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第2話 はじまりさえ歌えない(2)
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 暖かな日差しが、行き交う人々を優しく包み込んでいる、ある春の日の朝、渋谷駅のホームの片隅にある蕎麦屋では、今朝も、英二と順平が、学校へ行く前に蕎麦を食べていた。

「白……ん〜いや、ベージュかな……!? くぅ〜ストライプも入ってる気がするしなぁ」

 カウンターに向かい必死に蕎麦を流し込む英二の横で、先程から両手にどんぶりを抱えた順平は、カウンターに持たれかかり、向かい側のホームを、ぼーっと眺めていた。

「おい順平、お前、ナニ独りでブツブツ言いってんだよ。ちゃんと見張ってんのか!?」

 英二は、そう言うと、手にしていた割り箸を順平の顔に向ける。

「……っ〜か、違うんだよ、英二。ほら、あれ見てみろよ。あっちのホームにしゃがんでる女の子ら、もう少しでパンツが見えそうなんだよ」

「ばーか。お前、パンツなんか見てねぇで、ちゃんと見張っててくれよ」

 眉間にシワを寄せながら、向こう側のホームをじっと見つめる順平に、英二は蕎麦を食べていた手を一旦休め、少し口を尖らせる。しかし、そんな英二に対し順平は、あくまでも向かいのホームから目線を動かさず、英二に話し始めた。

「ばかはお前だよ、英二。何考えてるか知らねぇが、今朝でもう七日目だせ。こんなに人が多い渋谷だ。もう出逢ぇこねぇって」

「分かってるさ!! …んな事。ただ、なんとなくだ。そう、なんとなく。もっかい出逢えたら、運命かな〜なんて。だって、凄くねぇ? もし、また出逢えたとしたら、それこそこんなに人が多い渋谷で、二回も偶然出逢えた事になんだぜ!!」

「……まぁ、出逢えたらの話だがな」

 真っ直ぐに向かいのホームを見つめたまま、コホンとワザとらしく咳き込む順平を、英二は少し睨み付けた。

「……なんだよ!! 順平、なんか言いたい事あんなら、言えよ!!」

「……特に言いたい事はないが、ただ……」

「ただ……なんだよ!?」

 さっきから、自分を理解してくれようとしない順平に対して、英二は苛つきを隠せず、思わず突っかかってしまう。しかし、そんな英二に対して、順平は冷静に問いかける。

「惚れたのか、英二?」

「……あぁ惚れたさ。悪りぃか? 順平」

「英二、お前……、前々から言おうと思っていたが……」

「なんだよ?」

 真剣な表情を見せる英二に対して、順平は、向かいのホームから目をそらし、やっと英二の目を見つめる。

「英二……、お前、ホントに果てしないほどバカだよな」

 そして、英二にそう言った順平は、堪えていた笑いを、ついに耐えられなくなり、英二を指差しながら、大声で大爆笑しはじめた。眉毛をハの字に倒して笑い続ける順平のその目には、笑いすぎて涙が滲んでいた。

「ナニが惚れただよ! 英二、お前、自分で言ってる事分かってんの!? 一回すれ違った程度のどこの誰とも分かんねぇ女に惚れるか、フツー!? ははは……ははは!!」

 
 ことの発端は、先日の始業式の日の朝の痴漢騒動だった。

 あの後、英二は、痴漢されたと訴えていた二十歳くらいの女性が、どうしても気になると言いはじめ、あの日以来、今日でもうかれこれ七日間ずっと、毎朝のようにここの蕎麦屋で順平と一緒に、その女性がもう一度通りかかるのを待っていたのだ。そして、そんな馬鹿げた英二の行動に、呆れながらも付き合っていた順平は、英二が真剣な表情で「その女に惚れた」という言葉に、堪えていた笑いがついに抑えなれなくなり、涙を流しながら大爆笑しはじめたのだ。

「順平!! お前には分かんねぇんだよ、あのヒトの事が! あのヒトは、そう……なんかこぉ〜、寂しさ!? そう、寂しさだ! あのヒトは、瞳の奥に、誰にも気づかれねぇように寂しさをしまい込んでたんだ。そして、その寂しさに俺は気づいちまったんだよ。だから、俺が……、俺があのヒトの寂しさを救ってやんねぇといけねぇんだ! 絶対俺は、あのヒトを幸せにしてやるんだ」

「なにが、俺があのヒトを救ってやるだよ……。救ってやりてぇのは、お前の頭ん中だぜ」

 しかし、ため息をつく順平に対し、両手を握り締め、真っ直ぐに順平の目を見据えて話す英二の目は真剣そのものだった。そこで、順平は、そんな英二に、半ば呆れながらも右の拳を突き出す。

「わぁ〜ったよ! 付き合うよ! お前にみたいな、超がつききれない程の大馬鹿男に付き合えんのは、昔っからオレだけだもんな。ただし、お前、期限を決めろ。いつまでもダラダラと、そんな訳のわかんねぇ女待ってても、お前のタメにはならねぇよ。いいか、今日でちょうど七日目だから、今日までだ。オレたちは、もう一週間待ったんだ。今日の夕方までに再会できなきゃ、お前も男だったらきっぱりあきらめろ!!」

 さっきまでのおどけた表情とは違い、自分をまっすぐと見つめる順平に対して、英二は、少し考えた後うなずいた。

「……オッケー順平! 約束だ。俺はきっと逢ってみせるぜ」

 唇を少し斜めに上げ自信たっぷりに微笑む英二は、順平の目を見据え、順平から出された拳を、自分の拳でポンと叩いた。
 そんな時だった。いきなり順平が興奮気味に大きな声を出して叫び出した。

「あぁぁあああ! オイ英二ぃいい! 見ろよ、見ろよ、見ろよ――!!」

「あぁ〜?」

 英二は身を乗り出し、順平が指差す方を見ると、なんと順平がさっきまで見ていた向かいのホームでしゃがんでいた女の子たちの一人が、ちょっと動いたせいで角度が変わり、英二と順平からは、はっきりとパンツがまる見えになったのだ。

「うぁおおおおお! 黄色だぜ――! 喜べ、英二! オレたちの未来はきっと、あの黄色いパンツのように明るいんだ!!」

 順平は、ガッツポーズをして天を仰ぎ、抑え切れない感情を身体いっぱいで表現していた。
 そして、そんな順平に対し、今度は英二が呆れながらため息をつく。

「……順平、お前、溜まりすぎなんじゃねぇの?」

「バカヤロ! 一日三回のオナニーはオレの日課だぜ!!」

「何ぃ!? お前っ……、一日にそんなにしてんのか!?」

 驚く英二に対して、順平は腕を組み、自信に満ち溢れた表情で、ただ豪快に笑っていた。英二は、そんな順平を見て、ため息まじりに言う。

「順平、お前……、ボクシングで頭殴られすぎて、頭ん中、白いおたまじゃくしに侵されてんじゃね〜か!?」

 そして英二は、おどけて順平の頭にワンツーパンチをくりだした。すると、将来はプロボクサーを目指しているだけあって、順平はタンタンと足をリズミカルに動かし、英二のパンチを軽く避けて、二人のじゃれあいが始まった。

「うっせ〜、英二! この時代遅れの純愛男がっ!!」

「バカヤロウ、お前みてぇなイカ臭い男に言われたかねぇよ!!」

 二人は、渋谷駅のホームの人混みも気にせず、ボクシングの真似事をしながら、時間も気にせず夢中になり、遊びはじめた。


「な〜に、朝からまた馬鹿な事やってんのよ、あんた達は!!」

 突然に、後ろから頭をはたかれた英二と順平が振り返ると、里美が無邪気な笑顔を浮かべ笑っていた。

「あ……、おはよう里美ちゃん。また一緒のクラスになったね」

 里美に気づいた順平は、英二とじゃれあうのを止め、里美の方に身体を向け、真っ赤にした顔をうつむけながら挨拶をする。

「うん、そうだね。順平!! また、この馬鹿男も一緒だけどね……」

 里美は、英二の方を向いて、嬉しそうにあっかんべーをする。

「うっせーよ里美! 順平、 ほらっ今夜のおかずだぁ〜!!」

 すると英二は、笑いながら、里美のスカートを思いっきりめくり上げ、ホームを改札口へと走りだした。視界に、里美の真っ白なパンツが飛び込んできた順平は、声にならない声をあげ、思わずその場に固まってしまう。

「ちょっ、英二――ッ! 待ちなさい! あんたねぇ……!!」

「バーカ、里美、こない俺を馬鹿にした仕返しだぁ〜!!」

 渋谷駅のホームには、今朝も英二たちの無邪気な声が響いていた。



――恋って一体なんなんだろうな……!?
世界中の人たちが
例えばハラを抱えて笑ったとしても
名も知らぬあのヒトへの恋は
俺の心の中の真っ白の地図を
ゆっくり彩りはじめたんだ

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