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第7話 愛の消えた街(3)
<1>

「……ねぇ、あなたとなら、私は全然平気よ」

「……えっ!?」

 さくらは、うつ向く英二の顔を、覗き込んで微笑みを浮かべた。

「私と、……したいんでしょ」

 英二の膝の上を静かに踊っていた、すらりと伸びたさくらの指先は、英二の内腿に滑り込み、次第に上へと動いてゆく。
 その指の動きで、英二は身体中の血液がドクドクと波打つのを感じ、得体の知れない感覚が、英二の身体中を駆け巡った。
 そして、さくらの指が英二の股の近くまで上がってきた時、英二はさくらに小さく頷いた。

「嬉しい……。あなたとなら、素敵な夜を過ごせそうだわ」

「……あぁ」

「ねぇ、交通費のところ、どれにもチェックされてなかったけど、どうする? あなたなら一万円でいいわよ」

「…………!!」

 ――交通費!?

 英二は、自分が記入したプロフィールカードを見つめた。
 すると確かに、『デートする際に、女の子にお渡しする交通費をチェックして下さい』と下の方に、三千円から様々な金額が書かれたチェック欄があったのだ。

「カネ取んのか……?」

「やだ……そんな怖い顔しないでよ。ただの交通費よ、交通費」

 急に顔を上げて鋭い眼差しで英二に見つめられたさくらは、英二をからかうように微笑む。

「お店の人に聞かなかったの? ここでは普通、女の子とデートする時には、必ず三千円以上の交通費を渡す決まりになってんのよ。……まぁ、私は例えお茶するだけでも、五千円以上の交通費をもらわなきゃOKしないけどね」

 さくらは、鞄からタバコを取り出すと、英二に笑いかけ、火を点けた。

「私、ここの常連の女の子の中では結構人気なのよ。だから、たった一時間のお茶するだけのデートでも、五千円以上は頂だく事にしているの」

 上を向き、ふぅっとタバコの煙を吐き出すさくらは、どこか男を小馬鹿にし、見下しているようで、英二は次第に怒りを覚え始めた。

「ねぇ、どうする? 行こうよ! 私が、大人の関係を結ぶ時は、絶対五万円以上の交通費は貰うんだから。だけど、あなたとなら一万円でいいって言ってんだよ」

「…………!!」

「……それとも、もしかして、私があなたの事を気に入ったとでも思って、タダでセックスができるとか期待してた?」

 とても可愛らしいが、どこか心がなく作られたような笑顔を浮かべ話し続けるさくらに、英二は馬鹿にされているような気になり、拳を力いっぱい握りしめはじめた。


「あんたに払うカネなんてねぇよ……」

 英二は、力いっぱい握りしめた拳を震わせながら、小さく呟いた。

「ははは……。残念ね、あなたの顔、結構タイプだし、まだ若いしあんまお金持ってないだろうと思ったから、超サービスしたつもりなのになぁ」

 さくらは、目を細め、英二の頬に手を添えた。

「俺に触んじゃねぇ!」

 ついに怒りが爆発した英二は、店内に響き渡るように、声を荒だてた。

「ナニ熱くなってんのよ……。馬鹿みたい。男も女も、しょせんお金じゃん。私たちは、お金が欲しい。そして男たちは、私たちとお茶をしたり、セックスしたいから、交通費という名のお金をちらつかせ、女を口説く。しかし女は、自分との出逢いを出来るだけ高く売ろうとする。出逢いなんて、結局はゲームなのよ。そこには、誰もが真剣に愛を求める姿なんてないわ。男にも……女にもね。あるのは男と女のただの駆け引きと――そしてお金だけ!!」

「……あんただけだろ。そんな事考えてんのは!」

「ははは、あなたってホントに、子供なのね。それとも、男のくせに、恋に恋する乙女ってとかな!?」

「なんだと――!」

 英二は、握りしめた拳で、目の前のテーブルを思いっきり叩いた。
 店内中に響く英二の興奮した大きな声と、テーブルが叩かれた大きな音で、隣の部屋にいる順平や拓巳が心配そうに顔を出してきた。

「熱血坊やくん……。あなた、ここのお店に何人の女の子が登録してると思ってんの? ……二千人よ。二千人。つまり、この街のそれだの数の女の子が、男性との出逢いでお金を得ようとしてるって事。……分かった!? それとも、あなた、お金が全てじゃない、だなんてそん古ぼけたセリフでも言いたかった?」

 さくらは、タバコを灰皿に押し当てた後、ヴィトンのバックを抱え、怒りに震える英二を残したまま部屋から出ていった。


「ちょ……待てよ!!」

「あたし……お金のない男に興味なんてないから」

 さくらという女へなのか……?
 それとも、自分が直面した現実へなのか……?

 向かうべき所すら分からない英二の怒りが、じりじりと英二の心を締め付けた。

<2>

「うおおおおおお!!」

 順平と拓巳には何も告げないまま、怒りで店を飛び出した英二は、野獣の雄叫びにも似た声をあげ、雑居ビルの入り口にある出逢いカフェの看板に、握りしめた拳をぶつけた。

 日が沈み暗くなった渋谷の街には、英二の心を嘲笑うかのように、色とりどりのネオンが輝きはじめていた。
 そして、夜空からポツリポツリと降り出した雨は、次第に勢いをまし、容赦なく英二を打つけた。

 髪をびしょびしょに濡らし、怒りに満ち溢れた表情で、肩ではぁはぁと息をしながら、英二は歩き続けた。
 時折、渋谷の街を行き交う恋人たちが、英二とすれ違う度に、哀れむようなの眼差しで、英二を見つめ通り過ぎていった。

『男も女も、しょせんお金じゃん』

『それとも、あなた……お金が全てじゃない、だなんてそん古ぼけたセリフでも言いたかった』

 英二の心に、先ほどのさくらが浮かべていた、心のない作り笑顔が何度も蘇った。

「ちきしょぉ――っ!」

 足元にあった居酒屋の看板を、思いっきり蹴り上げた英二の頬には、ずぶ濡れの髪からしたたる雨に混じり、涙が流れていた。


――真剣に誰かを
愛したかった……
そして真剣に誰かに
愛されたかった……
いつでも俺の望みは
ただそれだけさ
たけど
いつしかこの街は
出逢いを金で売る女たちと
女を金で口説く男たち
そんなヤツらにまみれた
愛が消えた街に
なっちまっちまったのかもな……
もしも
それが当たり前だと
言うんなら
そんな恋愛クソッタレだぜ

俺は……

俺は……


 スクランブル交差点を渡り、ハチ公前に着いた英二は、まるで行き場を失った怒りを冷ますかのように、雨に濡れたアスファルトに大きく足を広げ座り込んだ。

 見上げた夜空からは、シャワーを浴びているかのように、英二の顔に勢いよく雨が降り注がれる。その雨は、英二の心を惑わす怒りや、瞳に溢れる涙を洗い流してくれるようだった。

 どのくらい雨に打たれていただろうか。雨でぼやけた英二の視界に、真っ赤な傘がゆっくり近づいてくるのが映った。

 雨と涙に濡れた瞳のせいで、英二の視界に映る景色はぼやけていたが、なぜかその赤だけは、はっきりと力強く英二の視界に映るのだ。

 次第に、自分に近づいてくるその赤が、英二の視界から消えた時、英二は、自分を打ちつけていた雨を急に感じなくなった。

「何してるの……? こんなところで!?」

 ふいに自分に話しかけてきた人影に、英二はゆっくりと目を向けた。
 すると、そこには、始業式の朝以来、英二が一目惚れをして、ずっと探していた、あの女性が立っていた。

「あなたは……こないだの高校生でしょ」

 驚く英二に、静かに笑顔を向けるその女性は、雨に打たれていた英二を、真っ赤な傘で優しく優しく包み込んでいた。



――例えばこの街に
ホントに愛が
消えちまってたとしても
それはそれで
どうだっていいさ
だって
それでも俺は……
きっと信じてるから
彼女が手にする
この傘のようにさぁ
真っ赤に輝く愛の光を

はじめまして。
あいぽです。

ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。

ついに英二は、始業式の朝に一目惚れをした女性と再会を果たし、次回より、物語は色々と動きはじめます!

皆様に楽しんで頂き、読んで良かったって言ってもらえるように、頑張りますので、次回からも何卒ヨロシクお願いします。


あいぽ
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