4.heavy ―転居―
「そう言う事だったの」
「はい。すみません」
「いいの、いいの。キリアンも慌て者なとこは変わってないわねぇ」
オオカミと一緒に暮らすのは年頃の女子としては断固拒否したい、と言う事をサリーに話すと、それを快く了解した。
しかしながら、俺ことオオカミはすでに殺され掛けたわけで、その事を踏まえると、一刻も早く出て行って欲しい。
「あのさぁ、少しは手伝ってくれないかな?」
リアとサリーはリビングで茶をすすりながら話をしているだけで、荷物を運ぶ気などサラサラない様子。俺と先程帰ってきた父親の高俊の二人で、段ボールを運搬している。
「明人、女性に力仕事を手伝わせるようじゃダメだぞ。男なら黙って運べ」
「高俊さん、ステキよ!」
「そ、そうか?」
ウチの両親は仲が良い。結婚二十周年を迎えても尚新婚のようだ。理由の一つは、ルビーアイズは最盛期の外見を保つ年齢が、人間より遥かに長い事。サリーはとうに40を超えているが、外見は20代前半のまま。
人の愛情は外見によるものではないと言うが、美しい方が得なのは当然の事だ。
ちなみに人間である高俊も40を超えているが、相応のダンディズムが感じられる。老けではなく、渋くなったわけだ。こんな親父に俺もなりたい。
「明人」
「なに?」
「すまん、腰にキタ。あと頼む」
高俊はよろけながらリビングに向かった。
情けない父親の後ろ姿。 前言撤回。あんな親父にはなりたくない。
荷物をトラックの荷台に運び終わると、発進させ、数km進んだ先で停車、荷物を下ろす作業に移った。 とんでもなく無駄な事をしている気がするのは、俺だけだろうか。
とは言え、今回はリアと春美も手伝ってくれているので随分楽だ。
高俊は腰痛を理由に運搬をサボり、運転席でサリーとイチャイチャしている。
「……ねぇ、蒼真」
「ん?」
「蒼真の両親て、すごく仲良いね。なんか、こっちが恥ずかしくなるくらい」
「恥ずかしい? 俺はムカツクけどな」
イライラしながらも荷物を下ろし終えると、次はそれを部屋に運ぶ作業に移るわけだが、さすがに一日に二回も血を吸われたせいで、俺はすでにグロッキー。 春美宅の玄関先に腰を下ろし、休憩する事にした。
「お疲れ様」
「あ〜、おにぎりがうまい〜」
春美の母親、静絵の差し入れのおにぎりにかぶり付くと、空の胃袋に流し込まれ、胃袋が動くのを感じた。
「これもどうぞー」
春美が差し出したのは、味噌汁。具を見る限りインスタント。
しかし、疲れた体にはインスタントの濃い味付けが調度良い。
「あの、島崎さん。急に押しかけてごめんなさい」
「いいよ。アキのとこに泊まる方がよっぽど不安だもん」
「まったくだ。俺は明日の陽を見ずして、あの世に送られるだろうからな」
「やめてよ、もう。
……考えるとさぁ、吸いたくなるんだけど」
リアの見つめる先は、当然俺の首筋。舌なめずりでもしようものなら、ダッシュで逃げ去るところだ。
「もうダメだぞ。献血に行ったら、逆に輸血されるくらい吸われたからな。
これ以上吸われたら、ホントヤバイから」
「……わかったわよ。じゃあ島崎さんの、」
リアが振り向いた瞬間、春美は静絵の後に隠れ、視線が静絵に移ると、静絵は、お風呂の湯止めなきゃ、と言いながら風呂場へ向かった。
そしてその八つ当たり先は当然、
「イタっ!? ちょっ!? リア、ホントダメだって! 吸うな……って」
春美はその状況を頬を赤くしながら見つめていた。 助けようものなら、自分が噛まれるとわかっているため、あえて傍観しているのだろうが、助けてくれないと血が……。
「……ぷぁ。
はぁ、やっぱりブリードの血はおいし……て、蒼真大丈夫?」
「……し、死ぬから、ホント……」
近寄って来た春美は、ぐったりする俺を介抱するでもなく、リアの隣に座ると、口もとの血をハンカチで拭き取りはじめた。
「リアちゃん、アキの血あんまり吸い過ぎると頭が悪くなるよ」
「じゃあ、島崎さんのを」
「好きなだけ、アキの吸って」
俺の寿命がロウソクで表せるとしたら、今現在急激に短くなっているだろう。そして、消費スピードは加速するばかりで、減速はしない。まるで生死の世界を滑走するF1レーサー。
ただし、俺の場合、華やかなゴールフラグとともに結局命尽きるわけだが。
疲労なのか吸血によるものなのか、とにかく体は鉛のごとしだが、それでも荷物運びは手伝わされた。
重労働を強いられる奴隷の気分。
「……これで、最後……」
「ご苦労様」
「……ねぇ、俺ここで寝ていい?」
うつぶせに倒れている場所は、春美の部屋の前の廊下。
もはや寝るとかそう言うレベルの話ではない。意識が飛び掛けている。気絶寸前。
「何言ってんの。そんなとこで寝たらまた吸うよ?」
「いや、あの……ホント、もう……」
迫り来る睡魔を追い払う事が出来ず、俺はまどろみにたやすく飲まれた。
「……あれ? ホントに寝ちゃったよ」
「うーん。リアちゃん吸い過ぎたんじゃない?」
「やっぱりそうかな。ごめんね、蒼真。次からは控めに吸うね」
リアは申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭を撫でている。
「あー、謝りはしても、やっぱり吸うんだ」
リアの言葉に対して、10人中10人が春美と同じ意見を持つだろう。
◆
次の朝。目を覚ますと、見知らぬ天井が映り、重い体を起こした。
昨日の疲れ以上に体が重い理由は、俺の腕に人一人分の体重が掛かっているから。
「……リア?」
隣で寝ている、寝間着姿のリアに気付き、俺は首筋を押さえた。
以前聞いた事がある。ルビーアイズは気に入った血を見付けると、意識が無い状態、つまり眠っている状態でも血を求めて徘徊し、吸血するらしい。
ここまで来ると完全に吸血鬼だ。
「このままだと、リアに血を吸い尽くされるかも。
それより、ここどこ?」
見慣れない壁、天井、家具。今寝ているのはソファー。
思考がはっきりした時、ようやく現状を理解した。
「……俺、あの後、寝ちゃった?」
問う必要はない。それ以外の答えはないのだから。いや、それ以外の答えの場合、夜中に侵入した事になるので、あまりよろしくない。
とりあえずリアを腕から離そうとするが、これがなぜだか剥がれてくれない。 寝ている人間は力のタガが緩いため、全てにおいて手加減がない。
つまり、掴む方向に力が加わるとスッポンどころではなく、限界まで絞った万力に等しい。
「ヤバ、離れない! こんなとこ誰かに……」
「お、おはよー」
「……はよー」
春美は状況を確認するなり、再び自室へ戻ろうとした。
「待て! 春美、助けて!」
「……ぅん?」
「リア!? 起きたか! とりあえず離れて! 色々面倒だから、とりあえず離れて!」
俺の言葉に、寝ぼけ眼のリアはうなずくと、首筋に噛み付いた。
「ちょっ!? リア! 噛み付くな!
うわ、寝ぼけてるからなのか? 吸引力が凄まじい……」
春美は、誰がどう見てもいちゃついているその様子に、薄ら笑いを浮かべた。 実際は地味に生命の危機。
「お幸せにぃ〜」
「幸せなのはリアだけだろ!? 俺は死ぬから!」
「死ぬほど幸せ?」
「そんな事言ってな……、あ、ヤバ、頭、クラクラする……」
俺はその時、世界が白く塗り潰されていくのを感じた。
《続く》
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