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魔法と科学と月の詩《更新停止中》 作者:和瀬きの

SPELL 2 【2】

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博愛神



 その日に、山賊たちの間で噂が広まる。使用人だったパサードが、次期頭領の教育を受けていた、と。
 すると今度、話の矛先はカルマに向かう。カルマ以外の者が頭領になることが想像出来ない山賊たちは、カルマの復活を願う。

 そしてカルマが手塩にかけてその器を育ててきたパサード。もう使用人として見る者はいなくなった。同時にこれまで失礼なことをしていなかったか、それぞれが怯えるようになる。
 カルマの知らないところで起こっているこれらの騒ぎは、彼にとっては予想外のことであろう。

 もちろんシエルにはそこまで予想することは出来なかったし、出来たとしても自分を犠牲にクヴァレにとどまるつもりもなかった。アグラードの言う通り、海賊や山賊に振り回されることなく自分の道を行く決意をしたのだ。

 乱れた人々の波が海賊の町ボニートから始まり、山賊の町クヴァレに着いた。シュトライヒ国家からの情報は遮断されていてわからないが、ベティスカの統領継続がそれなりに影響を与えているに違いない。
 今、一番静かに見えるシュトライヒ国家がどこよりも荒れている。そんな気がしてならないのは、そこが閉鎖的な場所だからだ。

 完全に雨季に入ったズユー国。雨粒がミルヒ荒野に降り注ぐ。明日には水を含んでしまい、この地に人が入れなくなる。
 列車は完全に止まり、車や人は荒野を避けて海沿いを行くようになる。雨の影響で海は荒れて船も難しい。一週間程度の短い期間であるが、ミルヒ荒野を境に国はほぼ分断された状態になる。

 それが危険な状態であることをカルマもベティスカも知っている。ただ一人、シュトライヒ国家頭領ファシル以外は。


 * * *


 パサードの噂が山賊たちに知れ渡った頃。その本人は別の場所にいた。

「このような方法で逃げるとは思いませんでした」
「ちょうど山賊たちが外で話を聞いていたし、好都合だったのよ。あなたのことを使用人と見られなくなった山賊は、手が出せないはずでしょ?」
「簡単に言えば、人質ですね」

 一陣の風が荒野を乱暴に撫でていく。パサードは乱れた髪を直すこともせずシエルを見る。強い目に圧倒されそうになり、思わず荒野に目をそらす。

 パサードを連れてやってきた安全圏であるシュトライヒ国家。その入り口である石門の前に二人はいた。
 遠く見える双子鉱山を見遣り、パサードは目を細める。

「カルマさんのことが心配なんでしょう?」
「……そうですね」

 パサードが譲らなかったことは一つ。自分の手でカルマに人魚の血を飲ませることだ。
 それは誰もが知る究極の特効薬。手放せばカルマの口に入らないかもしれないと懸念してのことだ。

 カルマに血を飲ませた後、カルマの回復を待たず、すぐにシエルと共にシュトライヒ国家に向かった。
 山賊の一人が運転する車で行き、着いた頃は昼前だ。
 アグラードのせいで気を失いずっと眠っていたシエル。緊張のせいもあって走っている間は起きていられた。が、パサードもずっと起きていた。さすが頭領の器だと感心する一方で心配にもなる。

「ここまででよかったのに。あなたまでシュトライヒ国家に残るとは思わなかったわ」

 すぐにでも戻ってカルマのそばにいるものと思っていたが、パサードは帰ることを拒否。しばらくはシエルと共に行動すると決めた。

「騒ぎの真っ只中に帰る勇気はありません。それに気になることもありますから」

 パサードを降ろした後、すぐに車は走り出した。パサードが残ることを聞いた時は戸惑っていた山賊も、彼の意志に納得するしかなかったのだ。

「シエルさんに聞いたもの。調べる価値があると思いました。一緒にいた男性が引き入れた殺人魔獣キル・ビースト。それに不穏な動きも感じます」

 変わらない黒服に身を包んだパサード。余計に金髪が目立つ気がした。

「わたしも争いを好まない。出来れば平穏なままであってほしいわ」
「やはり、今はカルマ様が必要です」
「そうね。わたしは起きるまでに二ヶ月かかったわ。間に合えばいいけれど」

 そう言うとパサードは荒野から目を外し、シュトライヒ国家の門を向く。苦しそうに胸を押さえるので、体調が悪いのかとシエルは心配になる。

「あの方は望んでおられたのでしょうか?」

 唐突にパサードが呟くように言う。
 ようやく胸から手を離し、今度は泣きそうなほどに辛い表情を見せる。

「生を長らえ、殺伐としたこの世にとどまり、皆の期待を背負い国を想うこと。簡単なことではありません。あのまま目を伏せたままの方がよかったのかもしれません」

 カルマは死んでいた方が良かったかもしれない。そう言うパサードに、シエルは何も言えない。
 もちろん死んで欲しいとは思っていない。パサードが言いたいのは、その部分ではないことはわかる。
 カルマのそばで、ずっと見てきたのだ。采配を間違えれば、すぐに転覆してしまうほどに危うい状態のクヴァレを、ズユー国を守ってきたのだ。休むことなく、ずっとだ。

「私はカルマ様の本当の笑顔を知りません」
「本当の笑顔?」
「あの方は、常に国を想い考えておられます。気を張っていることが普通なのです。だから、心から笑ったことがないのだと……」
「それは、とても悲しいわね」

 なぜ、ここまでズユー国は乱れてしまったのか。
 三交替制の統領。それだけではない。罪人が多くいることも一つの原因ではあるだろう。それ以上に何かある気がしてならない。

 シエルは海賊を見て、山賊も見てきた。そしてシュトライヒ国家にたどり着くことが出来た。
 この場所を知ることが出来れば、全てが繋がる気がするのだ。

「話によれば海賊も戦闘体勢に入ったそうですね。少しでもヒントがあれば――」
「ごめんなさい。敵と思われて、聞くことも出来なかったわ。多分、殺人魔獣キル・ビーストとオステ国が関係あるんじゃないかと思うけど。詳しいことはわからないわ」
「いえ、充分です。海賊の行動は国の危機を知らせています。私たち山賊にも知らせずに独断で動いたということは、それだけ時間がなかったということです」

 なりふり構っていられない。あの時のベティスカはまさにその状態だった。海賊に何があったかを知ることはかなわない。
 ベティスカが判断を誤るとは思えない。だから、シエルに牙を剥いたことも正しい判断であり、ズユー国を誰よりも近い場所で守ろうとしている。統領として、オステ国から。

「とにかく、ここで探ってみましょう。アルやリオも捜さないと」
「優しいお人ですね」
「え?」
「シエルさんには関係ないはずです。ズユー国のことも、私たち山賊のことなど特に。それでも手伝うと言うのですか?」
「あの男、アグラードは必ず何かをするつもりよ。もう言いなりになるわけにはいかないわ。先手を打ちたいのよ」
「優しいというより、負けず嫌いですか」

 優しいから負けず嫌いに訂正される。シエルは悪い気はしない。それが自分らしいような気がしたからだ。

「行きましょう」
「はい。案内なら私にお任せ下さい」
「じゃあ、早速で悪いんだけど。あれは誰の像?」

 シュトライヒ国家入り口の石門。その両脇に見上げるほど大きい真っ白な像が二体、石門を見下ろすように立っている。
 これを作り上げた技術もすごいが、荘厳とした姿に雨の痕がついて少し怖くもある。

「ズユー国。特にシュトライヒ国家で信じられている神です」
「あ。確か、博愛の神様って聞いたわ」
「そうです」
「でも、何で二体もあるの?」
「右側におられるのが博愛の神。左側がその妻だと聞いています」

 神様とはいえ妻がいる。それがどことなく庶民的に思えたシエル。
 この神の博愛の気持ちが罪人たちを守り、そしてズユー国、特にシュトライヒ国家で崇拝されている。

「ねえ、ズユー国は人魚を崇めたりとかないの?」
「博愛の神ヴァン。彼の妻が人魚だと聞いております。ですから――」
「え……?」
「ですから、妻が――」
「そこじゃなくて。博愛の神様。名前が、なんですって?」
「ヴァン、ですけど」

 シエルは像を見上げる。曇り空のせいか、全体が真っ白に見えてよくわからない。近すぎて顔など見えない。

 気のせい。たまたま同じ名前。そう思いたいがアキのことがある。彼らが普通ではないと知っている。

「――ヴァン」

 博愛の神。そして同じ名前の男をシエルは知っている。この世界のどこかにいる、謎多き男を。

 再び雨が降り始める。その雨は激しく、屋根を探すよりも先に服を濡らしていく。
 これ以上の追求を拒否するかのように、博愛神ヴァンからも雫が零れ落ちる。


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