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美容師ウサヒコと濁髪の魔法使い 作者:網田めい

Episode:3 「サロン・ウサピィ、始動」

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理として涙が水である、由。3

第22毛 「理として涙が水である、由。3」
※挿絵はまだ入っていません。文章先行配信。
 
 *

 ――メルビルの橋の帰り道。
 楽しそうにはしゃぐシディア達を背にした髪を切り終えていないアイオラは母親と距離を開けて歩いていた。陽はもう見えない。ただの闇。手は繋いでいない。繋ぐ気などはさらさらない。

 命が絶えた鳥の為に作った墓へ花を捧げ終わった彼女は、ただ母親の後を追うだけで帰路につく。
 そして、メインストリートの端の小さい水路を見て止まる。
 いつもなら石蓋がされているが点検工事の閉め忘れだろうか、(ひら)けた部分からは水が流れる音が優しく聞こえる。暗闇に混じり、水が綺麗かどうか判断は出来ず、建設途中の雷光魔法の街灯があれかしと思うが、鼻につく泥のような匂いで“汚水”とすぐに分かる。

 アイオラは汚水に手を浸した。彼女から溢れた魔力光はまるで幽霊が存在を知ってほしいかのように寂しく、蒼く輝いた。
 浸した指の波紋がすうっと広がり浄化をする。透き通った水面(みなも)は、頭を優しく撫でられ流れを忘れてしまっていると錯覚する。
 ただの(にご)りが見えない水。――コーヒーに溶け込もうとするミルクを床にそのまま(こぼ)すような汚れの斑模様(まだらもよう)は消え、流れの強さを一目で判断できなくなった。

 アイオラは目を瞑り、清い水に呟いた。

「――私の頭の中にいる演奏者(メロディメイカー)。あなたは一体、だれ?」

 母親はアイオラがいないことに気が付き、振り向く。小さく見えるように座り込み、背の低い身体から右手を懸命に下水に伸ばす娘の姿を見て、驚愕する。

「――アイオラ!?」

「…………」

 娘に無視をされ、イラついた母親は早足で強く手を引いた。水から手が離れ、アイオラが浄化した水は上流から流れてくる汚水ですぐに下流に流れてしまう。……すぐに鼻の付く匂いの水路に戻った。母親はハンカチを取り出し、アイオラの手を拭く。彼女はなすがまま。……そして母に、

「……おかあさん。魔法使いは、何の為に存在しているの?」

「何って……誰かの為に存在する、お仕事よ?」

「お仕事のすべては、きっと誰かの為に()るもので、誰かの為になるだけなら……私は魔法使いにはなりたくないです……」

「……じゃあ、あなたは何になりたいの?」

「…………怖くない、お仕事」

「あなたはね、私の大事な血を引いているの。一次彩髪(ファースト・カラード)の血であるからには自分を大事にしろと、いつも言っているでしょう?」

「大事にしています。だから――」

「あなたは魔法以外に他に何か取り柄でもあるの? 言ってみなさい。あるのであれば、その仕事に就いてもいいわ」

「…………それは」

 アイオラは、ただうつむくしかなかった。

「――知っているでしょう? この世はね、魔力が欲しくても持つことが出来ない人がいるの。あなたは選ばれた人間よ。選ばれていると、もっと自覚しなさい。あなたはもっと自分の立場に正直に、傲慢(ごうまん)でありなさい。濁髪(クラウディ)たちは私たちよりも弱い。私たちにすがって生きていくしか道はないのだから」

「…………はい」

「さっき遊んでいた、濁髪(クラウディ)のおねえさんの素敵な笑顔を守ってあげたいでしょう? 濁髪(クラウディ)たちの笑顔を守るのが、私たちの役目よ。あなたにはその力があるの。平民たちと適度な距離を保ち、自分よりも下であることを、守るべき弱い者と理解しなさい」

「…………はい……ごめんなさい……」

 アイオラの背後から、楽しそうに笑うカコクの声。それにつられて笑っているシディアとマサムネの声が追いついてきた。親子は連中の事をひとつも気にしてはいないが、まるで逃げるように場を去った。


 ………………

 …………

 ……

 …


 ――ラ、フェリア……。

 ――アイオ、……リア……。

「――アイオラ・オフェリア!」

 魔法ギルド内部。ユーディの声が響いた。髪を切り終え、アシンメトリーヘアとなったアイオラは、目を“先生”であるユーディに向け、謝った。右方だけ見える瞳は虚ろで焦点が合ってはいない。

「……準備を早く済ませなさい。それと、あとひとつ言っていいかしら」

「……はい」

 ユーディはアイオラの襟首に手を伸ばす。力強く引き寄せ、顔を近づける。

「――魔法使いを舐めるな」

 ギリリとユーディの口元から(きし)む音が鳴る。アイオラはなすがままに人形のように動かない。

「…………」

「魔力が怖い? ふざけるな。一次彩髪(ファーストカラード)だからって、甘えたことを言ってんじゃないわよ。あなたもルビィ・スカーレットと同じ、恵まれた甘ちゃんのようね。怖ければ辞めればいい」

 背の低いアイオラは捕まれつま先たちのままで、うつむく。
 そして小さくぼやいた。

「…………いつでも辞められる元素の薄い六次彩髪(シックスカラード)の先生にはわからない。辞めたくてもその血が、家族が邪魔をする。オフェリア家の人間は魔法しか取り柄がないように、魔法にすがるように教育されている。名門であるスカーレット家も同様」

「――糞餓鬼。訂正(ていせい)するわ。あなたよりも、ルビィ・スカーレットの方が何倍も優れている」

「…………そうですよ」

 肯定したアイオラにユーディは目を更に鋭くさせたがその態度に怒りを通り越し、(あき)れの気持ちが手を離させた。アイオラは何もなかったように襟を直し、ため息をついた。

 ユーディは受付でもたもたするメイド服のシディアに目を向けた。

「――くぅ~~~。シディアちゃん! 魔法学校の特別臨時講師なんて大役をもらってよかったなあ!! しかもユーディちゃんからの指名だなんて、すごいじゃないか! ほら、お祝いだ。おっちゃんが飴ちゃんをやろう!」

 シディアはクエスト受付の中年の濁髪のおっさんに飴玉を受け取り、目を輝かせていた。

「受付のおっちゃんさん、ありがとうございます!!」

「早く立派な魔法使いになるんだぞ!」

「はい! がんばります!」

「で、シディアちゃん。何を討伐するの?」

「確認してないです! でも受付のおっちゃんさん、心配はご無用ですよ! ちゃんとハンコは押しましたから! ほら!」

 クエスト書類をどや、と見せるシディア。それを受け取ったおっさんはニタニタと孫を可愛がっているような表情で幸せそう。

「どれどれ……。おお……。ホントだ……遺書までちゃんと用意して……。でも、シディアちゃんの事はみんな知っているし、ナッツイーターとかだろうな~……」

「ナッツイーター! かわいいけどお仕事なら仕方ないですね、やっつけます!」

 遠目からアイアンロッドを取り出し振り回すシディアの姿を見て、(あで)やかに微笑むユーディはアイオラに。

「――少しはシディアを見習ったら?」
「…………」

 虚ろなアイオラはただ、黙っていた。
 ユーディは大げさにシディアに手を振り、

「シディア、行くわよ!」
「はい、ユーディさん!」

 シディアはもらった飴玉をあむっと頬張り、片方の頬にぽこんと入れた。そして揚々(ようよう)と走る。

「ふぇ……?」

 ――思わず、おっさんの可愛らしい声が出た。彼は渡した受領書の討伐対象を見て青ざめた。
 そしてシディアに向かって、叫ぶ。

「…………ちょっ、まっ。いやいやいや!! シディアちゃん、これはダメ! ダメな仕事だよ!!!」

 シディアは微笑みながら振り返り、ふわりとメイド服のスカートが揺れた。

「ダメなお仕事なんて、存在しないです!」

「――そ、そのとおりだ、そのとおりだけれども!」

「受付のおっちゃんさん、行ってきます!」

 シディアは振り向かず、外に出たユーディとアイオラの後を追う。おっさんは大慌て。

「誰か、誰か止めろぉ! シディアちゃんと学生には荷が重すぎる! せめて、補佐騎士をつけろおおおお!!」

 隣の茶髪の受付嬢が慌てるおっさんの肩を叩いて、冷静に首を横に振った。その瞳は優しかった。

「無駄ですよ」
「いや、だが、しかし……」
「私もユーディさんに言ったんですけど、ダメでした。本当、あの人は昔から変わりませんよね。無鉄砲というか」

 受付嬢は笑顔で、おっさんに手を差しだした。

「なによりも、それよりも、どれよりも、私にも、飴ちゃんをください。シディアちゃんだけにあげるなんてずるいですよ」

「ああもう、バカやろう!」

 おっさんはポケットから飴玉をたくさん取り出し、嬢に投げつけた。

 ――ひらり。

 シディアがギルドに提出した遺書が床に落ちる。
 頭を抱え込むおっさんは遺書の中身が気になり開いてしまった。

「規約違反ですよ、それ」
「うるさい! だまれ!!」

 濁髪(クラウディ)の受付のふたりはシディアの遺書を顔をそろえて見ようとする。
 おっさんの唾を飲む音が緊張感をどくんと積み増し。それで、流れる額の汗の油っぽい輝きが、まわりの空気をもぎゅーんと加速させて、しゅいぴぃーんと張る。張りつめる。おっさんは、シディアの遺書をおそるおそる覗きこんだ。


《明日はウサピィさん、ルチルちゃんとお買い物。その後はルビィちゃんと図書館へ行く!》


「……遺書じゃねえ。これは明日がある紙だ。……いや、違う。明日の予定表じゃないか。かわいい」
「あっはっは。シディアちゃんらしい。ユーディさんがいるし、大丈夫ですよ。ユーディさんは女王様からもうすぐ二つ名を貰うんでしょう? しかも最上位魔法使い(コズミックウィッチ)にクラスが上がるって噂ですし。それにシディアちゃんみたいな明るい子が死ぬわけないでしょ。なによりも、それよりも、どれよりも、この飴おいしいれすね」

 シディアの明日の予定表を丁寧に折りたたみ終えたおっさんはふたたび頭を抱えた。

「いや、だが……しかし……心配だ」
「大丈夫ですって。ああ、もしかしてロリコンなんですか?」
「なんでわかったんだよ」
「…………」

 隣の受付嬢は自分の席を、おっさんの席から少し離した。

「冗談だよ」
「…………」

 受付嬢は離した自分の席を、元に戻した。
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