7.distance ―未来―
「一年、か……」
キリアンから聞かされた事実。
リアの体内に眠るアポトーシスは、生まれながらに僅かではあったが覚醒していたらしい。
幼少期、覚醒を防ぐため手術を受け、一部細胞を除去し、なんとか一命を取り留めたが、最近になって再び活動が見られた。
いっそ全て除去してしまえばいいのでは? と思うが、そうもいかないのが、ルビーアイズの持つアポトーシスの嫌らしいところ。 なんと、全身全ての細胞がそれに変異する可能性があるのだ。
つまり完全に除去すると言う事は、結果全細胞の除去。アポトーシスの恐怖から逃れるには、死ぬしかない。最悪だ。
キリアンの話では覚醒するまでに残された時間は、たった一年。
余命短いと悟ったキリアンは、緑豊かで空気も汚染されていない、高品の片田舎にリアを預けたのだ。
キリアンは街に残り、アポトーシスを防ぐ手立てを探っている。一緒に居たところで辛いだけなのだろう。こんな時でも器用に振る舞えないのは、人間と同じ。
キリアンが過保護だった理由は、そう言う事だったのだ。
そんな話を聞かされた俺は、リアに対して可哀相だとは思う。
でも……、
「会って何日だ? 二日? はは、そんなヤツのために、俺は何真剣に悩んでんだよ?
バカらしい……」
わけがわからない。
今まで他人とある程度距離を置いて、全てにおいて傍観者を気取っていたはずの俺が、なんでこんなに。
「……なんとかして、助けてやれないのかよ!」
悩んでも、答えなど出ない。
問い掛けても、答えは返ってこない。
目にも見えないちっぽけな細胞に、太刀打ち出来ない。
悔しくて涙が出そうだ。
◆
翌日。学生は学校へ、社会人は会社へと向かう。
誰もが大なり小なり悩みを抱えているのだろうが、余命一年、更に不治の病の悩みを抱えているのは、世界でも数えるほどだろう。
当然ながら、授業の内容など頭に入らない。
ただ、悩んでいるわけでもない。
どうにもならないなら、いっそ全てを、その瞬間に詰め込んでしまえばいい。 頭の悪い答えかもしれないが、人間一人の知恵で出せるものなんてこんなもんだ。
放課後。俺はリアを連れて学校の屋上に向かった。 屋上は常時解放され、周囲を囲うフェンスには有刺鉄線がぐるぐる巻きにされている。
その様は、プロレスの金網デスマッチ状態。
「空が綺麗……。空気が汚れてないんだよね」
空を見上げるリアの笑顔を見ていると、とても一年後に死んでしまうとは思えない。今からでもいいから、冗談だと言って欲しい。
「今日ずっと暗いけど、何かあった?」
リアの心配そうな顔に、俺は頭に漂うモヤモヤを払うように首を振った。
「……あの、さあ」
「ん?」
なんて事はない向けられるリアの笑顔に、俺は目を反らした。
その笑顔を見るだけで、逃げ出したくなるくらい、辛い。
「ちょっと、なんで目反らすかなぁ!?」
「……いや、あの、ごめん」
「えっ!?」
俺の素直な態度に、リアはくすくす笑っている。
明るい笑い声に、俺もいつの間にか笑っていた。
悩んでも仕方ない。
くすくす笑うリアに、俺は真剣な眼差しを向けた。
「もしも……後一年しか生きられないとしたら、どうする?」
リアはうーん、とうなりながら空を見上げ、しばらく考えると、何か思い付いたのかこちらに駆け寄ってきた。
「蒼真の血を毎日、毎朝、毎晩頂く!
あとは……、別にどうでもいいかな?」
「どうでもって……。やりたい事とか、食べたい物とか、買いたい物とかあるだろ?」
俺の問い掛けに、リアはいつもと違う寂しげな笑顔を向けた。
「……後一年……。蒼真なら、どうする? どんなにもがいても、どんなに頑張っても、後一年。
私は……、特別じゃなくていい。パパがいて、島崎さんがいて、蒼真がいて……それでいいかな?
向こうにはママが待ってるから、寂しくないよ?」
「……お前、まさか」
リアは俺の言おうとした事を理解したらしく、うなずいた。
ずっと昔、子供の頃から、長くはもたない事を、リアは知っていた。
親の隠し事は、子供にしてみればガラスケースに隠しているようなもの。全て丸見え。
「何が寂しくない、だよ。泣きながら言うセリフか」
うつむくリアの肩は震えていた。
涙は堪えられないもの。笑ったり、怒ったり、泣いたりする事は理屈ではないから。
特に辛い時の涙は、どうにもならない。
「蒼真! 私、死にたくないよ!」
流れる涙を止める裏技なんて、俺は知らない。だからただ、抱きしめる。
癒しにも、励ましにもならないかもしれない。それでも、それしか出来ないから。
「……リア。俺、お前の事が好き……かもしれない」
「かもしれないって、何よ……バカ」
「ヴィゴニアーゼのせいなんかじゃない。俺の気持ち……だと思う」
イマイチしまらない俺の告白に、リアはくすくす笑いながら体を離すと、少し背伸びして唇を近付けた。 唇はいつものように首筋には行かず、俺の唇に重なり、数秒動きを止めた。
その後ゆっくり、名残惜しむように唇を離すと、リアは頬を赤く染めながら微笑んだ。
「私は好きだよ、蒼真の事。出会った日に一目惚れ、みたいな……。
改まって言うの、なんか、恥ずかしいかも……。 ……よーし! 勢いに任せて、大声で言います!」
リアに涙は似合わない。
笑顔でいて欲しい。
笑い掛けていて欲しい。
生きていて欲しい。
やっと、気付いたのに!
お前の事、好きなのに!
後、一年なんて……!
「大好きだよ、蒼真!」
「俺も……。俺も好きだ! リアが好きだ!
だから……ずっと! ずっと一緒に……」
それだけで、もう
何もいらないから
◆
あれから二年後。
俺は高校を卒業し、キリアンが所長を務める研究所で働きはじめた。
研究所の名前は、アンチアポトーシス研究所。 リアが高品に来てから半年後、キリアンはアポトーシスを完全に沈黙させる抗体を発見した。それはなんとブリードだけが持つ特殊なもの。
人間とルビーアイズとの間で遺伝子変化が起き、突然変異したもの。
ただ、培養、増殖してようやく効果を発揮するため、吸血しても僅かな効果しか期待出来ない。
完成品を待たずして、リアの中に眠るアポトーシスは覚醒してしまったが、それでも試作品により、一命は取り留めた。
しかし、脳内の記憶中枢全域にダメージを受け、一切の記憶を失った。
俺はその日、ようやく休暇を取り、研究所に附属するシヴァーディア病院へ向かった。
勢いよく戸を開けて入った病室入口の名札には、『蒼真・S・リアリーデ』と書かれてある。
「ダメですよ。そんな乱暴に開けたら」
「会えると思うと、つい」
リアは病室のベッドをリクライニングさせ、体を預けている。
試作品の副作用により筋力が著しく低下し、今もまだリハビリ中。
病室入口の名札にある通り、俺とリアは結婚した。 俺の記憶が残っていたのかと言うとそうではなく、強引に結婚した。
『結婚しよう!』
『……え? あの、失礼ですが、あなた誰ですか?』
と言う感じ。
リアの混乱を無視して籍を入れたため、しばらく口を聞いてくれなかった。
「リア、調子はどう?」
「快調ですよ。明人さんはお仕事どうですか?」
「アンチアポトーシスの量産が軌道に乗ったんだ。これでもう、ルビーアイズが吸血衝動に襲われる事も、アポトーシスに怯える事もなくなる」
吸血理由であるアポトーシスの抑止が必要なくなれば、当然血を吸う必要がなくなる。瞳が真紅な事を除けば、なんら人間と変わらない身体構造になるわけだ。
「吸血? アポトーシス? 明人さんのお仕事は、難しい言葉ばかりですね」
俺に向けられたリアの笑顔は、あの頃と何一つ変わっていない。
いつだったか、記憶障害である事をリアに告げた時、悲しむでもなく微笑みながら言った言葉。
『過去は思い出せないけど、未来は、進む道はあるから』
過去を思い出せなくたっていい。
これから全てをはじめればいい。
進む道は
あるのだから
Ruby eyes ―進む道はあるから―
―fin― |