幻の異世界《ハルシオン》への鍵
こんばんわ、短編ハルシオン後半です。
まだ前半を読んでいない方は、
幻の異世界をご覧になられた後でこの作品をどうぞ。
そうじゃないと話に付いていけないので。
四六時中ゲームや漫画やアニメ三昧に明け暮れる日々を送る、
誰もが認めるニートなダメ人間の青年ガイル。
彼はメールに添付された育成ゲーム「電脳獣ハルシオン」をダウンロードした。
幻と出会った日から、彼の世界は大きく変わった。
いや違う。世界という物語がやっと始まったのだ。
そう数多の生命体を巻き込む事になる、物語という名の一つのゲームが……。
たった一つの五分だけの幻を巡り、
少年は巨大な二つの存在に立ち向かう。
それは護る為では無く、破壊する為でもない。
――これからも一緒にいたい。
自分の想いを貫く。ただそれだけ。
夢と幻という二つの非存在が、
組織と殲滅者と重なる時、
幻の異世界が誕生する。
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昨日と同じ。また見える。
闇が支配する空を静かに見守る使い魔。そう、月という名の天の使い魔が現れた夜。
――昨日と同じ夜。とある"一点"を除いては。
今日は三日月で、昨日は満月だったという事だ。普通はそんな事など気にもとめないだろう。まぁ、勿論だがそう言うのが好きな人は違う。
ちなみにこの物語の主人公である少年――顔の良さはどちらかと言えば中の下に入り、何気に肩まで届く銀色のボサボサ髪と真っ赤に燃えるような紅の瞳が特徴のいたってノーマルな大学二年生。
メガネがトレードマークで副業はニート。
「メンドくせぇ」と「ダルいです」が外の世界における口癖。
名前は自称ガイル。彼は前者の、"月など気にもしない"類にカテゴリされるのだが。
近いうちに彼は"二つの月"とは切っても切れることない何かで結ばれることになる。
「遊ぼう」
夢の中で聞いた低い声がガイルの部屋全体に響いた。普通に考えれば有り得ない。
幻聴? かと思われるが、その回答は不正解。何故ならリアル過ぎる。声はハッキリと聞こえたからだ。
第三者? 生憎だがガイルは一人暮らしなので、その回答も不正解。
では何処から? そして誰が?
答えは直ぐ目の前にある。それを見たガイルは目を見開き、凍りついたように動きの一切が止まった。
視線の先にある、愛用するノートパソコンの画面。その中に、
『ガイル……遊ぼう』
と白い文字で書かれていた。
そしてアニメーションを辞め、こちらを見詰めながら微笑むハルシオン。
これらは未だに予兆。つまりプロローグに過ぎない。
何の?
――それは勿論、破壊と創造の楽しいゲームの、だよ……♪
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「あァァァァァァァァァァァ!!」
力一杯パソコンを床に叩き落す。
そのまま立ち上がりパソコンを踏み潰そうとした所で、我に返る。
余談だがガイルはホラー系が大の苦手なのだ。
一人暮らしなのだけれど、真っ暗な空間が怖く、部屋の明かりは年中無休とガイルの為に照らし続けている。
「ハァ……ハァ……な、なんだよ」
ユックリと深呼吸をして息を整える。
そして現在の状況を整理する。
(ハルシオンをダウンロードして面白くなかったから消した。んでPCを付け直してみると何故か復元されていて。本当にハルシオンかと試したら……喋った)
ガイルは恐怖のあまり叩き落としてしまった、相棒とも呼べるPCを見る。
「いやーないないないよね? そんな事あるわけないっ! 急にアニメーションを止めたから何? そういう風にプログラムされてるだけじゃん? 喋った? 幻聴じゃなければ音声データを再生しただけだろ? ハハハ、俺ってバカだなー、ハハハ」
よっこいしょ、と腰を下げてパソコンを拾い上げる。
周りに目立った外見が無いことを確認すると、
(まだちょっと怖いので)ハルシオンを終了させる。
「よ、よし……気晴らしにオンラインゲームしよーっと……って、え?」
そのままオンラインゲームをプレイしようかと起動しようとしたところで、"とある"ことに気づく。
画面の右下のタスクトレイにあるモノ。音量。あれが"ミュート"になっている。
ここでフッと、ある事を思い出す。
ガイルはPCゲームをやる時は決まって音を消す。
何故なら煩い、からだ。大好きなオンラインゲームも無音でプレイしている。勿論なのだけれどハルシオンをプレイする前もミュートだった。
何故ならオンラインゲームの後でやったからミュートを解除していないからだ。
そう、ということは……つまりミュートであるからして音声データを再生しても音などはずもない。
「あァァァァァァァァァァァ!!」
本日二度目の歌声という名の悲鳴になる。
腕を大きく振り上げ、今度はメガトンパンチを繰り出そうかとしたときハッ、となる。
「お、落ち着くんだ俺。クールになれ。普通に考えれば分かることじゃないか……」
ガイルはフフっと笑を浮かべた、
「たたき落とした時のショックでミュートになっただけだろ? 幽霊? お化け? ス○ンド? 存在するはずないだろ。ハハハ、俺ってバカだなー、ハハハ」
ゆっくりと落ち着きを取り戻す。
俺の推理力は背が縮んだ名探偵並じゃね、と自画自賛しつつ今度こそオンラインゲームを起動させる。
「なーんかコレ。前と同じ展開……ギルメン誰もいねぇ」
全くどいつもこいつも根性が足りん、と愚痴りながら適当な狩場に向かい時間を潰す。
ちなみに今回は自分のレベルに合った場所であるから、ポーションとかの準備をキチンとしていれば問題なく戦える。
早く誰か来ないかなーっとギルメンを待つこと一時間が経ち、ガイルは漸く気づく。
自分の分身とも言えるキャラクターの異変に。
「あ、あれ? おかしいなギルドマークがない」
このオンラインゲームではプレイヤーがギルドに入ると、名前の右にギルドマークと呼ばれるここのメンバーですという証である旗が表示される。
サティスファクションも同じく。専用のギルドマークがある。ガイルはこのマークをかなり気に入っていた。部屋に大きく飾っているほどだ。
まぁ、話を戻すれけどギルドマークが表示されていない。
「おっかしいな、またバグかな?」
マウスを操作してギルドメニューのウィンドウを表示させる。
以前にも同じようなバグがあり、その時には何でも良いからゲーム内のウィンドウを表示させると元に戻る。
だから今回は同じ手順を踏めば直るはず。
……そう、それがバグであるならだ。
「なっ……どうなってんの?」
ギルメンリストが空だった。初めてゲームをプレイした時と同じような。つまりガイルはギルドには加入していない事となっている。
「そ、そうだ! 兎に角、誰かに連絡しないと」
ギルドメニューを閉じて、フレンドリーリストを開く。
サティスファクションのメンバー全員と友達登録してある。
だからここから連絡……
「……そんなのアリかよ」
出来ない。フレンドリーリストまで綺麗さっぱり初期状態だった。
「もう何がどうなっ」
――刹那――
違和感。それに気づいた時にガイルは思った、何で今の今まで疑問を抱かなかったのか。
時間を確認するため時計を見る。「00:34」と書かれていた。
ゲームの今いるフィールドつまりダンジョン内を見渡すと同時にグルっと一周する。
「やっぱり……何で気づいたんだよ俺……」
ワープ料金は無料でお得な、オンラインゲームなら何処でもある始まりの街に飛ぶ。辿り着いた街もダンジョン内と同じ違和感を感じる。
いや、もうここまで来ると違和感じゃないと思いゲームウィンドウを最小化させてブラウザを起動。
「よし、ネットに繋がるって事は問題は俺じゃないのか……最悪だ」
現在プレイ中のゲームタイトルでググる。検索結果で一番上にあるその公式ページを開く。
そしてページ内の最新ニュースを読みあさり、開発者のブログも見た。けれど何処にも"メンテナンス"とか"接続問題あり"などの記述はない。
というかサーバー絶好調とトップページにデカデカと表示されているではないか。
寧ろ気になるのはニュースやトピックスや記事などの"日付"だ。
さてまず一言だけ、
「あァァァァァァァァァァァ!!」
近所の迷惑も関係なく叫ぶ。ただ叫ぶ。
何故ならここまでホラー的な展開にガイルは耐えられない。
0時から2時と言えばオンラインゲーマーにとっては、現実の昼なのだ。つまり主な活動時間。なのに人っ子一人見当たらない。
そう、まるでガイルだけが世界に置いていかれたかのように。(ゲーム内で)一人なのだ。
次に日付だ。昨日は確かに2015年4月15日。けれど、ネット上では2016年4月16日。一年と一日早い。
「訳分んねー! 何で何で俺だけなの? こういう事は俺じゃなくて"ガゼ"が専門なのにィィィィィ! 何でいつもいつも巻き込まれるんだよォォォォォ! コエーじゃんかコノヤロー! もう幽霊でもお化けでもス○ンドも何でも認めるから元の平和な明るい日常に戻してく」
ピィ――――。
言葉を遮るかのようになった電子音。それはオンラインゲーム内でメールを受信したときになるモノだ。
実はこの時、ガイルは混乱していたので気付いていない点があった。
いや疑問にさえ抱かなかった。
音量がミュートだと言うことを。
「だ、誰だろう? ま、まさかハルシオンって訳じゃないよな?」
恐怖を感じつつガイルはメール開く前に送り主の名前を見る。
名は『カスリアン』だった。
マウスカーソルで内容表示をクリック。そこには短く。
件名【 (no title) 】
本文【 まだいるか? 】
ガイルは心の中でガッツポーズを取った。よし俺以外にも取り残されたやついるじゃん。
しかもカスリアンとか、さすが頼れる副マスターだぜ。
早速、急いでメールを打つ。
件名【 いるいるいる 】
本文【 何が起こってんの? 何で俺たち二人だけ? というかカスリアン今どこだ? 】
返信はすぐに返ってきた。
件名【 Re : いるいるいる 】
本文【 やはり君だったか。一年も何処に居ていたのか心配したが……なるほど君が夢で幻と出会ったのなら何処にいて何故にこの様な事態になったのか大体わかった。なら、単刀直入に言う。育成ゲームハルシオンをクリアしろ。このメールに添付されている"削除ツール"を起動しながらだ。これでハルシオンを削除できる。いいか、俺とこの世界に余り時間は残ってはいない。 このメールに返信せず直ぐに俺の指示通りにしろ。それが解決への道だ。】
「……」
何を言っているんだコイツは? 言葉が出ない。
寝て起きたら未来に飛ばされた挙句に誰もいなくて。
誰かイターっと思ったら、意味不明なメール送ってくるし……。
「ああーもう訳わけんねぇー! いい、いいよ、いいですよ! もう何とでもなれだ! 平和な未来は元素からってな!」
ガイルは削除ツールをダウンロードする。
そして消しては現れ俺の日常を奪った元凶っぽい何故の育成ゲームという名のウィルスハルシオン。
これで終りにしてやる。
二つの実行ファイルを同時に起動させる――。
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『ピッー!! 警報。警報。救世主さま、大変です』
窓の中に広がる、真っ白に塗りつぶされた世界。その中央にはハルシオンがアニメーションをしていた。そして響く機械的な女性の声のアナウンス。自称サポーターだそうだ。
『イマジンウィルスがPCに侵入しました。イマジンウィルスとはハルシオンを殲滅しようとする、"一人の男"に作られた検索と破壊を目的とした、コンピュータウィルスです』
響く声に少し遅れ、世界に一文字ずつ白い文字が書き加えられて行く。
イマジンウィルスとは名前と設定がどうも中二的なような気が……。
『どうされますか? 救世主さま?』
俺に聞かれてもっと一瞬思ったが、黙ってゲームを進める。
『ごめんなさい、僕は君に"迷惑をかけてばかり"だ……』
あれ?
『だから僕は諦めて、受け入れるよ。 ああ、でも勘違いしないで。僕は諦める事を諦める。自分が信じる世界(未来)だけを受け入れる!」
優しい心と強い意志。ハルシオンのセリフに違和感を感じた。
――刹那――
ハルシオンがウィルスの前へと、風の如く一気に駆け寄る。
そのままのスピードで全体重を乗せた一撃を、ウィルスにぶつける。
けれどウィルスはそれを予想していた。
ヒラリとそれを避け擦れ違い様に羽を掴み、四方投げに入り仰け反らせて倒す。
合気道の要領で敵の力を無力化したのだ。
ウィルスはハルシオンを強く抑えつけて、口を大きく開ける。
みるみる内に真っ黒な光が一点に集まっていく。
『ねぇ。小さな火でも誰よりも強く輝くことが出来るよね? だってさ、いき』
――閃光――
至近距離から放たれた一閃の光にハルシオンは飲み込まれた。
けれど確かにガイルは聞こえた。彼のセリフを。「だってさ、生きてるんだもん。そうでしょ、ガイル?」
『ハルシオンの消滅を確認いたしました』
成るほどっとガイルはその場で小さく微笑む。
『5分という短い間でしたけど、良い幻をありがとうございました』
まだ穴だらけだけど、それでもガイルはハッキリと言える。
ハルシオンはウィルスではない。
『それではプログラムを終了します……ハルシオン育成失敗』
白い文字でそう書かれた直後にゲームが強制終了された。
それだけではない、現れたデスクトップにあるファイルが次から次へと消えていく。
削除されているのだ。
ガイルはそれはただ眺めるだけ。何故なら止めることが出来ないだろうと思うから。
ボゥウン!と音を出しパソコンは見事に小さく爆発した。
「ハハハ、俺ってバカだなー、ハハハ」
頭を掻きながら、ゆっくりと自分が理解したことをまとめる。
「まぁ、まずは"遊ぼう"って声だな。さっきのハルシオンのセリフを見る限りじゃ、イメージ的には低い声じゃねー冷たい感じでもない。もっと温かい感じだ。よって声の主はハルシオンではない」
次にと進める、
「ハルシオンが復元した理由を仮にもだ。ただ俺と仲良くなりたいからっと考えると遊ぼうの白い文字も納得。最後のセリフもそうだ。ハルシオンは優しいヤツなんだ。だから迷惑をかけたとかのセリフを言える」
ガイルは立ち上がり玄関に行く。
「ならウィルスは? 俺の仮説が正しいのなら削除ツールだな。あれがウィルス」
ドアノブに手をかけ、扉を開く。
「まだまだあるぜ。もしもだ、PCクラック事件にハルシオンが深く関わっているとすれば被害者やマスコミが黙ってはいないだろう。ネット上の噂の一つもないとすると考えられる可能性は二つ」
目の前の人物に、ビースするかの様に指を二つ立てる。
そいつは無表情にこちらを見つめている。
「一つ。俺がオカルトチックな出来事に寝て起きたら一年後って感じに。他の被害者はハルシオンの事自体を忘れる催眠術的な事をかけられたのか」
ガイルはニヤリと笑い、
「二つ。決められた環境ではないとハルシオンは実行すらしない。けれど何者かがその実行しないハルシオンさえも削除したいと思っているので、今ここに俺の目の前にいるように。ハルシオン所有者一人一人の前に現れては削除ツールを配っていたんじゃないの?」
ガイルはその人物を、入れよっと手招きして部屋に上がらせる。
適当に座らしてはガイルは冷蔵庫からコーラを取り出し、渡す。
「ほらよ。ちなみに決められた環境というのはどう言うアルゴリズムで作られたか知らないけれど、とある人物が所有しているパソコン内であっているよね? カスリアン。ちなみに、それが俺だと」
カスリアンと呼ばれた少年はコーラを受け取る。
内心では驚きながらも、無言のままガイルに頷き返す。
「全くホントに怖い思いしたぜー。絶対に寿命が10年は縮んだぞこれ」
「さすがガイルだな。あれだけでそこまで推理できるとは。だが現実でカスリアンと言うな」
「おっと、すまねぇな"加藤"。ホラーはダメでも、さすがにファンタジー的な非現実とも言える展開にはガゼと"お前の妹"で慣れてるからな」
「……そうか非現実は知っているから故の推理か」
「まぁ、そんなことより……あれ絶対にしないとダメ?」
ガイルは指で壊れたはずの自身のパソコンを指す。
そう壊れたはずのなのだけれど、黒を背景に白い文字でこう書かれていた。
『I choose you. Therefore, you and me !! We meet in the next stage』
「頼むガイル……本当はこうならぬように削除し回っていのたのだが」
「大丈夫だ、心の整理は付いてるから。んじゃー気持ちが変わらぬ内に行きますか。次のステートとやらに」
「行き方は分かるのか?」
「夢だろ?」
「ああ」
「ちょっくら行ってくるから、あと宜しくな」
ニカッとガイルは加藤に笑う。
何を抱えていたか知らないが今まで一人で戦っていた友。
彼の心配を和らげるために、ただ笑う。
――誰の心配してんだよ。俺ならダイジョーブだ。
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ガイルは知らないでいた。
今何が起こっているのか。
この先に何が待ち受けるのであるのかを。
地獄か否か。
それでもガイルは全てを知る友に聞かない。
友も彼に話さない。何故か?
それがガイルと加藤の二人の友情だから。
夢と幻と殲滅者、
現実ではない二つの存在と、
現実を捨てた存在が交わる時、
ゲーム開始の鈴がなる。