2.hunger ―吸血―
昼休み。リアの席の周りは人だかりが出来ている。その影響で、俺の居場所がない。
とりあえず静寂を求めて教室を出ると、二階の端にある美術室に向かった。
美術室は俺の憩いの場。昼休みに人が訪れない事も理由の一つだが、なにより、
「今日も来たのか。君は友人はいないのか?」
言葉に温度さのない、ぶっきらぼうな物言いをしながら美術準備室から出て来たのは、白衣にボサボサ頭の美術教師、伏見りょう《ふしみ りょう》。
名前や言動から男かと思われそうだが、れっきとした女性。
りょうは煙草を口にくわえ、こちらに近付くと、紙コップを手渡してきた。
ここに来るもう一つの理由は、お茶が飲める事。
「友人はいますよ。ただ、賑やかなのは苦手なんで、学校だけの付き合いですけどね」
「ドライなヤツだな、君は。そんな事だと……いや、説教は趣味じゃないから、いいか」
りょうは、水を汲んだビーカーに煙草の吸いがらを浮かべると、背伸びし、俺に、にやけ顔を向けた。
「今日、ルビーアイズが来ただろ? 可愛い娘か?」
「……」
しばしリアの事を思い浮かべる。髪はきめ細かく、綺麗。肌は透き通るほどに白く、誰もが触れるのをためらうほどだろう。
外見だけで言えば、人間のアイドルなど目じゃない。
「なんだ? そうでもないレベルか?」
「見た目はかなりレベル高いですよ。って言ってもルビーアイズはみんな銀髪で肌は白いですけど」
「まあ、確かにな」
りょうは上着の内ポケットから煙草のケースを取り出すと、一本だけつまみ上げ、火を付けた。
生徒の前でこうも堂々と煙草を吸われると、注意するのもバカらしく感じる。
「君は女に興味ないのか? 同じクラスの島崎だったか? あれとも仲が良いだけで、特別な関係じゃないんだろ? それ以外の女子とも特に付き合ってるわけでもなし。
……ホモなのか?」
「違いますよ! 全力で違います!
騒がしいのは、母親だけで足りてるんですよ」
「……マザコンか」
「違いますよ!」
りょうのいらん気遣いを受けながら昼を食べ終えると、教室へと戻った。
リアを取り囲んでいた連中はようやくいなくなっており、俺は自分の席に座る事が出来た。
と同時にリアが俺の襟首を掴んだ。
「離せ! 苦しいだろ!」
振り向くと、リアは少し表情を暗くしている。
「どうかしたのか?」
「お弁当、忘れた」
異種族だろうと、体内構造が同じである以上お腹は空く。当然食物を接触するため、お弁当は人間同様必需品。教科書忘れても弁当忘れるな、と言う格言があるくらいだから、学生生活において弁当のしめる割合はかなりのものだ。
「空腹で頑張れ」
「鬼!」
「俺、弁当食っちまったし、金も無いから売店で買う事も出来ないし。
そもそも弁当分けるつもりも、金を貸すつもりもないけど」
「悪魔!」
リアの睨み付ける視線を無視して、次の授業の準備をはじめようと机の中を覗いた瞬間、襟から少し出ている首筋に、冷たい感触が伝わり、首筋を押さえて立ち上がった。
リアがしようとした事に対し、俺があまりに過剰に反応したため、リアは驚いているのか微動だにしない。
「お腹、空いたからつい。あの、ごめん」
子供が見せるような悲しげな表情に、ため息をつくと、リアの手を掴み教室を出た。
「一回だけだからな!」
「あ、ありがと」
空腹のせいか、リアは先程のハイテンションが嘘のようにしおらしい。
出会って間もないルビーアイズに、なぜここまでしてやるのか、俺自身理解出来ない。
わけのわからない苛立ちを感じながら、再び美術室に向かうと、りょうがいない事を確認し、俺は上着を脱いだ。
「それじゃ、頂きまーす」
リアはご馳走を前にしたように舌なめずりすると、俺の首筋に噛み付いた。
先程教室で首筋に触れた冷たい感触は、リアの牙。 ルビーアイズは食物接触以外にも、体液、つまり血液からも栄養を吸収出来る。それがルビーアイズが苦手なもう一つの理由。
首筋に触れるリアの柔らかい唇の感触と、僅かに肌を刺す牙の冷たい感触が体中に伝わり、少しばかり意識が遮断される。
ゆっくり、優しく血液を吸い上げられる感覚は、痛感や快感などでは言い表し難い。
数分ほどの吸血を終え、ようやくリアは首筋から牙を離すと、唇や手についた血液を丹念に舌で舐め取った。
「あのさぁ……その舐めるのどうにかならないのか?」
「どうにか?」
手にこぼれたり、首筋から流れ出た血液も丹念に舐め取るのが、ルビーアイズの習性のようだが、俺は正直恥ずかしくて直視出来ない。両親の吸血行為はノロケのようで腹が立つが。
「うーん、無意識だからどうにも。なんで? 変?」
「なんか、こう……」
とその時、五時限目開始のチャイムが美術室内に響き渡り、二人は教室へ走った。
「ねぇ、蒼真!」
「なんだよ! ……あぁ、お前吸い過ぎだろ、頭クラクラする……」
「あのさ、明日も吸わせてよ」
「一回だけだって!」
「ケチ」
「ケチで結構」
毎日のように吸われたらこちらの血液補給が間に合わず、いつかすっからかんにされてしまう。冗談じゃない。
けど、リアの笑顔を見ていると、なぜかそれも悪くない、などと思ってしまう。会って間もないのにそんな事を思うなんて、今日の俺はどうかしている。
◆
本日の授業が全て終了し、帰宅部に所属する俺は帰宅部員らしく、さっさと家に帰ろうと席を立った瞬間、リアに手首を掴まれた。
嫌な予感がしながらも、リアに目を向けると、
「お腹空いた」
「他のヤツに頼め!」
「ブリードの血は一番おいしいの! それにみんな初対面で頼みずらいの!」
「俺も初対面だけどな! いいから離せ! 俺の血が無くなる!」
二人のやり取りに辺りからくすくす笑う声が聞こえ、俺はそれに耐えられず、リアの手を払い教室から出た。
すると、リアも後を追い掛け教室を出て来た。
「付いて来るなよ」
「私も帰るだけですぅ!」
二人はまるで軍隊の集団移動のように、一指乱れぬ動きで階段を下り、下駄箱で靴に履き替えていると、そこへ春美が現れた。
どうやら一部始終を見ていたらしく、薄ら笑いを浮かべている。
「もぅなにぃ〜? いつの間にそんな面白い仲になったわけぇ? 思わず吹き出しそうになったじゃない」
「吹き出した後だろ」
「えーと、同じクラスの人ですよね。ごめんなさい、まだ名前覚えてなくて」
リアの申し訳なさそうな表情に、春美は笑顔で両手を振った。
「いいよ、いいよ。
改めて自己紹介するね。私は、島崎春美。こっちは、」
「俺はいいだろ?」
「ごめんなさい、どちら様でしたっけ?」
リアと春美の連携に、いい加減ツッコむのも面倒になった俺は、さっさと歩き出した。
「いいよ、もう。いっそ覚えないでくれ! もう俺帰るから! じゃあな!」
立ち去る俺を見送ると、残ったリアと春美はくすくす笑い合った。
「スネてやんの! カワイイー」
「あんまりイジメると、蒼真が可哀相だよ」
二人は笑いながら、遠くに見える背中を追い掛け走り出した。
《続く》
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