この世界は、下らない。
いや、人間が作る世界は、下らない。
自分と異なる者を拒み、「気持ち悪い」等と言って蔑む、クソ野郎どもが実に多いからだ。
少なくとも、俺はそう思っている。
そう思うのは、実際に俺がそうされているからである。
ふと、周囲を見回す。
ここは、とある中学校の一クラス……まあ、自分が通っているのだが、学校の名前が本当に徒阿瑠中学校だから、初めて見た時には鼻で笑ってしまった。
少し古びて、何度直しても気が付いたらいつも3分ほど遅れている時計。
その少し下に目をやると、朝のホームルームも始まっていないのにあまりきれいではない黒板。
さらにその少し下に視線を落とすと、クラスのクソ野郎達が談笑していた。
―――俺から、明らかに距離をとって。
俺は、生まれつき力が強かった。
それだけならまだ「力持ち」「頼りになる」くらいで、むしろ嬉しかった。
しかし、小学校5年生になった数日後、ちょっとした事件が起こった。
友人が、高校生くらいの不良数人に絡まれていて、俺に向かって視線を投げかけてきた。
涙腺が緩みきった顔で。
恐怖はあったが、勇気を振り絞り、高校生と友人の間に入る形で割り込んだ。
……駄目だ。
……思い出して、何になるんだ?
他に頼っても、俺を助けることは無い。
だから、俺は俺のためにだけ生きることにした。
他人なんて、頼らないと誓った。
「全員席に着けー。出席とるぞー」
がらがらがら、と戸が開き、担任教師の顔がのぞく。
クラスメイト達はふらふらと自分の机に向かうが、俺はさっきから座っているから問題ない。
担任が、面倒臭そうに生徒の名前を呼び始めた。
俺のそばの席には、誰もいない。
数ヶ月前に、数人が転校したのだが、それはばらばらの席の奴だった。
しかし、次の席替えの時、全員が右の隅の席とその周りを空けた。
俺がそこに座ればいいのだと思った。
どうせ、どんなに友好的に接しても、距離が縮むことは無い。
なら、自分から離れて行こうと思った。だから、そこに座った。
担任も、それを黙認した。
「おい、霧砂エイジ、返事」
「……はい」
自分の番が来たので、とりあえず返事をして、しばらくぼうっとする事にした。
もう、慣れた事だ。
いまさら動いても、無駄だ。
そんなことを懇々と思い続けても、俺の気分は憂鬱にならず、まったく変化しない。
それを改めて実感して、俺は自分を嘲笑いたくなった。
「うし、じゃあ転校生、入ってきていいよ」
担任がいきなり言って、クラスが多少ざわつく。さっきから開けっ放しの戸から、転校生と思われる人物が入ってきた。
「はじめまして! 藍原美月です! よろしくお願いします!」
彼女の髪の色は、手を加えた様子も無い黒で、少し長めだった。瞳の色も黒で、懐っこそうで、一般的に人気がありそうな顔立ちだった。
「藍原さんはお父さんの都合でこの学校にきました。じゃ、えーと……」
担任が、チラッと俺の方を見るが、すぐに別の方を見て、席を探し始めた。
「あ、あそこがいいです!」
藍原が、ある一点を指差す。
それを辿ろうとしたが、どう考えても俺の方を指している。
「……え? 本当に………そこでいいのか?」
「駄目ですか?」
担任が聞いたが、藍原は無垢な表情で担任を見た。
流石に、担任として明らかに拒絶するのはよくないようで、「うん、まあ、いい、けど……」と言って、許可した。
と言うか、この転校生は馬鹿だ。
この状況で、俺が避けられている事は、大体誰でもわかるはずだ。
「よろしく、えーっと……えいじ君!」
なんか挨拶された。
「あん? ああ、よろしく」
適当に返事をしておこう。
そうすれば、相手にされていないと思い、自然に避けるだろう。
「ねね、休みの日って何やってるの?」
いきなりか。
全くもって、馬鹿だ。
「ホームルーム中だぞ。黙ってろ」
とにかく、冷たくあしらう事にした。
「うん。じゃあ、終わった後に聞くね」
……純粋すぎる。
まさかここまで馬鹿とは思わなかった。
「……勝手にしてろ」
窓の外を見ようとしたが、窓の手前には藍原がいる。
仕方が無く、何処を見るわけでもなくぼうっとする。
担任が、今日の日程を言っている。まあ、断片的に聞き取る限り、事前に連絡されていたものと変わらないようだ。
チャイムが鳴った。
俺は椅子を引き、席を立つ。
「あ、どこ行くの?」
藍原がすかさず立ち上がる。
「……トイレ」
まあ、その目的はこの馬鹿から離れるためなのだが。
戻ってくるころには質問攻めにあっているだろう少女を見ずに、俺はここから去る。
予想通り、藍原はクソ野郎どもに囲まれていた。
実に、楽しそうに見えた。
廊下でふらふらしてようかとも思ったが、寒い。
教室に入ると、すぐにクソ野郎から距離をとる。
話しかけてくる奴なんて、誰もいない。
それが、一番好ましいことだ。
それなのに、
「おーい、えいじ君!」
囲みから抜け出してきたこの馬鹿は、いったい何なんだろう。
ひょっとして、あれか。
偽善者か。
俺が差別されてることを知って、自分はいい子だからそんなことしませんよー、とかいう馬鹿か。
アホ臭い。
以前も、偽善かどうかは知らないが、俺に近寄ってきた奴がいた。
そいつが高校生に絡まれて、助けを求めてきた時に、助けてやった。
俺は、高校生を半殺しにしてしまった。
辺りに鮮血と肉片が飛び散り、倒れて行く高校生の後ろにいたのは。
――恐怖に塗られた表情の、友人の顔だった。
友人は、叫びながら俺から逃げていった。
それから、そいつも俺を避けた。
ちなみに、俺のこの怪力は、今までに例を見ない病気らしい。
興味を持った医者が調査したりもしたが、力を恐れて逃げていった。
だから、こういう馬鹿は、早めに遠ざけた方がいい。
「一言、言っておくけどな」
「なに?」
少女は、何の恐怖も持たずに聞いてくる。
「俺から離れろ。じゃなきゃテメェもただじゃすまねぇぞ」
簡単なことだった。
いじめられてる奴に味方すれば、そいつもいじめられる。
幸い、俺には「力」があるから物理的ないじめは無いが、この馬鹿はたぶんボコられる。
だから、こうやって脅しておけば大丈夫だと思ったが、
「んー……でもさ、悪い人には思えないんだよねー」
こんなことを言ってきた。
「馬鹿か。高校生三人半殺しにしたんだぞ」
「それでもさ」
脅しも通じない。
それどころか、予想外の事を言ってきた。
「君は、優しい人だよ」
……はぁ?
高校生三人ボコって?
友人のため、なんて一言も言ってねぇぞ?
アホくせぇ。
「だって、私のこと心配してくれたもん」
……何を言っているのだろう、この馬鹿は。
俺は、テメェなんぞ心配した覚えは無い。
「さっき、言ったよね。『俺から離れろ。じゃなきゃテメェもただじゃすまねぇぞ』って」
ああ、言ったね。
「だから何なんだよ」
「と言うことは、『俺に近寄ったらお前もいじめられるぞー』って意味だよね」
うれしいね、馬鹿でも分かるように説明できた。
「それで?」
でもまあ、次に何言うかは分からんが。
「となると、それは『君としては避けたい事』なわけだ」
「………ッ」
びくん、と俺の肩が震える。
そんなこと、言われたことも無かった。
そして、自分でも思ったことは無かった。
なら、何故俺は動揺しているんだ?
「……とまあ、こういう訳だと思うのだよ。当たり?」
こいつの言う通りだと?
俺が無意識のうちに、そんなことを考えていたと?
もう他に頼らないと誓っても、
無意識のうちに、救いを求めていたと?
頭の中が疑問でいっぱいになる。
まともに答えを探せない。
「大丈夫、怖くないよ」
聞こえた声は、一度俺の脳内を白紙にした。
何故とか、どうしてとか、疑問も消された。
そこに、注ぎ込まれた感情。
それは。
「この世界は、君が思っているほど汚くない」
暖かくて、柔らかくて、優しくて。
受け方によっては、今までの自分の考えを全て否定する言葉。
それでも、
今まで、俺が望んでいた物かもしれない。
チャイムが鳴る。
授業開始のチャイムだ。
辺りのクラスメイト達が、せかせかと席に着く。
それに合わせて、俺も席に着く。
隣に、藍原が座る。
藍原を、少し眺める。
藍原がそれに気づいて、とても優しくて明るい笑みを広げた。
少年は、歩いていた。
「よう」
少年の隣に、もう一人、少年が現れた。
少年は、その少年に軽く手を振った。
「おっはよーございますっと」
もう一人、少年が現れた。
その少年にも、軽く手を振る。
「やっほー!」
少しはなれたところから、少女の声が聞こえた。
少年の後方だった。
少年は振り向く。
その少女は、笑顔だった。
それを見て、少年も笑う。
「学校、一緒に行こ。えいじ!」
藍原が駆け寄ってくる。
「おう、美月!」
霧砂は、笑ってそう答えた。
―――あれから、数年後の話だ。
今、
俺は、前を見て生きている。
とても素晴らしい、世界の中で。
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