5.slave ―惚れ薬―
高品に古くからある寂れた商店街。そこを横目に更に歩くと、眼下に田園が広がる公園にたどり着く。今現在は田園風景ではなく、都市開発による工事現場しか見えない。
古くから親しんだ緑が、味気ない灰色に変わる姿はどこか哀しい。
そんな年寄り臭い事を考えるのは、俺の趣味が散歩だからだろう。まるでセカンドライフを持て余す老人のようだ。
しかし、今日の散歩は賑やか。賑やかと言うか、よく吠える犬の散歩のようで、軽く鬱になる。
「蒼真、ここの眺めサイコーだね! 空中公園とでも呼ぶのかな?」
とくに物珍しいはずもないのに、リアはやたらとテンションが高い。
ところで、なぜ二人で散歩しているのかと言うと、リアに町の案内を頼まれたため。春美も誘ったのだが、休みの日くらいゆっくり寝たいから、と拒否された。俺だって寝たい。
緑色のベンチに腰を掛け、うなだれていると、リアは隣に座り心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたの? そんなリストラされたサラリーマンみたいな、悲哀に満ちた表情浮かべて」
「お前に振り回されて疲れてんの。大部分は吸血によるところが大きい。
吸血をもう少し抑えろ」
「無理!」
しつけとしては、ここでガツンと言うべきなのだが、そんな事を言おうものなら、早速噛み付かれるだろう。
なので、やんわり命の危険を伝える事にした。
「首筋はさぁ、大動脈やら静脈やらが通ってるわけだろ? ここはさ、出血したら本当に危険なわけ。わかるよな?」
俺が首筋を見せてペシペシ叩いて説明すると、リアは俺の言う事など聞いていない様子で今にも噛み付きそう。
と言うか押し倒された。
「コラ! 離せ! 話の途中だ!」
両手を押さえ付けられ、馬乗りされているため、俺はただジタバタするだけ。更に、押さえる力は普段のそれと比較にならないほどの怪力。火事場でもないのに、火事場力が発動しているのか、とことん生命の神秘である。
「ちょっとだけだから! 痛くしないから!」
「だいぶちょっとだろ! とりあえず離れろ! 周りの視線が痛いから!」
それはまあ、公園の、しかもベンチで見せる光景ではない。相手がルビーアイズで、吸血しようとしているにしても、随分いかがわしい体勢だ。
「大丈夫! 私は全然気にしないから!」
「俺は大丈夫じゃないから! 俺は気にするから!」
「目の前においしいものがチラチラしてるのに、我慢しろって言うのが無理なの!」
「わかった! 家でなら吸わせてやるから屋外はやめろ! 風紀的にマズイから!」
その言葉に、リアはようやく俺を解放してくれたわけだが、当然ながら自分の発言に頭を抱えてうつむいた。
「そんなに嫌?」
「嫌って言うか、血は大事なものだから。無くなると当然死ぬから」
「それは怪我なんかの出血の話でしょ?
私達の吸血は、血を吸うのと同時にそれに近い栄養素の分泌液、ヴィゴニアーゼってのを流し込むから死ぬような事はないよ?」
「ヴィゴニアーゼ……、って、それなら血を吸う必要無いだろ? 自分達で循環できるわけだし」
リアはその意見を否定するように首を振ると、口の前に人差し指を立てて少し左右に振りながら、ちっちっと舌打ちした。
「わかってないなぁ。それは私達には栄養にならないの。ヴィゴニアーゼが栄養になるなら、そもそも何も食べる必要無いでしょ?」
「つまり、あれか。人間にのみ反応するって事?」
リアは大袈裟に手を叩き、大正解ー! と言いながら、俺を押し倒した。
まるで巻き戻し。
「だから、ここじゃダメだって!」
「正解したあなたに、私のヴィゴニアーゼをプレゼント!」
「それと同時に俺の血が取られるんだけどね!」
「ギブアンドテイク!」
「互いに了承してこそだ!」
聞き届けられるはずもなく、俺の血液は今まで以上に大量に吸血された。
我慢の限界だったのだろう、リアの吸引力はサイクロン方式の掃除機のパワーなど目じゃない。見えないホコリどころか、カーペットごと吸い取りそうなほど。
お陰でいつも以上にぐったり。散歩コースがフルマラソンのように厳しい。
◆
「た、ただいまー」
出掛けていて誰もいない我が家に、弱々しい俺の声だけが響き渡った。
俺はほふく前進しながら、なんとかリビングにたどり着いた。
ソファーに寝転がり、TVのリモコンを操作して適当なチャンネルに合わせると、番組の情報をBGMにして目を閉じた。
流れてきたのは今更ながら、ルビーアイズの身体構造なんぞの特集。正確には再放送番組。
『ルビーアイズ。これは人間が付けた呼称。正確にはヴィゴニストと呼ぶ。女性はヴィゴニスレテ。
ヴィゴニストは温厚な種族で、友好的。
人間に近い、いや、人間とまるで変わらない身体構造でありながら唯一違うのは、吸血による栄養摂取が可能な事だ。
吸血の際同時に流し込む分泌液、通称ヴィゴニアーゼは、人間にのみ反応する高エネルギー源。
しかしながら、副作用はある。それは……』
とそこで急に番組は中断され、高速道路で起きた大規模な玉突き事故の情報に切り替わった。
『番組を一時中断し、先程起きました玉突き事故の情報を中継していきたいと……』
「玉突き事故か、人事ながら大変だなぁ……」
などとつぶやきながら、一時中断した番組のセリフの続きが気になってしかたがない。
ヴィゴニアーゼに副作用がある。
とりあえず落ち着いて考えると、父親は元気だから命に関わる事でない。頭も中から外から健康。脳障害も毛根へのダメージも皆無。とすると……。
「アキ、お昼出来たよー。今日サリーさん留守なんでしょー、ウチにおいでよ!」
玄関から聞こえた春美ののう天気な声に、面倒な考えを止めると、腹ごしらえのため、春美宅へ向かう事にした。
「いらっしゃーい、蒼真」
席に座るリアを見ると、俺は先程の疑問を思い浮かべずにはいられなかった。 ヴィゴニアーゼの副作用、もしかしたらリアは知っているかも。
リアの隣に座り、聞くべきか悩んでいると、
「な、なにかなぁー? 無言で見つめられると、さすがに恥ずかしいんだけどなぁ」
質問の事ばかり頭にあり、ついついリアを見つめてしまったようだ。
向かいに座る春美がにやにやしている事から、相当な熱視線だったのだろう。
「リア、あの、」
「ん? なに?」
リアは食卓に並ぶ料理をつまみながら、適当に聞き流している。
「ちゃんと聞け」
「え? うん……」
俺の真剣な表情に、リアはフォークを置くと、体をこちらに向けた。
春美からの視点で言えばお見合い状態?
「ヴィゴニアーゼってあれ、副作用あるんだろ? それってなに?」
「あぁー……。言わなきゃダメ?」
「ダメ」
「怒らないでよ?」
リアの言葉にうなずくが、内心ビクビク。一体どんな恐ろしい副作用が……。
「あのぅ……、惚れ薬みたいな……。吸われた人は、相手に心酔しちゃうの」
予想していた悲劇的結果ではないが、なんとも言えない。
俺が心酔しているところでも想像したのか、春美は笑いを堪えるのに必死らしく、プルプル震えている。
「俺はお前に惚れるのか? 絶対なのか? 確実にか?」
「1000%惚れる。心酔しちゃう。奴隷みたいに」
100%の10倍か。神様でもない限りどうしようもないな。
一番気になるのは、最後の奴隷みたいにってところだけど。
「……と言いたいけど、ブリードの蒼真の場合は5、60%かな?」
「そうなのか? 脅かすなよ!」
「私に惚れるの、嫌?」
リアの向ける瞳は小動物が見せる、反対意見を受け付けない反則的な輝くをしている。
考えてもみれば、リアは吸血衝動をイマイチ抑制出来ない事に目をつぶれば、ルックスからなにから全てにおいて五つ星。ヴィゴニアーゼなどなくても……。
「嫌とじゃなくて……」
「無理しちゃって。実はもう効いてる?」
「っ!?」
リアの見せる笑顔に、一瞬呼吸が止まった。
何度も見た笑顔のはずなのに。今まで感じなかったはずなのに。胸を突くこの感覚。
「いや、これはヴィゴニアーゼのせいだから。惚れたとかじゃないからな?」
「なに言ってんの?」
ヴィゴニアーゼのせいだとしたら、奴隷決定? 冗談じゃない。
《続く》 |