6.impulse ―死滅―
ヴィゴニスト。母親以外で近所にルビーアイズがいなかったため、大して気にもしなかったわけだが、自分の知識の無さに今更ながら閉口する。
リアにこのまま吸血され続けた場合、実際どうなるのか。惚れるだけ? イマイチしっくり来ない答えだ。
それ以上に、食物摂取で栄養補給出来るのにも関わらず、なぜ吸血してまで栄養補給する必要があるのか? どちらかで構わないはずだ。そんなに燃費が悪いのか?
昼を頂いた後、例のごとく血を吸おうとしてきたリアを払い、自宅に戻ると、それらについて調べる事にした。
気にし過ぎだとか思われそうだが、そう言うものだから! では納得出来ないのが俺の性格だから仕方ない。
「ヴィゴニスト…………。これは……違うか……」
父の部屋にあるノートパソコンを駆使し、早く、簡単に、正確に答えを導き出す事にした。わけだが、どれもこれも情報は大差ない。
それどころか、8割近くはまったく関係無いサイトにジャンプしてしまい、更にほとんどいかがわしい。
「……ダメだな」
諦めかけていた時、ある研究所に関するサイトを見付けた。
峰ダークマター研究所、と書かれたサイト。
知らない者からすると、100%怪しいネーミングのサイトだが、これは例の事故を引き起こした研究所の名前だ。
サイトを閲覧する中に、ヴィゴニストに関するレポートが書かれてある。
『ヴィゴニスト、呼称ルビーアイズの体内には面白い、いや、恐ろしい細胞群が存在する。
吸血する事は先に述べたが、検査の結果、吸血により摂取した血液は、体内の一部細胞群に大量に運ばれる事がわかった。
ルビーアイズ自身気付いていないようだが、自分以外の体液を摂取、遺伝子変換する事でその細胞群の活動を休眠させている。
細胞内に組み込まれた遺伝子は、アポトーシス』
アポトーシスとは、自殺因子と呼ばれる遺伝子。
人間が胎外に出るまでに指に付いた水掻き状の皮膜が消滅するのは、水掻き部分の細胞がアポトーシスにより死滅するため。
つまり、ルビーアイズは吸血を怠ると体内の自殺因子により、細胞レベルで死滅すると言う事だ。
「なんでこんな大事な情報が流れてないんだよ。おかしいだろ?」
俺は抑えようのない苛立ちを感じながら、調査レポートを更にスクロールした。
『残念ながらこのレポートが大々的に発表される事はない。
ルビーアイズ側の調査員が、これを信じようとせず、公式記録を抹消してしまったからだ。
もし、これを見る事があるなら、信じてくれとは言わない。ただ、吸血衝動を抑制させるような事をしてはいけない。
彼らにとって、血液とはまさに命綱だからだ』
モニターに映るレポートをほったらかし、俺は自宅を飛び出した。
自分の中にあったはずの、ルビーアイズの吸血行為に対するちっぽけな嫌悪感は微塵も無くなっていた。
血を吸わないと細胞レベルで死ぬ。
規模がナノレベル過ぎてわかりずらい事だが、死んだ細胞を補う事が出来るのは同遺伝子細胞だけ。
癌と違い、細胞を食う細胞ではなく、細胞自体が死を選ぶ。目を覚ませば取り返しがつかない。
春美宅の玄関を勢いよく開けると、リアを呼んだ。しかし、顔を出したのは春美だけ。
「春美! リアは!?」
「散歩に行ったみたいだけど。どうしたの?」
「悪い、急いでるから!」
普段見せる事のない焦りの表情に、春美は何事かと首を傾げた。
「そんなにリアちゃんの事心配なのかしら?」
◆
俺は今日歩いた場所をくまなく探す、ような暇はないので、ある一カ所に賭けた。
先程のレポートもそうだが、それと相俟って普段のリアの吸血衝動に不安が重なる。
同じルビーアイズのサリーに比べ、リアは吸血衝動に襲われる期間が異常に短い。サリーは週に一、二回。リアは空腹を理由に吸血するのを除くと7、8時間毎にやたらと吸血したがる。
血を欲しがると言う事は、抑止が間に合っていないのだ。
「あいつのアポトーシス、動き出してるんじゃないのか!?」
頭をよぎる最悪の考えを振り払いながら、俺は公園にたどり着いた。
見渡すと、緑のベンチに座り目を閉じるリアを見付けた。
「おい、リア!」
リアの肩を乱暴に揺すると、寝ぼけているのか定まらない視線でこちらを見ている。
「どうしたの……?」
ほうけた表情のリアを思わず抱きしめると、いつも噛んでいる首筋にリアの顔を当てた。
「あのぅ、こんなに近付けられると吸っちゃうよ?」
「……」
リアは返事が返ってこない事に首を傾げながらも了承していると解釈し、口を開いた。
「頂きます」
首筋に触れる唇の感触は、最初、わけもわからず吸わせた時のものに似て、柔らかい。肌をいたわるように優しく牙を立て、吸い上げる力も吸っているのがわからないくらい穏やか。
「リア、死ぬな」
「……」
その言葉に、リアは一瞬吸血を止めたが、首筋に顔を押し付けられ、半ば無理矢理血を口に流し込まれた。
数十分後。今までの比ではない、長い吸血を終えると、ようやくリアは解放され、息苦しそうに呼吸した。
「どうしたのよ!? あ、危うく窒息、するとこだったわよ!」
リアはあえぎあえぎ声を絞り出すと、ベンチにぐったりもたれ掛かった。
俺はリアの隣に腰を下ろすと、さすがに吸わせ過ぎたのか、うなだれた。
「……お前、なんでルビーアイズが吸血するか知ってるか?」
「栄養補給でしょ?」
返ってきた当たり前過ぎる答えに、俺はため息をついた。
知らなくてもいい。知ったら、どんな顔をするだろうか。きっと現実を受け入れられず、泣き出す。
泣き顔は、見たくない。
「お腹一杯だから、しばらくはいらないかな。
お腹空いたらまたよろしくね!」
「調子に乗るな」
「あれ? いつもの蒼真?」
くすくす笑うリアの笑顔に安心し、俺はベンチから立ち上がった。
「俺、帰るな」
「私も帰るよ」
◆
その夜。ある疑問、いや、不安を確かめるため、リアの父親であるキリアンに電話する事にした。
受話器の向こうから聞こえる呼び出し音に、言い知れぬ不安を感じる。
『もしもし?』
聞こえてきた声は、ルビーアイズ特有の温厚さを感じる男性の声。
「あ、俺、蒼真明人って言います」
『蒼真明人……? あぁ、ウェイトンさんの息子さんか。リアは元気かい?』
「はい、元気過ぎるくらいです。
ところでリア……さんの事で、聞きたい事があるんですが」
『ん? なんだい?』
キリアンの優しい声に、俺の抱いた不安は、もしかしてただの勘違いなのでは? と感じさせるが、それでも聞かずにはいられない。確かめずにはいられない。
「リアさんて、もしかして……」
《続く》 |