愛する人の作り方。final ①
第17毛 「愛する人の作り方。final」
シディアとマサムネ、カコクは川近くのカフェでお菓子を食べていた。
カコクがケーキを食べまくり、テーブルはごちゃごちゃ。
「――なるほどな。シディアは立派な魔法使いになるために頑張ってンのか。っておい、聞いてンのか、マサムネ!」
マサムネは席の窓から見える、メルビルの橋を見ていた。
「ん、ああ……。ごめんごめん。いや、メルビルの橋の工事がもう終わるなあって思ってさ。ほら」
マサムネはフォークを窓から見えるメルビルの橋に向けた。
「あー本当だ。そういえば、橋を壊した犯人は子供らしいぜ? ンで、監獄行きだったのを世界一可愛くて、可憐で、やっっさしいルチルちゃんが、かばったらしい。やっぱりルチルちゃんは最高だぜ!!」
「本当にルチルちゃんの事が大好きだよね、カコクは」
「まあな。彼女は金持ちだしな! 結婚したいぜ!」
「相変わらず、クズと言うか。正直だよなあ。ってか、ルチルちゃんの事、言ってなかったっけ」
「なンだよ。またオレに隠し事かよ」
「うん。今、設備工事とデザインで携わってる店舗の事なんだけどさ」
「ああ、オレの隣の店か。髪を切るだけのぜってえ繁盛しない店だよな。よくやるよなあ」
「花壇の土屋のカコクも人の事言えないと思うけど……。その店ってさ、ビヨウ室って言うんだけど、出資者がそのルチルちゃんなんだよ」
「はあっ!? なンで!?」
「友達だからですっ!」
シディアは生クリームをほっぺに付けながら叫んだ。マサムネは微笑みながらシディアの口元をハンカチで拭いた。
「シディア、ルチルちゃんと友達なのか!?」
「はいっ!」
「よし、紹介してくれ! 何が食べたい?! 全部マサムネが奢ってくれるから遠慮はするな! だがオレに借りを作れ!」
「おい! 僕のシディアちゃんを買収しないでよ! しかも僕のお金で!」
「うるせえ! シディアはオレのもンだ! お前は金だけ置いてけ、父親だろうが!」
「たしかに父親だけど、お金は関係ないよ!」
「マサチチさんはお父さんじゃないです……」
「おいマサムネ、聞いたか? おまえは父親失格なんだよ。かわりにオレが父親になるからな」
「うわああああああああ!」
マサムネは頭をテーブルにガンガンと自分で何度も叩きつけた。そして。
「シディアちゃーーん? 何が食べたい? 好きな食べ物を買ってあげる!」
「食べ物で子供を釣るとは、お前は本当にクズだな」
「カコクに言われたくないよ!」
「おい、シディア。オレが父親だったら毎日が楽しいぜ! 楽しさを求めるのに金なんか必要ない! こいつは父親失格だぜ! 今日からオレの事をダディと呼べ!」
「嫌ですっ!」
「おい。店から通報があってな、子供を誘拐したうるさいクズ共と言うのはお前らか?」
『え……?』
――シディアたちのテーブルを、屈強な戦士が自らの巨体の影で隠した。それはガタイの良い身体つき、顔は傷だらけで身長は2メートルをゆうに超えていた。
「女王直属護衛竜騎士団か。いつも警備ご苦労様だな。誘拐犯でクズはそいつ。『マサムネ・オカザキ』だ。オレは関係ないぜ!」
「ふざけんな! おまえが一番ケーキを食べていたじゃないか! すみません。僕は誘拐犯じゃないです。クズはコイツです。『カコク・クセーノ』です」
「違う。オレはシディアのダディだぜ?」
「いや、僕がシディアちゃんの父親です」
「――お嬢ちゃん。どっちがお父さんなんだい?」
「どっちもお父さんじゃないです」
『!?』
「――だそうだ。ふたりとも表へ出ようか?」
「ふっ……」
カコクはクールに、マサムネよりも先に席から立ち上がった。
「――マサムネ、下がってろ!」
「お前が一番下がってるじゃないか!」
カコクは立ち上がった瞬間。前を向いたまま後ろへ下がり、戦士に構えていた。
「――オレの土魔法を見せてやるぜッ!」
カフェの客たちは皆、カコクの言葉にびっくりし、外へ逃げようとする。
だが戦士は恐れることなくニヤリを笑い、アイアンソードを引き抜いた。
「ほう……。かかってこい」
戦士はカコクに切っ先を向ける。丁寧に磨かれた刀身はお前の首を今すぐにでも掻っ切ってやろうかと言わんばかりにキラリと光る。――戦士の腕は筋の肉がたっぷりで、丸太のように太い。外に逃げようとした子連れの魔法使いは浮き出た尺側手根伸筋の血管に心を奪われ、熱い喘ぎ混じりのため息をつく。そして魔法使いの子供、少年は手を繋いだまま。「ままー、ふりんするの?」と、言った。
「立ち向かうつもりなの!? カコクはウェアウルフの奥歯くらいの落とし穴魔法しか使えないだろ!?」
その言葉を聞き、外へ逃げようとしたお客さん達は安心をして席についた。
「――大丈夫だ。うまく行けば、捻挫させる事ができる」
「無理だよ! 相手が屈強すぎる!」
「バカ野郎! じん帯は、人類みな平等なンだ、革命思想と同じなンだよ!」
「言いたい事はなんとなくわかるけど、革命思想と一緒にする意味がわからないよ! というか、カコクはじん帯に詳しかったの!?」
「ふっ……。じん帯が起こした、軽い捻挫はな、歩きづらくなる。だが何週間かすれば治るンだぜ?」
「一般人レベルの知識だった! むしろ知識とは言い難い! 自信満々に答えるなよ! うわっ!? なんでそんなに笑顔が素敵なんだよ! 親指は立てなくていいから! アホがうつる!」
「ふっ。知っているだろう、マサムネ。アホとは、オレの最高の褒め言葉。褒められれば褒められるほど、オレは強くなる……。おい、そこの筋肉。筋肉に自信をもってンじゃねえよ。その面だと、己の人生を筋肉で切り開いてきたようだな。ふざけんな、気持ちが悪りィ。気持ちが悪すぎて、口から腹筋が出るぜ。――ちっ。動くな。その筋肉をオレに向けンじゃねえ。……くっくっく。……なあ、筋肉よ。何でオレが笑っているか、わかるか? わからねえよなァ! あーーっはっはっは! ……まあ、聞いてくれや。……シディアが何と言おうとなあ。オレはシディアのダディと思い続けンだよッッ!!」
――パリーン。カコクは窓を力強く突き破り、逃亡した。
「グッバイ」
「そこまで言ってるなら立ち向かえよ! クズ! しかもどんなにアホと言っても別に強くなった覚えはないだろっ!?」
戦士は呆れ、アイアンソードをしまった。
*
女王直属護衛竜騎士団に捕まったふたりはシディアの弁解によって解放された。ここは工事中のメルビルの橋が見える、夕焼けの河川敷。
マサムネは体育座り、カコクは足を伸ばして気怠そうにシディアの魔法の練習を見守っていた。
「アイアンロッドをあんなに振りまわして……。シディアは元気だな」
顔面がぼこぼこに腫れ上がっているカコクはシディアを見守りつつ言った。
「色んな人にめちゃくちゃ怒られてたね、カコク……」
先ほどシディアに「どっちもお父さんじゃないです」と言われ、凹んでいるマサムネは、雷光魔力が充填された、プラズマ光の屈折を利用しプリズムの屈折率をレンズとして用いているメガネを手元でいじりながら言った。
「ああ。まさか外に兵があンなに待機していたとは思わなかったぜ」
「切り傷も痛そうだね……」
「カッコつけて窓をぶち破るンじゃなかったぜ」
「何人くらいの騎士に捕まったの?」
「20人くらいだったな。取り囲まれて変態とか死ねとか言われながら、めちゃくちゃ殴られたぜ……こええよ、あいつら。だが、あいつらのおかげで治安が守られてるンだなって、心から思ったぜ……だが、ひとつだけ納得いかないことがある」
「……なに?」
「なンで、俺は子連れの魔法使いにまで殴られなきゃいけなかったンだろうか……」
「完全に子供の誘拐犯と思われてたんだろうね……。ほら、自分の子供が誘拐されたらイヤでしょう? カコクの事がなんとなく許せなかったんだよ……」
「そうだな。そんなのもう、どうでもいいか。……あっ。そういえばシディアは俺とお前、どっちが父親になるンだよ」
「そうだね……もう、あれだ。一緒に育てよう。ボクとカコク……。そして、もうひとり……」
カコクはなんとなく口を大きく開けて、声にならない声で驚愕してみた。
「く……ぁ……なっ……!? も、もうひとり、だと……?!」
カコクは遊びで、あたかも話を真剣に聞いているかの如く、言葉を返してみた。
「――ああ。正式な保護者じゃないみたいだけど、ウサピィさんって名前のビヨウ室のオーナーなんだよ……!」
マサムネはカコクの言葉に同調し、真剣に答えた。だが、内容は別にシリアスでもなんでもない。
「変な名前、だな……!」
「うん、変な名前だよ……! その変な名前の彼と3人で、シディアの父親になろう」
「おう、そうだな……!!」
マサムネとカコクはガシっと、熱い握手をした。
『…………』
ふたりの沈黙。
一呼吸分の間。何もなかったように、ふたりは手を離した。
そして、カコクは耳をほじりだす。それを見たマサムネは平常心で。
「ああ、そうそう。ウサピィさんは濁髪だったけど、ルチルちゃんのお兄さんみたいだよ」
「マジかよ。俺の義理のお兄さんになるンだな……大事にしないとだな」
カコクはようやくとれた耳アカをふうっと吹いた。それは霧吹きのように淡く、儚く散らばり、見えなくなった。霧吹きのように消えていったが、もちろん、美しい虹は出来てはいない。出来てたまるものか。
マサムネは本気で結婚できると信じているカコクに。
「う、うん……そうなるといいね」
マサムネは協調性のある大人だ。
「ところで、あのロリ彩髪はシディアの友達なのか?」
「……さあ?」
シディアは、花束を持った女の子に話しかけていた。シディアよりも若い、小さい女の子。蒼色の髪の女の子はシディアと目が合い、もじもじとうつむいていた。彼女の髪型は前髪が極端に長く、外見からでは前が見えづらいのでは? と、心配してしまうほどだ。蒼髪の女の子はシディアに何をしているの? と聞かれ、しどろもどろ答えた。
「……鳥さんにお花を……」
女の子の目線の先には『とりさんのおはか』と書かれている板切れが小山に刺さっていた。シディアはそれに気がつき、パタパタと軽快にお墓の前に立ち、うんしょっと座ってお祈りをした。そして、女の子はお墓に花束を贈り、ふたり並んでお祈りをする。
これは、ユーディが殺めてしまった鳥だということは知らず、シディアと女の子は静かに祈り続けた。
「――アイオラ! 帰るわよ!」
背後から聞こえた突然の声。ふたりは声の方向に振り向いた。
「おかあさん……」
女の子の名前は『アイオラ・オフェリア』。シディアとルビィ、ルチルが卒業した、魔法学校に通う水魔法使い。アイオラを呼んだ人はすらりとした30代後半、40代前半と見える母親だった。
アイオラはため息をひとつ。シディアは少女の名を知り、嬉しく思いながら手を振った。
「アイオラちゃん、バイバイ!」
アイオラはシディアの笑顔に戸惑い、何も言えず母親の元に走った。
蒼色の髪が夕焼けの光に淡く透け、輝いていた。走った時の風で長い前髪から真っ青な瞳が見える。幸が薄い。今にも消えてしまいそうな瞳の輝きは夕焼けの光を取り込んで、無理矢理輝いて見せているようだった。
「……おかあさん、待たせてごめんなさい」
母親はアイオラにため息をし、手を繋いで歩き出した。
カコクとマサムネがシディアに走り寄る。
「シディアちゃん。僕たちも帰ろっか」
「はいっ!」
マサムネは笑ってシディアの手を繋いだ。そしてカコクも「ほらよ」と彼女のもう片方の手を繋いだ。間に挟まれたシディアは笑う。
「さあて。次は通報されないよう、まわりに気をつけて、物陰に隠れながら手を繋いで帰ろうか」
「はいっ!」
「隠れながらか。いい案だぜ。もう殴られるのはゴメンだからな!」
――シディアの視線の先には母親と手を繋いだアイオラの姿。彼女は何も話さず、顔も合わせようとせず、下を向いたまま。
そして彼女は自ら母親の手を離し、後ろにまわす。そして母親に見えぬよう、まるで汚れたものを触ってしまったかのように、服でごしごしと手を拭いていた。
シディアは胸がチクリと痛くなり、叫んだ。
「――アイオラちゃんッ!」
母親はシディアの声に気がつき、アイオラに話しかける。
「さっきのおねえさん、濁髪のお友達が呼んでいるわよ……?」
「……知らない人だから、無視していいと思います。はやく帰ろう、おかあさん」
アイオラはシディアへ振り向きはしなかった。母親はシディア達に会釈をして、マサムネが会釈を返す。カコクは訳が分からず、とりあえず親指を笑顔で立てた。
「アイオラちゃん…………」
シディアの三つ編みが河川から流れてきた冷たい風になびいた。夕日が沈みはじめた夕闇は、紫色に近い蒼い色。
風景と馴染んだアイオラの頭髪はシディアと同じように揺れ、母親から放した手を櫛とし、髪を整える。幼くも知性を感じるが、『とりさんのおはか』と書いた彼女の内心は年相応のものだった。
親子は、道草をするシディア達からどんどん離れた。姿が徐々に小さくなるにつれ、綺麗な夕闇は夜の闇へ変わりゆく。暗がりにのみ込まれようとする親子。それは絶対に助けることが出来ない、底なし沼のようにゆっくり、ゆっくりと。姿はもう見えない。消えていた。