24:風邪をひく
あの子が、痛いと言ったから。
あの子が怪我を怖がるから。
だから。
だから、祈っただけなのに。
「化け物!」
ごめんなさい。
化け物で、ごめんなさい。
幼いアリシアが、泣いた。
◇◇◇
嫌な夢を見た。
アリシアは重たい瞼を開けた。
頭が痛い。体もだるい。この症状には覚えがある。
風邪だ。
どうも重症らしく、起き上がれそうもない。
どうしたものかと考えているところに、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
自分の声ながらひどいガラガラ声だった。
扉を叩いた張本人であるヴィンセントは、恐る恐るという様子で、部屋に入ってきた。思えばヴィンセントがアリシアの部屋に入るのは、最初に案内をしてくれたとき以来である。
「起きてこないから様子を見に来たんだが」
おそらくいつもの朝食の時間を過ぎていたのだろう。アリシアには今が何時かということを確かめる気力もなかった。
「風邪を引いたようで……」
喘鳴交じりに答えると、ヴィンセントが少し狼狽えているのがわかる。
「そうか。あとで簡単な食事を届けよう」
「ありがとうございます」
辛うじてお礼を述べると、アリシアは再び瞼を閉じた。目を開けているのも億劫だ。
ふわりふらりと漂う意識の中、ふいに体を揺さぶられ、渋々目を開ける。
「ミルク粥を持ってきた」
どうやら目を瞑っていただけではなく、しっかり眠っていたらしい。
出来立てだろうミルク粥は、ほこほこと湯気が出ていた。
「ありがとうございます」
先ほどより幾分か声が出る。眠って体力を回復させたのがよかったのだろう。
アリシアは差し出されたミルク粥を受け取り、ふうふうと息を吹きかけて少し冷ますと、そのままパクリと口に入れた。
「おいしい」
暖かなミルク粥が痛い喉によく沁みる。アリシアはもう一口食べた。空腹を感じはしなかったが、どうやら体は栄養を必要としていたらしい。そのまま体が欲するままに黙々と口に運んだ。
あっという間に完食し、礼を述べるアリシアに、ヴィンセントは水を差し出した。受け取り一息に飲み干す。
「水瓶をここに置いておくから、適度に水を飲みなさい」
「はい」
まるで小さな子供に言い聞かせるみたいだとアリシアは思ったが、それもそうかと思い直す。
二百年生き続けたヴィンセントにとって、十八年しか生きていない自分は、子供のようなものだろう。
ああ、いつもはこんなことを思ってもなんとも感じないのに、今はそれを寂しく感じる。
それに、弱っているときは、色々なことを思い出す。
気付いたら、退室しようとしたヴィンセントの袖を握っていた。
「少し」
未だ掠れた声で言った。
「少し、話を聞いていただけませんか」
前世でも今世でも、誰にもできなかった話を。