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メトロポリティカ・ラプソディア

作者: 村谷 直

 

 俺は今、人生最大のピンチを迎えていた。

 脇目も振らずとにかく走る。逃げる。ダッシュする。

 昔から逃げ足だけには自信のあった俺だが、まさかこんなところで役に立つとは、人生というのは分からないものである。うん。違う、そうじゃなくて。

 俺は今、何故か警備用機械(セキュリティシップ)に追われていた。しかも三機いっぺんに。

 三錐型(さんすいがた)という形状と追ってくる時の動きからあれは恐らく捜索用に特化した型の機械(シップ)だろう。

 が、そんなことは正直どうでもいい。だってそんなの判ったところで俺には逃げる以外の選択肢が無いからだ。

 何でかといえば、あいつらには国家保安部所属の証であるエンブレムが表面に印字(コーティング)されていない。つまり、あれは公用でなく完全にどっかの団体か組織の私用機械な訳だ。そんな訳の分からない連中に追われたら、誰だって逃げるだろ? 俺だってそーする。

 第一にして警備用機械(セキュリティシップ)なんかに追われるようなことをした覚えもないし……いや、無いよな? うん、無い。多分。――まあいいや。とにかく、公的機関の機械(シップ)じゃないって時点でもうどう考えても怪しさマジ1000%ヤバだし、そんな奴らに捕まってみろ、どんな目に遭わされるか分かったもんじゃない。

 それに、何よりも“逃げろ”と何かが訴えていた。本能というやつか、あるいは野生の勘か。機械化が進んだこの大都市群(メトロポリス)で野生もくそもないと思うが。

 そういう訳で、俺は全力で逃げていた。

 連中が停止状態にあるならまだ話は別なんだけど、まあぶっちゃけ、ああも猛烈な勢いで迫られて来てたらそりゃ逃げる以外の手立ては無いよな、普通。

 んでもって暴力に訴えるという手も当然却下。生身で機械殴ったら絶対痛いし、護身用の武器なんて都合良く持ってる訳もない。

 そもそも俺は喧嘩の類は嫌いなんだ。ほら、俺博愛主義者だし。決して腕っ節が弱いだとか、昔いじめられっ子で逃げ足ばっか速くなったとか、そんなことは絶対に無い。……無いからな?

 そんなこんなで逃げるしかなかった俺は死に物狂いで街中を駆け回っていた。

 普通なら三機もの機械(シップ)に狙われたら逃げ切れる筈はないんだが、そこはもう、火事場の底力って奴だ。人間死ぬ気で頑張れば何とかなる。むしろ頑張らないと死ぬ。マジで。

 という訳で、俺は街を疾走しながら瞬間的に奴らの嫌いそうな道を選び、ギリギリのところで追跡の手を掻い潜っている。

 昔から記憶力だけには自信があったからな。この辺りの地形なら全部把握済みだ。地図(ナビ)なんてなくてもどの道がどう繋がっているか、なんて九九を言うより楽勝だぜ。はっはっはっ。

 なんて余裕をぶっこいてたら、連中いきなり威嚇射撃なんてしてきやがった! おいおいおい!!

 焦る俺の両脇を抜けるようにドウ! と音が走り、前方の壁が爆発するように抉れて崩落する。

 ……おい、威嚇射撃用の弾にしちゃちょっと威力でか過ぎないか? ていうか何で捜索用機械(サーチングシップ)にんなもん搭載されてんだよ!

 さすがにそれには度肝を抜かれ、俺は思わず走る足をほんの少しだけ緩めちまった。それが命取りだった。

 三錐型の最大の特徴は三本の脚部と頂点から伸びる吸盤による立体的な移動だ。それにより壁の側面だろうが天井だろうが何処でも走れるのが連中の利点だった。

 俺がたたらを踏んだその隙を突き、するりと滑るように二機が両側の壁を駆ける。左右に逃げ場のない一本道で前面に回り込まれれば、あっという間に挟み撃ちの出来上がりである。

 最大最悪にヤバイ状況だ。回り込んできた二機と睨み合っていると、頬を汗が伝ってきた。

 三錐型の触手のような吸盤が鋭い勢いで発射される。それで俺を捕らえるつもりなんだろう。

「くそっ!!」

 俺はとにかく必死だった。物凄い勢いで迫ってくるそれを地面に転がって避け、それでも追い縋って来る触手を更に転がって避けた。

 そして転がる勢いのまま流れるように立ち上がるとこれまで逃げて来た道を振り返り、後方を押さえていた一機に向かって突進する。

 三対一じゃ勝ち目はないが、サシ勝負ならまだイケる! ……多分!

 狭い路地裏の一本道。左右に躱せるだけの幅の余裕の無い中、寸でのところで三錐型の触手を避けると俺は全力で駆け抜け、赤い配管工よろしくそいつの頭を踏み台にして大ジャンプした。

 そして着地と同時に次の足をすかさず踏み出す。二機は遥か向こう側、一機は今し方踏みつけた衝撃で暫くは動けない筈だ。

 よっしゃ抜けた! 俺は心の中でガッツポーズした。

 あともうちょっとだ。少しだけ希望も見えてくきた。

 あの手の自動操縦型機械オートマティックシップは基本的に視覚センサーが温度検知(サーモグラフィ)を主体として構成されている。つまり、体温が密集するような場所での追跡にはあまり向かないのだ。

 俺が目指していたのはまさにここ、大勢の人間が闊歩する商店街だった。

 露天商も並ぶこの商店街は、都市(まち)の中心部と違って良い意味で雑然としている。朝から晩まで飽きることなく賑わい続けるこの場所は、まさに格好の逃走場所だった。

 あとは人ごみに紛れて逃げ切るだけだ。この距離と人の多さなら充分いける。

 人の波を押し退けるように掻き分け、路地からとにかく離れる。もう息も絶え絶えで正直立ち止まりたかったが、もう少しだけ耐えろと自分に言い聞かせ、必死に足を走らせた。

 何度も肩をぶつけるが、謝っている暇など無い。心の中でごめんと思いながら、人のより多い方向を探して走っていた時だった。

 目の前が急に開けて、抵抗の無くなった体がつんのめるように前に転げる。

「いってえ……」

 何なんだよ一体。何が起きた?

 無様に一回転して転んだ俺は、もう既にふらふらな体をどうにか起こして、頭上を見上げた。

 そして悟った。

 急に人ごみが消えたのは、今、俺を見下ろしているこいつの仕業だって。

 低く唸るような駆動音。鈍く光るメタルフレーム。二足歩行型の直線的な形状(フォルム)はやたらと上腕部がでかい。それは両肩に機関銃(ガトリング)を装備しているからだ。

 間接部を挟んだその先も機銃か何かを仕込んでいるのか、巨大な円筒型の腕部は人ひとりがすっぽり入れそうなくらいデカイ。脚部はその重量と反動を支えることに重点が置かれている為か、がっしりとしてはいるが素早い動きには向いてなさそうだ。

 戦車を思わせるその姿の上部に、ちょこんと申し訳程度に頭部が乗っかっている。そこに備え付けられた360℃視野のセンサーアイがこちらを無機質に光る目で見ていた。

 そいつは、どこからどう見ても戦闘用機械(バトルシップ)だった。

 人間達は驚き、恐れ(おのの)くように遠巻きにこちらの様子を窺っている。道行く機械(シップ)達もまた何を考えているか分からない様子で事態を見守っているようだった。

 彼らが距離を取っているお陰で、俺とその二足歩行型との周りだけが穴が空いたようにぽっかりと開けていた。 

 きっと悲鳴も上がっていたのだろう。だけど完全に意識が他に向いていた俺の耳には一切届いてなかった。お陰でこのザマだ。くそ。

 二足歩行型の戦闘用機械(バトルシップ)は声帯機関から歪な合成音声を発してきた。

『レンジョウシオン。同行ヲ求メル。従ワナイ場合、コノ場ノ破壊行動ヲ開始スル』

 二足歩行型ははっきりと俺を見ながらそう言った。破壊行動という言葉に周囲にいた人間達は悲鳴を上げ我先にとこの場を離れていく。

 ちょ、おい待てよ! 俺も連れてけよ! 一人にすんなよ怖えだろ!!!

 ……じゃなくて。

 やっと三錐型を撒けたヨッシャ! と思ってたらこれかよ。どんだけついてねえんだ、今日。ていうか俺が何をした、何を。

 誰かとの認証間違いでも起こしているんじゃないかと淡い期待を抱いてみたが、さっきの三錐型はともかく、こいつは自動操縦型(オートマティック)じゃない。どっかに操縦者(ブリッジ)がいる遠隔操作型(マニュアルアクト)だ。つまり、一分(いちぶ)の間違いもなく狙いは俺ってことだ。……第一名前までばれてるしな。はあ。

『繰リ返ス。レンジョウシオン、同行ヲ求メル。従ワナイ場合――』

「あー!! わかった! わかったから! とりあえず銃口下げてくんない!? 怖くて立てもしないんですけど!」

 恐らく通信機関が搭載されている筈だ。でなければこちらの意思を確認することが出来ない。それでは向こうも意味が無い筈である。

 思った通り、機構部からの強烈な排気(パージ)と共にそれまで威嚇するように鳴っていた駆動音が一気に小さくなる。それに俺は少しだけ安堵した。

 俺は二足歩行型の動向に注意しながら、ゆっくりと、立ち上がった。その間も、必死に頭を働かせる。

 ――どうすればこの場を切り抜けられるか。

 俺はまだ諦めていなかった。

 だって、諦めたら絶対終わるじゃん、これ。こんなん出てきたら無事で済む訳がない。本物の紳士なら周りの人間巻き込んで脅すような真似なんてする訳がねえ。変態という名の紳士ならともかく。

「……なあ、あんたら誰? 何で俺のこと知ってんの? 同行を求めるって、どこに?」

 質問を捻り出しながら、少しずつ呼吸を整えていく。多分こいつはさっきの三錐型より機動力は無い。破壊力はあの比じゃないが、少なくとも一発視界から消え失せることが出来れば、逃げ切る可能性はゼロじゃない。あの機関銃(ガトリング)は脅威だが、一度止めた動力(エンジン)を再起動させるには最低三秒は掛かる。それなら。

 質問を重ねながら思考は必死に逃走経路を計算する。相手が答えてくれればそれだけ体力を回復する時間が稼げるのだが、さすがにそこまで都合よくはいかなかった。

『来レバ分カル』

 それだけ言うと二足歩行型は左腕の円筒から出した手甲部をこちらへと伸ばしてきた。おてて繋いで行きましょ、ってことではなく、乗れってことだろうな。多分。

 俺は覚悟を決め、伸ばされた左腕に歩み寄り、そして――駆け上がった。その腕を。

 相手が俺の脚を掴むよりも速く跳ぶように駆け上がり、肩を踏み台にしてその先へと文字通り飛び越える。

 ひ~~~! 高え! 怖え!!!

 飛距離と何分高さがあったので、そのまま両足では着地せず受身を取るように一度地面を転がる。そして流れるような動作で立ち上がると、俺は後ろを振り返らずに猛ダッシュした。

 再び排気(パージ)する音と耳を(つんざ)く駆動音が人気の無くなった商店街に轟く。金属の軋む音と共に機関銃(ガトリング)がこちらに狙いを定め、威嚇射撃を放つ。だが俺は一切振り返らなかった。弾が飛んでくるよりも速く脇の路地へと逃れ、その照準から外れる。

 駆動音が近づいてくる恐怖に心底ちびりそうだったが、もうここまで来たら逃げ切る以外に選択肢は無いと思っていた。

 あの二足歩行型は巨大だ。狭い路地までは追って来れない。だが奴の他にはまだ三錐型がいる。連中も未だ俺を捜していることだろう。どっちに捕まってもアウトなのは火を見るより明らかだ。

 ……あー、ほんと、マジ何でこんなことになったの。俺この十八年間普通に生きてきただけだよ? 今日だって真面目にバイトに勤しもうと愛車走らせて……あ! そうだよ自転車(チャリ)! 逃げるのに必死で忘れてたけど出会い頭に三錐型にぶっ壊されたんだった! ちっくしょお、よくも俺の赤い彗星号を! 追ってきた奴らマジぜってえ許さねえからな!!

 ……いやいや、そうじゃねえだろ、俺。チャリのことよりまず自分の身の安全をだな……

 そんなくだらないことを考えていた矢先だった。

 悪いことってのは三度続くもんだって、昔ばっちゃが言ってた気がするな。まあ俺ばあちゃんに会ったことねえんだけど。

 俺の前に立ちはだかるように、一機の機械(シップ)が行く手を塞いでいた。

 武骨さを感じさせない滑らかな曲線を描く銀色のメタルフレームに漆黒のグラスバイザー。先程の戦車のような二足歩行型とはまるで違う、完全な人型(ヒューマノイドタイプ)機械人形(シップ)だ。しかも、胸部の膨らみとくびれた腰つきというシルエットは、女性型(ガイノイド)のそれである。

 もう、泣いても良いかな。さすがにちょっと諦めたくなってきたよ、俺。

 ここに来て更なる新手。しかも相手は敏捷性と制圧力に長けた人型(ヒューマノイドタイプ)である。破壊力こそあの二足歩行型に劣るとしても、これをやり過ごすのはさすがの俺でもちょっと……というか、普通にめちゃくちゃ厳しい。

 三錐型は自動操縦(オートマ)温度検知(サーモグラフィ)、二足歩行型は機動力の無さというそれぞれの穴を突いてどうにかやり過ごせた。……完全に逃げ切れた訳じゃないけど。

 だが目の前の女性型(ガイノイド)は正直どこに隙を見出せるかが判らない。漆黒のグラスバイザーの奥にあるセンサーアイが何を検知しているのかなど窺い知れないし、そもそも特徴という特徴が見当たらないのだ。言うなりゃ“彼女”は丸腰状態なのである。

 内部機構に武器を仕込んでいるのか。はたまた体術での制圧を得意とするのか。あの手のタイプは大概後者だが、しかし実際動いてみたところを見ない限りは判断のしようがない。

 路地は狭く、横をすり抜けられるだけの幅も無い。仕方なく俺は女性型(ガイノイド)と距離を開けて一度立ち止まった。

 ……後ろへは引き返せない。あっちには二足歩行型がいる。だがこのまま睨み合いを続ければいずれ追いついてきた三錐型が俺を捕捉するだろう。そうなれば今度こそ終わりだ。

 どうにかしてこの女性型もやりすごせないか頭をフル回転させていた。その時だ。

『――生体認証、照合完了。連城(れんじょう)紫苑(しおん)本人と確認。これより任務を開始する』

 ピピッ、と何かのセンサーが音を立てたかと思うと、女性型(ガイノイド)が声帯機関から流暢な合成音声を発声してきた。

 あ、やっぱりこいつも俺狙いか。ですよねー。

 予想通りの結果に、いちかばちか、俺は背後へ引き返すことに決めた。

 俺の本能が言っている。この女性型(ガイノイド)はヤバイ、激ヤバだと。だったらあっちの二足歩行型の方がまだ可愛いと告げていた。あいつ強そうだけど鈍重だしな。

 そうと決まったら即行動。俺は一瞬で踵を返すと元来た道を戻ろうとした。

 ――だが、そうは問屋が卸さなかった。

 俺が逃げ出そうとするのを認めると、女性型(ガイノイド)はなんとその場から跳躍し、俺の目の前に降り立ったのだ。

 駆動音も排気音(パージ)もない。最小限の動力で人一人を悠々と飛び越えてしまうとは、凄まじい運動性能である。脚部に特化した型の機械(シップ)なのだろうか。いや、それはどうでもいいとして。

 女性型(ガイノイド)は追い詰めるように一歩、また一歩と近づいてきた。表情の無いメタルフレームの顔がまた、恐ろしい。

 それにはさすがの俺も(おのの)き、ずるずると後ずさった。

「な、何なんだよ、本当に……」

 思いもかけず声が上擦る。呼吸が乱れているからというばかりじゃない。ここにきて、必死にずっと押し込めてきた恐怖が腹の底から競り上がってきたのだ。

 ――ほんと、マジでお前ら一体何なんだよ……!!

 心の中でそう叫びながら、俺はすっかり壁際へと追い詰められ、その場にへたり込んでしまう。

 すると目前で足を止めた女性型(ガイノイド)は俺を見下ろしながら口部を開いた。

『連城紫苑、その場を動かないように』

「は?」

 次の瞬間だった。

 女性型(ガイノイド)が振り返りざまに回し蹴りを放ったかと思うと、いつの間に接近していたのか、上空から降って来た三機の三錐型が一気に吹っ飛ばされる。

 さっきの連中だ。

「!?」

 俺は驚いて女性型(ガイノイド)を仰ぎ見た。

 女性型(ガイノイド)はこちらのことなど一切見ず、完全に現れた襲撃者の方へと注意を向けている。

 ……今なら逃げられる。

 瞬間的に思った。

 何で同士討ちなんか始めてんのか知らないが、これは好機だ。チャンスだ。逃げるなら今でしょ!

 ……だけど、俺はそうしなかった。

 思考よりも、本能がそう言っていた。……あの女性型(ガイノイド)に従え、と。

 吹っ飛ばされた三錐型が次々と体勢を立て直す。頂点から飛び出た触手は先程までの吸盤状ではなくドリルのような形状に変形している。奴ら、完全に攻撃態勢だ。わさわさと動くあの三本の脚部で奴らは一気にこちらに向かってきた。

 女性型(ガイノイド)は上体を沈めると一瞬で三錐型との距離を詰める。“彼女”は己を貫かんと鋭く伸ばされた触手の一本を躱しながらそれを引っ掴むと力任せに引き寄せ、そのまま他の二体を巻き込むようにぶんと振り回して壁に叩きつけた。

 ぐしゃり、と機械の潰れる音がし、遅れて電気の爆ぜる音と小さな爆発音が上がる。

 だが巻き込まれた二体の方は上手く損壊を免れたようで、壁に張り付きながら再び上空から女性型(ガイノイド)へと迫ってきた。

 しかしそれにも“彼女”は冷静に対処する。レーザーのような勢いで突き刺してくる触手を躱すと反対側の壁を蹴り、三錐型の更に上へと跳ぶとその頭部に踵落としを見舞う。

 どうやら装甲の固さは女性型(ガイノイド)の方に分があったようだ。三錐型はまたしても破壊音を立てて潰れ、そのまま地に落ち爆発した。

 残る一体は離れた場所から威嚇射撃用の機銃で彼女を狙ってきた。しかし壁をも抉る威力を誇る機銃の弾もこの女性型(ガイノイド)には通用しない。雨霰と降りしきる銃弾の中を駆け抜けると、彼女は疾走する勢いのまま腰を落とし、三錐型に正拳突きを放った。

 突きの威力と壁に叩きつけられた衝撃で、最後の三錐型も敢え無く撃沈する。

 こうして、三機の三錐型警備用機械(セキュリティシップ)は全てきれいに片付けられた。

 俺があれだけてこずった相手だというのに、それをこの女性型(ガイノイド)はほんの瞬きの間に見事平らげてしまったのだ。

 俺は座り込んだまま呆けた視線を目の前の女性型機械(ガイノイド)に送っていた。

 ……守られた、のか? これは。

「……あんた、は、俺を追ってる奴じゃないのか?」

 すると女性型(ガイノイド)はその場で振り返り、改めて俺を見下ろして言った。

『肯定。当機の任務は“連城紫苑の保護及び護衛”です。これは現時点における当機の最優先事項に当たります』

「何で俺を知ってるんだ? そもそもお前、誰だよ。誰にそんなこと命令されたんだ?」

 ……まだ完全に味方とは限らない。懐疑的になりながらも、俺は矢継ぎ早にこいつに尋ねた。

 女性型(ガイノイド)はそうと知ってか知らずか――そもそも疑念を抱く思考回路を持っているのかさえ判らないが――聞かれたことに正直に答えてくれた。

『当機は(エス)1ON(ワンオーエヌ)Ⅱ型、固有識別名をアスターと申します。連城博士の命により連城紫苑の警護に任じられました。貴方のことは、連城博士より伺っています』

 アスターと名乗った女性型(ガイノイド)は、淡々とそう答えた。

 だがそれを聞いて俺は、あからさまに顔を顰めた。

「連城、博士……?」

『肯定。連城和人(かずと)博士は当機の設計者であり製作者に当たります』

「そうじゃねえよ。何で、今更、そいつが俺の警護なんか依頼してきやがるんだ?」

 沸々と、それが沸いて来る。そいつは怒りだ。連城和人――親父への、積もりに積もった怒りだ。

 俺の親父は機械工学の世界的な権威だった。その功績は嫌味な程で、子供(ガキ)の頃から耳タコなほど聞かされて育ったもんだ。

 でも話に聞くばかりで、俺は親父の姿を殆ど見たことがない。仕事仕事で、まともに家に帰ってきたためしがないからだ。あったとしても、自宅の研究室で研究に没頭してる後姿くらいなもんだった。

 いつからか本当に帰らなくなって、連絡だって全くないし、一応生きてるってことだけは伝わってきてたけど……そんな風にほっとかれ続けてきたら、そりゃ怒りの一つや二つや三つや四つ、軽く浮かぶってもんだろう。なのに、本当に今更だ。

 だがアスターはそんな俺の怒りなど解る訳もなく――そりゃそうだ、こいつはただの機械(シップ)だからな――やはり淡々と俺の質問に答えてきやがった。

『現在、連城博士の研究を巡って対立が生じています。その余波に連城紫苑が巻き込まれることが予想されたので、当機が貴方の警護に遣わされました』

「はあ? ……ちょっと待て。つまり今のこの状況って、あいつのとばっちりってことか!?」

『肯定。また、対立勢力側が貴方を使って博士の研究を引き出そうという動きも見られ、研究保護の為貴方をこちらが確保しておく必要が生じたことも理由の一つです』

 ……ああ、さいで。つまり、俺、あいつにとって邪魔なのね。どっちにしても弱点になるって意味で。

『事情は把握して頂けましたね。ではこの場から離脱します。捜索型機械(サーチングシップ)は撃破出来ましたが、この辺りにはまだ戦闘用機械(バトルシップ)が配備されている。状況は依然危険なままです。早急にここを離れます』

 俺は答える気になんかなれなかった。なんかもう、怒りも突き抜けて、何もかもがどうでもよくなっちまった感じだ。

 ……だったらさっさと縁でも切れば良かったのに。そのせいで、要らん体力使う羽目にもなった。最悪だ。バイトもサボっちまったし。

 そんな訳ですっかり投げやり状態になっていた俺は、だからうっかり簡単に、アスターに体を抱えられることを許してしまった。

 しかも横抱き――いわゆる、お姫様抱っこである。

 っておいおい待て待て待て!! それを普通成人間近の男にするか!!!?

「ちょ! お、ちょ、待てよオイ!!!」

『何か不都合でも』

「大アリだッッ!!! お姫様抱っこってのは女にやるもんで男にやるもんじゃねえんだよ!!!」

『しかし現在の連城紫苑は著しく体力の低下が見られています。私が抱えた方が逃げるには効率的』

「そういう問題じゃねえーーー!!! 下ろせ! 今すぐ!!!」

 じたばたと暴れに暴れまくったお陰で、どうにかアスターの理解(?)を得られたらしい。しかし完全に下ろしてはもらえず、背負うという形でひとまず落ち着いた。ああ、疲れた……もう家に帰りたい。

 だがそんな俺のささやかな願いはアスターの一言で脆くも崩れ去ることになる。

『ご自宅は敵の目に付き易いので、こちらで隠れ家(セーフハウス)を用意しました。今後はそちらで生活して頂くことになります』

「は? え、何それ。俺もうウチに帰れないの?」

『肯定。情勢が落ち着くまでは、そうして頂きます』

 そうして頂きます、じゃ、ねえだろうがああああ!!!!!!!

 しかしやっぱり俺の叫びはこの機械女にはまるで通じず、アスターは俺を背負ったまま壁を蹴り軽がるとビルの屋上へと上のぼった。

 二足歩行型のいる地上を行くよりもこちらの方が安全と判断したのだろう。ビルの上空には排気の濁った空気が風と共に流れていた。

 曇天の空は夜に近づきつつある。だがそんな空をも焦がしそうな真っ赤な光が眼下から上がり、俺は思わず地上を見下ろした。

 そして、絶句した。

 商店街が真っ赤に燃えていた。壁は到る所に破壊の後が見られ、倒壊寸前の建物さえある。あちこちから火の手が上がり、どす黒い煙を立ち上らせていた。

『レンジョウシオン。姿ヲ現サナイ場合、コノ場全テヲ破壊スル。コレハ警告デアル』

 遠くからあの歪な合成音声が届く。

 あの二足歩行型が、やったんだ。俺が逃げたから。従わなかったから。奴らは、本気なんだ。

 アスターにもあの声は聞こえたであろう。だが彼女は素知らぬ顔で俺に言った。

『聞く必要はありません。現在優先されるべきは連城紫苑の保護です。街の保護にはいずれ保安部が動くでしょう』

 アスターの言うことは最もだった。いずれ保安部の警備用機械(セキュリティシップ)が到着して、あの戦闘用機械(バトルシップ)を制圧する。事態を収めるのも彼らの仕事だ。俺はただ巻き込まれただけの被害者で、責任に問われる謂れも無い。

 ……でもな。

「アスター、足が痛い。一回下ろしてくれ」

 適当な理由をでっちあげただけだが、アスターは素直に了解と言って俺を床に下ろしてくれた。

 屋上の(へり)に近づき、もう一度よく商店街の方を見る。

 遠くから聞こえる、機関銃(ガトリング)の唸り声。奴らはきっと、俺が出て行くまで続けるだろう。

『連城紫苑、感情で動くのは得策ではありません。保安部が動くのを待ってください』

 今にも飛び出しそうな俺を引き留めようとでもしたのか、アスターが警告するようにそう告げる。

 でもな、アスター。お前は知らないだろうけどな……ここは大都市群(メトロポリス)の中でも端の端、末端の人間が暮らす街なんだよ。保安部の警備用機械(セキュリティシップ)の到着なんて待ってたら、被害はどこまで広がると思う?

 俺は振り返ると、精一杯強がった笑みを浮かべてアスターに言った。

「いいや、待てないね。――ここまで好き勝手されて、黙ってられっか!」

 アスターに制止されるよりも速く体を反転させ、俺は迷わずビルの屋上から飛び降りた。

 三階建ての小さなビルだといってもやはりそれなりの高さはある。そのまま落ちれば大怪我必至だ。けど向かいのビルの壁を蹴って上手く下降速度を落とせば降りれない高さじゃない。……多分!

 だんっ! と着地した瞬間には、それはもう、(くるぶし)と膝に激痛が走った。目に涙が滲む。

 それでも立ち止まっている暇は無い。骨が折れなかっただけましだ!

 アスターが追ってくる気配を感じていたがここであいつに引き止められては意味が無い。俺はあらん限りの力を振り絞り、表通りに文字通り転がり出ると二足歩行型に届くだけの大音声(だいおんじょう)で叫んだ。

「いい加減にしやがれ!! てめえらお求めの連城紫苑さまはここだバーーーーカぁ!!!!!!」

 一瞬、全ての音が止んだ気がした。

 そして、三つの視線が俺に向けられる。

 ……気のせいだろうか。それとも目の錯覚か。なんか、二足歩行型、三機に増えてない?

 ガション、ガションと地響きのような歩行音が三つ重なる。

 うん、増えてるね。いつの間に仲間呼んだの。ていうか呼んだなら呼んだって言えよ!!!

 これはさすがに予想外だった。一機ならまだ動き鈍そうだしなんとかなるかなーとかちょっと希望を抱いてたんだけど、三機はさすがに聞いてない。聞いてないよ。泣くぞ。

 だけど泣いてる場合じゃない。そんなことの為にこうして危険を顧みず飛び出した訳じゃないんだ。

 こうして奴らの前に姿を現した今だって、俺には捕まる気なんてさらさら無い。

 じゃあ何でここに来たかって言えば、当然、時間稼ぎのためだ。

 保安部の警備用機械(セキュリティシップ)がここに到着するまでにはまだまだ時間がかかる筈だ。奴らの仕事の遅さには定評がある。誰かが通報していたとしても、あと数分は遅れるだろう。

 つまり、その数分間の破壊を止められさえすればいい。それが出来れば、俺の勝ちだ。

 少しずつ、二足歩行型との距離が縮まる。連中もさすがに学習したようで、俺の動向に注意しながら距離を詰めてきている。

 平静を装ってみてはいるが、正直心臓は張り裂けそうなくらいドックンドックンいってるし、今にも膝が笑い出しそうなくらいビビッてる。

 それでもここは逃げられない。ここだけは、逃げる訳にはいかないんだ。

 その時だった。ゆっくりとした足取りで背後からアスターが近づいてきた。

『連城紫苑、愚かな真似を。あのままなら逃げ切るのも容易かった』

「うるせえな。地元がこんな目にあってんのに知らん顔して逃げられっか。そもそも俺のせい……ていうかぶっちゃけ親父のせいだけど、こういうことになっちまってんだから」

『連城紫苑、勝算はあるのですか』

「ねえよ。ちょっとでも時間稼げりゃいっかなって程度。なあ、お前も協力しろよ。俺の警護用機械(ガードシップ)なんだろ?」

『肯定。ですが、当機の最優先事項は連城紫苑の保護及び護衛です。それにおいては現場からの逃走が最も有効であると判断します』

「じゃあ俺を護衛しつつあいつらを抑えることは可能か?」

 俺は殆ど期待を込めず投げやり気味に尋ねた。

 警護用機械(ガードシップ)は基本的に要人警護――つまり、対人格闘に重点を置いて設計されているものだ。先程の三錐型との戦闘でもアスターは格闘術のみで三機を制圧した。銃器など武器の類を携行しているようにも見えない。格闘制圧術と銃弾をも防ぐ装甲の硬さをもって任務をこなす……彼女は典型的な要人(VIP)警護用機械(ガードシップ)だ。

 その彼女と純粋に戦闘用に設計された戦闘用機械(バトルシップ)が戦うとなれば、結果は推して測らずとも知れる。言うなりゃ戦車に番犬が挑むようなもんだ。

 だが、彼女は一も二もなくこう答えた。

『肯定』

 俺は驚いてアスターを見る。

 通常、機械(シップ)は嘘をつけない。操縦者(ブリッジ)から発信される誤情報ということはあっても、こういった質問に対しては正確な計算を持って答えを出す。そこが生きた人間と機械(シップ)の顕著かつ大きな違いだ。

 だがアスターは俺の質問を肯定した。

 俺を護衛しつつ、奴らを抑えられると、そう言ったのだ。

 嘘を吐けない、“彼女”が、だ。

 アスターの漆黒のバイザーグラスに無数の光が走る。恐らく相手の戦力を演算しているのだろうそれは、ものの数秒で終わった。

 俺はもう一度、アスターに尋ねた。

「本当に、出来るのか?」

『肯定。但し、当機の最優先事項は依然連城紫苑の保護及び護衛に変わりありません。仮にその事項に支障が発生することが予測された場合、当機は連城紫苑の依頼を放棄し、本来の任務に戻ります』

「あ、ああ……ああ、いいぜ。いいぜ、それで……!」

 正直、アスターが戦闘用機械(バトルシップ)相手にどれだけ保つかは判らない。これが彼女の強がりでないことは判りきったことだが、それでも戦力比は相当なものの筈だ。

 だけどこれでアスターが協力してくれるのならば、どうにか時間は稼げるだろう。――勝機は見えた。

「じゃあアスター、悪いが一機だけでもいい、抑えといてくれるか?」

『一機のみ、とは? 残りの二機はどうするのです』

 二足歩行型との距離はもう縮まりきってる。ほぼ射程範囲に入ったといってもいいだろう。

「俺が引きつける。あとは口八丁手八丁と逃げ足でどうにかするさ」

『連城紫苑、それは認められませ』

「あとさ、フルネームで呼ぶのやめてくんね? 紫苑だけでいいよ。連城って言われると親父思い出して胸糞悪いし」

 するとアスターは一瞬沈黙した後、どこか微笑んだような雰囲気で――当然、人工皮膚も張ってないこいつに表情なんてないんだけど――告げた。

『了解。では紫苑、貴方は少し後方へ下がっていてください。三機は私が相手します』

 え、と思った瞬間にはもうアスターは二足歩行型へ特攻していた。

 いくら距離が近づいていたとはいえ、それでも一瞬で敵の眼前へ詰める加速度は驚異的である。アスターは一気に相手との間を詰めると疾走の勢いのまままず一機目の頭部に蹴撃を放った。

 上腕部などと比べれば確かに装甲は薄い筈だが、それでも金属で固められたそれは相当な強度があった筈。だというのにアスターはそれを豆腐か何かのようにいとも簡単に蹴り潰した。

 外部装甲と内部回路がぐしゃぐしゃになって周囲に飛散する。そのまま背中側へ降り立ったアスターはすぐさま体勢を低くした。

 頭部という中枢部を失った二足歩行型は命令機構が錯綜しているのか、腰部(ようぶ)をぐるぐると回転させたかと思うとなんとそのまま両肩に背負った機関銃(ガトリング)を狂ったように撃ち始めた。

 バラダダダダ! とけたたましい発射音が鳴り響き、派手な音を立てて壁が紙屑のようにどんどん抉れていく。

 咄嗟に建物の影に避難したとはいえ、ものすごい勢いで抉られていく背後の壁にはさすがに俺も冷や汗が止まらなかった。

 うおおおい!!! 被害拡大してんじゃねえか馬鹿ーーー!!!

 アスターはといえば、図ったように機関銃(ガトリング)を撃ちまくる機体の足元でうまく射程範囲から外れ、難を逃れている。

 あの野郎、自分ばっかり安地に逃げやがって……!

 だが被害を受けたのは商店街ばかりでなく、他の二機も機関銃ガトリングの直撃を食ったらしい。

 機関銃(ガトリング)の止んだ隙にそっと壁から顔を出して窺い見ると、そのいずれの胴体(ボディ)にもベコベコとひしゃげたような跡があった。

 ――あれでも破れねえのか。どんだけ硬いんだ、あの装甲?

 頭部は思いのほか(やわ)かったが、胴体部分はやたらと頑強に作られているらしい。いやそこ頭部もちゃんとしっかり作れよ。いのいちに壊れてんじゃねえか。設計者、ばか?

 と思っていた矢先、頭部を破壊された奴の動きが止まる。どうやら回路が安定してきたようで、排気(パージ)した後、今度はきちんとアスターの方に照準を合わせて機関銃(ガトリング)を放ってきた。

 ……ああ、まあ、普通そうだよな。大事な部分は一番硬いところにしまうよな。人間の心臓だって脳だって、硬くて分厚い骨に守られてんだから。

 だがアスターに焦りの色は見られない。すぐさま足元から離脱し再び距離を取ると、向けられた銃口の動きに合わせて上手く避けていた。

 あれはさすがに当たると損傷に至るだろうしな。まあ逃げるよな。

 そんな風に考えていた時だ、俺は目を疑った。

『――変形(メタモルフォーゼ)(フォルム)(ブレード)。換装開始』

 雨霰と降りしきる機関銃(ガトリング)の銃撃の中、アスターがそう発声する。途端、彼女の右腕が微かに光ったかと思うと、五本指を持っていた手がみるみるうちに刃の形へと変形したのだ。

 アスターは刃と化した右腕を下気味に構えると頭部を失った一機の元へと駆け抜ける。

 他の二機からも銃弾は飛んで来たが、アスターの狙う一機が丁度直線上に重なる形となっていた為彼女には一つだって掠りもしない。これも計算のうちだというのか。

 そしてアスターは変形させた右腕の刃でもって二足歩行型の片方の腕を機関銃(ガトリング)ごと一息に切り落とした。

 ごとん! と二足歩行型の腕が重い音を立てて落ちる。アスターはそのまま刃を返し、袈裟斬りのごとく二足歩行型を斜めに切り裂いた。

 その光景に俺は思わず口を開けて見入っていた。

 恐るべき斬れ味である。あれはただの刃じゃない、恐らくは高周波ブレードの類だろう。んなもん腕に仕込んでたのかよ、あの女性型(ガイノイド)

 俺が間抜け面晒してる間にも事態は着々と進んでいく。胴体(ボディ)を二分されたそいつは地面にぐしゃりと倒れこむと、バチバチと電流の爆ぜる音と共に停止した。

 爆発しないんだろうかと内心冷や冷やしながら見守っていたが、そこへアスターは更に驚くべき行動に出た。

 なんと彼女は切り落とした二足歩行型の片腕を拾い上げたのだ。

 まさか奴の機関銃(ガトリング)を使う気か? いやいやいや、連中に機関銃(ガトリング)が効かないのは既に立証済みだ。それはアスターも理解している筈。何より、機関部から切断された機銃はそのままじゃ使えない。引き鉄(トリガー)のない拳銃と一緒だ。そんなの俺だって知ってることで、彼女が知らない訳はない。

 だがアスターの行動は俺の想像の更に斜め上を行っていた。

 彼女は右腕の変形を解除すると切断した上腕部から機関銃(ガトリング)の部分だけを引き千切り――この際、この怪力ぶりについては何も言うまい――残った円筒型の腕部を右腕にはめ、言った。

『――接合(コネクト)開始』

 すると再び微かな光を放った右腕から何本もの触手が伸び、それらが次々に上腕部と接着していく。

 それはまるで有機体の結合を見ているようだった。

 光が収まると上腕部は完全に彼女の右腕に接合されたようで、アスターはそれを残る二機のうちの一体に向けた。

 重々しい大砲の如き右腕を掲げる姿は、彼女の華奢とも言えるシルエットと相俟(あいま)って酷くアンバランスに見えた。

『――回路掌握完了。発射』

 アスターの無機質な言葉とは裏腹に、耳を劈くような爆発音と共にロケット弾が発射される。

 どうやらあの上腕部はランチャー機構だったらしい。道理で無駄にでかい筈だ。

 放たれたロケット弾は見事に一機の胴をぶち抜き、その場で大爆発が起こる。

 その余波に吹っ飛びそうになりながら、俺はどうにか壁にしがみついて最後まで事の成り行きを見守った。

 あれだけ巨大なロケットランチャーをぶっ放しておきながら、アスターには反動の衝撃の後すら見受けられない。

 普通なら肩が吹っ飛んでもおかしくない威力だった筈だというのに、アスター自身に損傷らしい損傷はなく、ただその足元が地面に僅かにめり込んでいただけだった。

 そうして、最後の一機はと言えば、実に呆気なかった。

 恐らくアスターの性能に操縦者(ブリッジ)の方が混乱してしまったのだろう。アスターはさっさと上腕部との接続(コネクト)を解除しその場に打ち捨てると、まごつく最後の二足歩行型へ一気に距離を詰めて再び変形させた右腕の高周波ブレードでもってそれを一刀両断した。

 二足歩行型の戦闘用機械(バトルシップ)は反撃する暇すらなく、爆発音を上げて破砕した。

 俺はただ呆然と、その光景を見ていた。

 炎に煌々と赤く照らされる商店街。どこもかしこもボロボロになった壁面と石畳の地面。爆発炎上し、黒い煙を上げる三機の戦闘用機械(バトルシップ)の残骸。

 蒸気と煤煙(すすけむり)が立ち込める中、漸く彼女が背面の機構部から排気(パージ)する。

 武骨さを感じさせない、滑らかな曲線を描く銀色のメタルフレームに漆黒のグラスバイザー。女性らしい柔らかさを表現したシルエットの完全な人型(ヒューマノイドタイプ)要人(VIP)警護用機械(ガードシップ)。……そう思っていた。

 だが、現実は全然違う。

 彼女は、アスターは紛れもなく、戦闘用に設計された――それも、ありとあらゆる状況に適応するよう最新鋭の技術と理論を注ぎ込まれて製造された、最高レベルの性能を持つ汎用型戦闘用機械バーサティリティ・バトルシップだ。

 そんな彼女が、俺の保護と護衛が最優先任務だと言った。

 ――たかだか人間一人守るのに、これだけのもん用意しなきゃならねえって、どんな状況だよ。

 遠くから、保安部の警備用機械(セキュリティシップ)の到着を知らせる警笛(サイレン)が聞こえてきた。

『紫苑、依頼は完了しました。本来の任務に戻ります』

 アスターは傷一つついていないメタルフレームの顔で、無感情に俺にそう告げてきた。

 俺は今日一番の溜め息を吐き出して、思わずうなだれた。

 ……どうやら、俺の人生最大のピンチは、まだまだ始まったばかりらしい。

 

 



 

 

 

 

 

以前別名義で投稿していたものを改稿したものになります。

こちらの続編も、近いうちにお披露目できたらいいなあと思っています。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] すでにツイッターで呟いてしまいましたが、こちらにも残していきます。 痛快で爽快な、SFアニメの一話目を見たような感覚でした。楽しかったです! ちらほら聞いていた通り、バトルシップなアスター…
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