38:ヴィンセントの手料理
すっかり日が暮れてしまった。
アダムと共に塔に戻ると、ヴィンセントが塔の入り口で待っていた。
「ただいま戻りました」
アリシアが声をかけると、扉に寄りかかって俯いていたヴィンセントがぱっと顔を上げた。そして一つため息を吐いた。
「よかった……帰りが遅かったから……」
どうやら心配させてしまったらしい。
「すみません。思ったより時間がかかってしまって」
「いや、俺が勝手に不安になっただけだから……」
アダムが首を傾げた。
「俺と一緒に出掛けてたから心配いらなくない?」
「遅いから、途中で解散したのかと……彼女はここに慣れていない」
確かにアリシアは都会には慣れていない。この間怖い話を聞いたばかりだ。今後も一人で出歩くのはやめようと心に決めた。
「心配していただいてありがとうございます」
「いや」
アリシアが微笑むと、ヴィンセントは少し頬を染め、顔を背けた。照れているのだろうかとアリシアが不思議に思っていると、アダムから紙袋を手渡された。
「じゃあ、俺はお邪魔だろうから、先に帰るね」
「お、お邪魔って」
「じゃあねー!」
言いたいだけ言って去って行ってしまった。
アリシアがヴィンセントに向き直ると、ヴィンセントは無言で扉を開けた。どうやら入れということらしい。アリシアは扉を開けてくれたことに礼をいい、塔の中に入った。
中に入ると、ふわりと香ばしい香りが鼻孔をくすぐった。アリシアは適当なところに紙袋を置いて、食卓を見る。
「わあ! ご飯作ってくれたんですね!」
喜ぶアリシアに、ヴィンセントは少し嬉しそうな顔をした。
「ああ、この間、串焼きを気に入っていただろう? 同じ味付けで肉を焼いてみたのだが」
「すごくいい匂いです!」
アリシアが匂いを嗅ぐ仕草をすると、ヴィンセントがクスリと笑った。が、すぐに我に返ったように、無表情になってしまった。
笑顔が一瞬だけだったのを残念に思いながら、アリシアは席に着いた。食事前のあいさつをして、ヴィンセントの焼いてくれた肉を口に入れる。
「おいしい! とってもおいしいです!」
「そうか」
アリシアの言葉に、ヴィンセントはほっとした様子を見せた。
「しっかりした料理を作るのは久しぶりだったから、口に合ってよかった」
「ヴィンセントさんは、料理ができるんですね」
この間もおかゆを作ってくれた。二百年前のヴィンセントは料理はあまり得意ではなかった。
「二百年、一人で暮らしていれば料理ぐらいできるようになる」
そうだ。彼は、二百年間一人でここに暮らしていたのだ。
「今は」
たった一人で、ここに。
「今は、私がいますよ」
できれば、これからも一緒にいたい。そんな期待を込めた言葉に、ヴィンセントは気付いただろうか。
「そうだな」
なぜか泣きそうな顔でヴィンセントが言った。