29:アリシアの過去 4
今日も今日とて『祝福』をする。
この時ばかりは、アリシアは森から出る。
『祝福』を受けた兵士は緊張した面持ちをしていた。新人兵なのだろう。彼はこれからどのように行動していくのだろう。アリシアにはわからない。
でも、きっと父は彼を道具として扱うのだろうと思うと、悲しい気持ちになった。
「アリシア様」
自分を森に送る兵士が、自分を呼んだ。
「自分は、先日、首を切られました」
兵士はそう言って首を撫でた。その首に傷は見当たらない。
「そのとき、幼い娘の姿がよぎりました」
兵士は体を震わせた。
「私は」
兵士は首から手を退けた。
「私は、生きたいと思った」
アリシアを見つめる瞳からは、侮蔑は見受けられない。
「あなたは、きっと『祝福』はするべきではないと思っているのでしょう。しかし、そのおかげで私は生きている」
兵士が自分の胸に手をやった。自分の鼓動を確かめているのかもしれない。
「私は、この力に感謝しています」
兵士がアリシアに傅いた。
「あなたに、感謝しています」
どうか忘れないで、と兵士が言った。
◇◇◇
アリシアには、一か月に一度、弟との面会が許された。
弟が虐げられず、きちんと生きていなければ、アリシアが父に従う謂れはない。
下手に弟を出し惜しみするのは危険だと考えたのだろう。アリシアの希望はあっさり通った。
ただし、見張りつきで、事細かに父に報告される。おそらく、弟に必要以上に『祝福』をしないようにだ。今、アリシアのために動くなら、弟しかいない。
だから面会は十分間だけ。何かしようものならすぐに弟は連れていかれてしまう。
「姉上」
弟の声は、すっかり低くなった。
背も伸び、もう子供とは言い切れない。しかしどんなに大きくなろうと、アリシアにとって弟は可愛いままだ。
可愛い、大事な弟。
「最近、兵士に礼を言われるの」
自分で用意したハーブティーの入ったカップに手を添える。温かい。
「私は」
でも手が震えるのはどうしてだろう。
「私は、いいことが、できているのかな」
大きくない家では、声が良く通る。
「姉上」
弟の低い声が耳朶を打った。
「姉上は、悪いことなど、一度もしていません」
弟は、幼い頃と変わらぬ笑みを浮かべる。
「姉上。昔一緒に読んだ、魔女と英雄の話を覚えていますか」
「ええ」
それは、幼い頃弟とよく読んだ話だ。
魔女が弟子をとった。弟子はやがて魔王を倒し、英雄になる。
アリシアが好んでいる絵本だった。
「もし、姉上に弟子ができたら」
弟がアリシアの手を握った。
「その人は、きっと英雄になりますよ」
「……クロード?」
何の話だろう。閉じ込められたアリシアに、弟子などできるはずがないのに。
「大丈夫」
クロードが手に力を込めた。
「大丈夫ですよ、姉上」
アリシアによく似た顔で、弟が笑った。