

「熱かった」

「目、覚めたようだね」

「俺はどうすればいい?」

「え……? 外人さんなら、観光で来たんじゃないの?」

「帰りたい」

「……なんでまた急に」

「俺が知っている現実ではないからだ」

「…………えーと、これは一体どういうことだろう」

「わかったあ! ウサピィさんの国では、太陽が出ない真っ暗な夜の国で、みんな寝てる国なんだよ! だから今、寝ぼけてるんだよ!」

「なんだその国! おまえの発想が寝ぼけている! 俺も寝ぼけたい!」

 シディアとルビィは顔を合わせて。

「シディア。ボク、思ったんだけどさ、国ってこないだ統一したけど、他にもあるの?」

「うん、ルビィちゃん。私も今思った」

「えー。シディアがウサピィは外人って言ったのに! ほんとシディアはおっちょこちょいだなあ」

「えへへ。こないだ国が統一したこと、忘れちゃってた」

 国はこないだ統一したらしい。

「…………あのな。多分、あれだ」

 ルビィとシディアは頭上に?マーク。

「俺の住んでいた世界とこの世界。根本的に違うんだよ」

 ウサヒコはこの世界のことをよくわかってもいないのに、ふたつの世界を比べるように説明する。

「まず、その髪の毛。そんなビビットな赤色の地毛を持つ人はいないし、魔法なんてない!」
「ふーん?」

 ルビィは耳をかきながら。適当に受け答えする。

「それにモンスターなんていない」
「ふーん。いい世界だねぇ」
「そう、いい世界なんだ。そんなわけのわからない生き物はいない。とにかく全てが、何もかもが違うんだよ!」

 シディアの目の前をモンシロショウが横切る。

「あっ見て見て、ルビィちゃん。綺麗なモンシロチョウだよ? かわいいね」
「モンシロチョウはいないの?」
「モンシロチョウはいる」

「…………」

 シディアの目の前をカナブンが横切る。

「わっカナブンだ! 私、苦手なんだよね」
「カナブンはいないの?」
「カナブンもいる」

「…………」

 シディアの目の前を、圧倒的(アルティ)超魔力甲虫(マジックヘラクレス)が見るものを魅了するような、圧倒的な白銀の魔力を纏いながら横切る。

「ルビィちゃん見て見て! 圧倒的(アルティ)超魔力甲虫(マジックヘラクレス)だよ! かっこいい!」
圧倒的(アルティ)超魔力甲虫(マジックヘラクレス)はいないの?」
「そんなものいてたまるかっ!」

挿絵(By みてみん)

「なんでモンシロチョウやカナブンがいて、圧倒的(アルティ)超魔力甲虫(マジックヘラクレス)がいないんだよぉ!」
「俺が知るかあああ!」
「そもそも世界が違ったら、ボクの言葉とかわかんないんじゃないの!?」
「だから俺が知るかあああ!」

「わかったあ! ウサピィさんの世界では、沢山の生き物が絶滅しちゃってるとても悲しい世界なんだよっ!」

「だああああああ! 俺の世界を馬鹿にするな!」

「ああもう。とにかくルベールの街に戻るよ。帰りたくても森を抜けないと帰れないじゃん!」

「えっ、帰れるのか?」

「そんなの知らないよ! だって、こことは違う世界の行き方なんて知らないもん!」

「わかったあ! 空でウサピィさんを見つけたから、ウサピィさんの世界はお空にあるんだよ!」

 シディアは空を指差した。
 川のほとり。見上げた視界は木々たちに意外と邪魔されない。ウサヒコとルビィは空を思い切り見上げた。指の先を見た。晴天。はるか先に宙に浮かぶ大地に世界樹が見えた。そして大空を守るかのような、ちりじりと浮かぶクリスタルたちがキラリと輝いた。

「なあ、あのたくさん浮いてる水晶はなんなんだ?」

「わかんないです」

「人が触っちゃいけないから、術式プロテクトカバーをしてるってことくらいしかわかんないけど」

「術し……なんだって?」

「んーと。あの大きな円形金属に高位防御風魔法を付与させて、半永久的にクリスタルを守ってるの。ボクも触っちゃいけないって言われてるだけだから詳しくはわかんないなあ」

「俺は空に行くことが出来れば、元の世界に帰れるのだろうか……」

「あきらめなければ、元の世界へ戻れると思います!」

 シディアは目をキラキラさせながら、ウサヒコに根拠のないことを言う。

「じゃあ、飛行船でも買ったらいいんじゃないかな?」

「ひ、飛行船?」

 ルビィはウサヒコの言葉さら~っと流し、思い出したようにシディアに。

「――そういえばシディア、今月の儲けはいくら?」

「えっと、8イェンかな……えへへ。先月は魔法使いの仕事頑張ったもん! ルビィちゃんは?」

「ボクは12イェン。えへへ、薬がひとつ売れたんだ!」

「なあ飛行船というものは、いくらで買えるものなんだ?」

「100億イェンくらいじゃないかなあ?」

 ……この世界の通貨の価値がわからない。ウサヒコはそう思った。
 シディアとルビィはポケットから白く、銀色で軽い金属の通貨と銅貨を取出し、合わせた20イェンに歓喜している。

「――20イェンでいったい何が買えるんだ?」

「んーと、10イェンガムが2個買えるよ」

「ルビィちゃん! 5イェンチョコが4つも買えるって言ったほうが豪華に聞こえるよ!」

「にしし、そうだね! 20イェンは……なんと、5イェンチョコが4つも買えるんだよ!?」

 ……ウサヒコは思った。20イェンの価値は日本でいう10円のガムが2つ、もしくは5円チョコが4つなのだろうかと。

「他でたとえてくれないか? たとえば、お昼ごはんをひとりで外食したらいくらくらいかかるとか……」

「600イェンくらいかなあ?」

「……じゃあ、1000イェンで何が買えるんだ?」

「んー、豪華なごはんを食べるとすぐになくなっちゃうよねえ」

「…………」

 ――20イェンにはしゃぐふたり。元の世界(日本)とお金の価値は変わらないようだ。
 それよりもウサヒコは、月の給料をふたりで合わせて20円しかもらっていないということに(あわ)れみ、涙がほろりとこぼれた。

「……お、おまえら、家賃とかちゃんと払っているのか? きちんと毎日食べているのか……?」

「えー、別に心配しなくても、シディアと私の住んでるところは橋の下だし、家賃はいらないよ? ごはんもちゃんと食べてるし」

「ウサピィさん、心配しなくても大丈夫ですよ! このあいだおいしい雑草を見つけたもんね、ルビィちゃん!」

 ウサヒコは涙が滝のように流れた。100億イェンくらい? する飛行船を買うよりも、シディアのほうきをどうにかして直して空を探索し、元の世界に戻るきっかけを探すと一瞬思ったりしたがそれよりも、これよりも、なによりも、自分のことなんかよりも、目の前の大きい夢を持った少女ふたりが心配すぎる。と思ってしまった。

「さあ! 街はすぐそこです! 帰りましょう!」

 ――シディアの無垢で純粋な笑顔はもう見飽きている。
 だが、その笑顔はウサヒコを安心させる。両親に伝えなければならなかったこと、魔法世界に自分が来てしまったわけのわからない状況。気持ちは曇天だった。すぐにでも涙が出てしまうだろう悲しい気持ちを、シディアは透き通った青空のような素敵な笑顔で消し去ったのだ。
 ウサヒコは平民である証、濁髪(クラウディ)という言葉に引っかかっていた。『クラウディ』つまりは曇り空。これは皮肉で、差別的な言葉とすぐにわかった。

 シディアはお腹を鳴らす。
「ウサピィさん、街に帰ったら……おいしい雑草、ごちそうしますね?」
「いや、俺はいい」

「ねえシディア、ごはんを食べてから街に戻ろうよ」

「えへへ、そうだね、お腹が空いたら……えーと、なんだっけ、お腹が空いたら負け(いくさ)? だもんねっ!」

 シディアのお腹の音につられて、ウサヒコとルビィもお腹を鳴らす。

 三人は川のほとりでシディアが作った木の枝の釣竿と骨を削った釣り針にミミズをくっつけて並んだ。
 真ん中の背の高いウサヒコの姿。それは両脇の少女ふたりのお兄さんに見えた。

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